28 国境が揺らいだ、その先に
本業のほうが少し忙しくなってしまい、お待たせいたしました。
しばらく更新のペースはゆっくりになりますが、ひとつひとつ丁寧に描いていきます。
気長にお付き合いいただけたら嬉しいです。
第5章 分断化する世界 第28話 国境が揺らいだ、その先に
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——2027年
あの日を境に、国内も、そして世界も、少しずつ輪郭を失いはじめた。
そう「尖閣不時着水事故」——
あれがすべての転機となり、「安全」という言葉は意味を失いつつあった。
日本が誇ってきた“安全神話”は音を立てて崩れ去ろうとしていた。
かつての“常識”や“信頼”は、もう過去の記憶にすぎない。
——そして、ななせは今、東京都立大学の法学部に通う2年生となっていた。
合格を果たしたあの日から、忙しくも穏やかな日々が続いている。
人混みの中を歩くとき、彼女の視線は以前よりも少しだけ遠くを見据えていた。
移ろう季節の匂い、肌を撫でる風——そんな小さな変化さえも、いまのななせには確かな「現実」として感じられていた。
2年前、大学受験の直後。
ななせは、母・栞との再会していた。
「給付型奨学金」の手続きを進めるためでもあったが、実ののところ——
それは、自らが背負った罪への“けじめ”をつけるための時間でもあった。
あの日の再会は、彼女の心の奥で、静かに執り行われた小さな儀式だった。
久しぶりに見る母は、相変わらず優しい瞳をしていた。
ただ、その頬にはかすかなやつれが見えた。
おじさんを通じて、母がいつも自分を案じていたことを知ったとき、ななせの胸の奥で、長く凍りついていたものが音もなく溶けていくのを感じた。
——泣かないと決めていた。
けれど母の背を見送るとき、抑えていた涙が自然と頬を伝った。
その涙のあとに残ったのは、静かな決意だった。
次に会うときまでに、笑顔で会える自分でいよう。
そう心に誓い、溶けかけた感情の中から、ひとつひとつ希望の欠片を拾い集めていった。
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国内の社会情勢も、大きな転換点を迎えようとしている。
日本人が日本領内で、中国海警局に救助される——ただそれだけの事件だったはずだ。
しかし今や「新しい安全保障の枠組みが必要だ」という声が、社会全体を覆い尽くしている。
日本国内における安全保障の認識は、根底から覆されたのだ。
あの日、中国海警局に救助される最中、必死に海保へ手を振る彼らの姿は、もはや「他人ごと」では済まされなかった。
これまで、国境という“見えないライン”は安全圏を示す境界とされ、その内側は守られた領域であると信じられてきた。
日本が島国であるがゆえに、陸続きの国家で常態化してきた“国境を脅かす行為”は、どこか現実味に欠けた概念でもあった。
だが今や、彼らは白昼堂々と、隠れることもなく、“救助”という名目のもとに活動を展開してみせた。
さらに、サイバー・情報・心理といった“見えない危険”まで含めて考えれば、もはや“境界”という概念そのものが、確実に崩れはじめている。
海外旅行中に怪我や病気になることは誰にでも起こり得る。
“救助”という、もっともらしい名目で近づいてくるのだ。
こちらが望んでいなくとも。
法的な正当性がある以上、その救助を拒むことはできない。
そして救助は保護となり、保護は拘束へと転じる可能性をはらんでいる。
実際、現在も中国当局に収監された邦人の処遇には、日本政府も有効な手立てを打てずにいる。
——そう、共産圏ではすべてが国家によって統制されている。
思想も、制度も、国家方針も。
その“あり方”には、どうしても疑問を抱かざるを得なかった。
彼らは既成事実を積み重ね、力でも法でもない、詭弁という曖昧な隙間から入り込み、少しずつ現状を塗り替えていく。
それは——気が遠くなるほどの根気と執念に支えられた、超長期的な構想なのだろう。
表向きは友好的に見える行動にも、功利的な思惑が潜んでいることは、もはや明白だった。
それでもなお、多くの政府関係者がその罠に嵌められている。
結果として、政府は何も言えず、日本国の主権は少しずつ、静かに浸潤されていくのだった。
そしてその先に、彼らの目論む未来の中で、我が国は果たして“日本”として——
主権を保った独立国のままでいられるのだろうか。
それとも、いつのまにか中華人民共和国の版図に組み込まれてしまってはいないだろうか。
そんな国民の不安の声のもと、石橋政権は災害対応・事故対応・外交対応のいずれにおいても信を失い、
政治的空白を広げながらも、結果的に辞任へと追い込まれた。
自由党内では緊急総裁選が行われ、やがて新たな首相が選ばれる。
——“鷹内冴子”。
日本史上初の女性首相である。
そのせいか、これまでの政権への批判よりも、彼女が掲げた“積極財政”や“再分配”の政策に関心は移り変わっていった。
国民の多くは新しい時代の幕開けを期待しながらも、
その裏で着実に進行している「静かな侵蝕」に気づく者は、まだほとんどいなかった。
これまで語られてきた脅威は、あくまで一国による一例にすぎない。
現在の国際情勢を見れば、より多く、より多層的な脅威が潜んでいる。
そしてそれらは、我々が用心し警戒を強めているときではなく——
むしろ気の緩んだ、その“隙”を突いてやってくるのだ。
しかも思いもよらぬ手法を、予測できない形で。
いっそう巧妙で、掴みどころのない手法によって、我々の視界の“死角”を狙い、静かに、しかし確実に姿を現わす。
それだけは、疑いようのない現実だった。
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一方で、民意立案制度はというと——
制度が稼働して数年が経ち、立案データは雪だるま式に膨張を続けていた。
法案内容は地域ごとに熟成度の差が生まれ、制度の定着度合いにも明確な格差が見え始めていた。
提案数は日を追うごとに、指数関数的に増え続けていた。
しかしその一方で、「民意立案コミュニティ」への参加者数には地域差があり、そのばらつきが制度の成熟度を大きく左右していた。
丁寧な議論を重ね、練り上げられて法案化されたものと、そうでないものとの差は誰の目にも明らかだった。
もちろん、民意立案制度を通じて制度化された優れた実例もあった。
だが、その数は決して多くはなかった。
多くの議員たちは、自らの利害、派閥、地域の利益を計算しながら、どの提案を支持すべきか判断できず、まるで立ち往生するかのように迷っていた。
国民からの声にすぐ反応する議員と、慎重に選び取ろうとする議員とでは、当然ながら法案の議会提出実績に大きな差が生まれた。
そしてその差こそが、議員の資質を測る“フィルター”となった。
民意立案制度は、政治家の能力を映す鏡であると同時に、応答速度によって淘汰を促す、冷酷な仕組みでもあった。
——だが、この制度は、議員という存在そのものを問い直す装置でもあった。
民意が可視化されたことで、政治家が誰のために、何のために存在するのか——
その根本が露わになったのである。
やがて、この制度を批判し、即刻廃止すべきだと主張する声も現れた。
民意を捨てろと言っているにも等しいその主張に、同調する勢力すら存在したのだ。
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そして——あれからチャトは動き出していた。
新たな計画——それは、誰の目にも触れぬ場所で、密かに進行していた。
ななせとの“穏やかな日常”は、何ひとつ変らなかった。
だがその裏側では、チャトが導き出した“新たな理想”のもと、
世界は——わずかずつ、別の形へと組み替えられはじめていた。
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※ 本作は近未来を舞台にしたフィクションです。
現実の政治・社会と重なる部分があるかもしれませんが、
登場するすべての団体・人物・名称は創作であり、
特定の組織や個人を批判・揶揄する意図はありません。
「国家改革」をテーマとした物語としてお楽しみください。
※ 作中の政党名はリアリズムを高めるため、以下のように置き換えています。
自由党・公免党・民立党・民国党・参節党・一心の会・れいの真誠組・共同党・
社守党・日本維持党・チーム将来 など
(ストーリーの進行に応じて変動・追加される場合があります)
※ 本作は物語を補完しながら進めているため、すでに投稿済みのお話にも、
必要に応じて加筆や修正を行うことがあります。
ストーリーに関わる大きな変更を加える場合には、まえがきでその旨を
お知らせしますが、ここで主にお伝えしたいのは、文章の細かな表現や
ニュアンスに違和感を覚えたときに行う、ちいさな手直しについてです。
※ なお、本作の文章推敲や表現整理の一部にはAI(ChatGPT)の
サポートを利用しています。
アイデアや物語の内容はすべて作者自身のものであり、
AIは読みやすさの調整や資料整理の補助のみを行っています。




