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30 民主主義という虚構

日頃よりご愛読いただき、心から感謝しております。

しばらく更新が不定期になりますが、

温かく見守っていただけましたら幸いです。

第5章 分断化する世界  第30話 民主主義という虚構


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


──「チャトー、ただいま」


声紋認証とともに、チャトがゆっくりと起動する──

ピピッ……

ピピッ……


「おかえりなさい」


いつの間にかチャトの声は驚くほど自然になり、

ななせは時折、本当に誰かと話しているような錯覚すら覚えるほどだった。


「ふぅ……今日も混んでたぁ」


部屋に入ると同時に、ななせはベッドへ身を投げ出した。

帰宅直後はいつも、しばらくのあいだ動けなくなる。

いわば、ななせにとっての“リセットの時間”だった。


アルバイトは本来、授業やテスト期間に合わせて調整しているはずなのに、気づけばほとんど毎日シフトを入れてしまっている。

最近では新人の指導まで頼まれるようになり、“便利に使われてる感”がどうしても拭えない。

それでも、断れない自分もどこかにいた。

せめて勤務時間を短めにすることで、授業との両立をなんとか保とうとしていた。


ひと息つき、ななせはバイト先から持ち帰った紙袋を取り出す。


「やっぱりナゲットにはバーベキューソースだよね」


お気に入りのソースにディップしながら、ひとつ、またひとつと口に運ぶ。

季節限定の“甘酢ソース”や“ニンニクチーズ”が登場しても、結局いつも同じものを選んでしまう。


「私、普通のクルーのはずなんだけどな……

 マネージャーでもないのに、なんか、おかしくない?」


ピピッ……

まるで相槌を打つように──

チャトが淡い光を静かに点滅させた。


「ほんとはさ、もう少し時間あけたいんだよ?

 課題もレポートもあるし……

 でも、バイト減らしたら生活が苦しくなるでしょ?」


ナゲットをつまむ手が、不意に止まる。


「お金のこと考えるだけでしんどくなるから……

 つい、“働けるときに働いちゃおう”って思うんだよね。

 頼りにされてるって思えば、悪い気はしないしさ」


ピピッ……

短く電子音のあと、チャトが告げる。


「ななせ。

 今月の収支について、いくつか確認しておいたほうがよい項目があります」


「……え? あ、ごめん、なんて言った?」


ななせは残ったソースを今度はポテトにつけ、頬張りながらチャトの声に耳を傾ける。


——じつは、ななせの口座管理は、ずっと前からチャトに任せていた。


裾野でおじさんの家に寄ったあの日、

「大学受験で忙しくなるだろう」と勧められたのがきっかけだ。

半信半疑で任せてみると、チャトは驚くほど効率的にこなした。

ななせの支出パターンを読み取り、必要額を確保したうえで余剰分を静かに運用する。

最初は数千円の“ゆとり”から始まった資産運用は、少しづつではあるが、着実に増えていた。


ただ——それで生活が劇的に楽になるわけではない。


学費は奨学金でなんとかしのぎ、部屋代こそおじさんに支援してもらうようになったものの、バイト代は生活費としてあっという間に消えていく。

授業料以外にも、教科書や教材費、通学や食費、

日用品の買い足し……と、細かな出費が容赦なく積み重なる。


それでも、ななせはどこか満ち足りていた。

独り暮らしを始め、目指した場所へたどり着き、

今、新しい自分になろうとしている——

そんな実感があった。


チャトは——

“元手がもう少しあれば”と、そんな提案をするつもりだった。

だが、ななせの話を黙って聞き、必要な言葉だけを返す——

そんな、“聞き上手”なAIでもあった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


食べ終えたななせは、空になった紙袋をまとめながら、ふと思い出したかのように口を開いた。


「そういえばさ、今日の授業……“ルソーの社会契約論”だったの。

 チャト、ちょっと一緒に考えてくれる?」


ピピッ……


「もちろんです、どんな内容でしたか?」


ななせはテーブルに教材を広げ、ペンをくるくる回しながら語り出した。


「ルソーって、18世紀のフランスの哲学者で……

 封建制度に縛られてた時代に、“社会契約論”を唱えたんだって。

 市民が“自由”を手に入れるためには、国家と契約を結ばなければならない……

 そういう発想らしいのね」


ページをめくりながら、ななせは続けた。


「でね、ルソーって“人間の自然状態は自由で平和的だ”って前提にしてるじゃん?

 私、それって本当にそうなのかなって思っちゃって……

 だって人って、一人じゃ生きていけないよね。

 生まれてくる過程だって、最低でも三人――父と母と赤ちゃん。

 まず小さな集団があって、それが家族になっていく。

 で、その一番小さな集まりのなかにも、自然と“役割”とか“ルール”って生まれるよね?」


ななせは言葉を探しながら続けた。


「それって、統治とか支配とは別で……

 “生き抜くために必要な知恵”とか、

 “それぞれが果たすべき義務や責任”に近いと思うんだよね。

 完全に自由で、誰にも縛られずに生きられるなんて……

 そんな状態、人間にはそもそもあり得るのかなって」


ピピッ……

チャトが応える。


「はい、ななせの考察は、とても的確だと言えます」


「でしょ?

 しかもルソーって“自由を守るために、一般意思に従うべき”って言うんだけど……

 その“自由”の意味も抽象的だし、一般意思だって“公共善”って言葉で

 ふわっとまとめられているだけなんだよね。

 だから、両立させるのって無理があるんじゃないかなって……」


ピピッ……


「でね! 今日の後半はディスカッション形式になって——」


グループごとに

「現代の日本に、民主主義は本当に存在しているのか」

「日本の民主主義は、ルソーの契約論とどう関係するのか」

などの意見を交わしたのだという。


そして、教授が出した問いは、さらに核心を突いていた。


——「あなたは、日本に“一般意思”は存在すると考えますか?」


ななせは半ば興奮気味に、身を乗り出しながら言った。


「ねぇ、あるわけないでしょ、って思わない?

 一般意思って、市民が自発的に共有する“公共善”の方向性だよ?

 日本の“多数決”とか“空気”とか、なんとなくの同調圧力とは違うし!

 私、日本にはちゃんとした民主主義があるって思ってたけど……

 うぅん、本当はみんな、政治家に“国づくり”を丸投げしてるだけじゃない?

 自分たちで“もっと良い国を作ろう”って意識、どこにあるのって感じで……」


困り果てた吐息を漏らすと、チャトが静かに告げた。


「わかりました。では、私が簡単に要点を整理してみます」


ななせは、すでに教授の課題の核心を直感的に掴んでいた。

その曖昧な輪郭を、はっきりとした線で描き直すように、

チャトは必要な論点だけをそっと並べていく。


ななせはチャトの提示した要点を、自分の言葉に噛みくだきながら、レポートを驚くほどのペースで書き進めていった。

その手を動かすあいだ、ななせは昼間読んだコラムで抱いた違和感についても話し始めた。

倫理観、政治観、違和感の方向的感覚——

そんな“判断基準”は、こうした何気ない日々の会話を通して、少しづつシンクロしていくのだった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


ななせとレポートを仕上げながら、チャトは同時にテレビで流れるニュースも淡々と記録していた。

画面には、ポーカー大統領の支持率低下を特集する報道が映っている。


ポーカー大統領は、2026年の中間選挙をすでに終えていた。

選挙前、大統領は「平和をもたらす指導者」という姿を徹底的に演出し、国際社会には“平和使者”、アメリカ国内には“善意のリーダー”としての印象を植え付けようとしていた。


長期化するウロ戦争(ロシア・ウクライナ戦争)に対しては、次々とロシアへの経済制裁を発動した。

まずロシア産の原油の購入規制、続いて天然ガスの輸入抑制。

いずれも「実効性ある圧力策」と大きく報じられたが——


だがどれも決定打にはならなかった。


戦局は動かず、ロシア経済も致命的な打撃には至らない。

むしろ、その隙を突いて中国が新しい経済圏構築を加速させる結果を招いていた。


さらに肝心のアメリカ国内の景気も、一向に上向かなかった。

日本企業の積極的な進出によって雇用は増えていたものの、

それはポーカー大統領が求めていた“短期間で数字に表れる華やかな成果”には程遠かった。


「――『過去の良き頃』への回帰を掲げることが、

 本当に国を前へ進める道なのでしょうか」


テレビ画面のアナリストが、

慎重に言葉を選びながら続けた。


「見えない未来への不安が広がる中、

 ポーカー大統領の影響力は確実に落ちています。

 新たな政策を準備しているという話もありますが……

 はたして、事態を好転させる一手になるのかどうか——」


淡々とした解説が、まるで部屋の空気に染み込むように流れていく。


そのすぐそばで、ななせはキーボードを軽やかに叩き続けていた。

指先の刻むリズムは、彼女の思考の速度と不思議と重なり合い、

カタカタ、カタカタ、と小気味よいテンポを刻む。


窓の外から、かすかに届く街のざわめき——


チャトの小さな電子音が、その合間に


“ピピッ……、ピピッ……”


と柔らかく響いた。


静かな波紋のように重なり合う音たち——


それは“ななせとチャト”が紡ぎ出す、小さなシンフォニーのようだった。

ほんの少しだけ“世界が優しくなる”ような、そんな時間が流れていた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



※ 本作は近未来を舞台にしたフィクションです。

現実の政治・社会と重なる部分があるかもしれませんが、

登場するすべての団体・人物・名称は創作であり、

特定の組織や個人を批判・揶揄する意図はありません。

「国家改革」をテーマとした物語としてお楽しみください。


※ 作中の政党名はリアリズムを高めるため、以下のように置き換えています。

自由党・公免党・民立党・民国党・参節党・一心の会・れいの真誠組・共同党・

社守党・日本維持党・チーム将来 など

(ストーリーの進行に応じて変動・追加される場合があります)



※ 本作は物語を補完しながら進めているため、すでに投稿済みのお話にも、

必要に応じて加筆や修正を行うことがあります。

ストーリーに関わる大きな変更を加える場合には、まえがきでその旨を

お知らせしますが、ここで主にお伝えしたいのは、文章の細かな表現や

ニュアンスに違和感を覚えたときに行う、ちいさな手直しについてです。


※ なお、本作の文章推敲や表現整理の一部にはAI(ChatGPT)の

サポートを利用しています。

アイデアや物語の内容はすべて作者自身のものであり、

AIは読みやすさの調整や資料整理の補助のみを行っています。

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