24 記者 比嘉世幸の足あと
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第4章 尖閣不時着水事故 第24話 記者 比嘉世幸の足あと
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11月13日――
西日本通信社東京支社内のテレビ画面はどの局も同じニュースを流していた。
在日米軍や台湾からの支援申し出を報じる映像である。
「米軍輸送機が那覇空港に到着し、緊急物資を搬送しました」
「台湾からは医療支援チームが派遣され、いまや台北空港から飛び立とうと準備開始しています」
繰り返されるのは、同盟国や隣国による“友情の支援”ばかり。
物資を抱えた兵士たちの姿、白衣の台湾医師の微笑み――
だがそこに“中国海警”の影は、ひとかけらもなかった。
(……あの動画って……実在しているよな?)
記者たちはスマホやパソコンから、ネットを通じSNSを開く。
そこにはまるで別世界のような光景が広がっていた。
「尖閣で中国が日本を助けた」という映像が拡散し、翻訳字幕が次々に付けられ、瞬く間に海外へと飛び火していたのだ。
現実の世間は荒れに荒れているのに、テレビは別の世界を映していた。
――そして森官房長官からの声明を発した。
「これは、まったくもって不運な事故でございました。
しかしながら、事故に遭った民間人の方々は現在無事に保護され、安否確認も済んでおります。
中国当局とは現在詳細を確認中であり、正式な表明は差し控えさせていただきます。
政府としては海上保安庁の対応を厳正に精査しているところでございます。
救難信号を確かに受信していながら、救援の手が遅れた――その事実こそが問題なのであります」
比嘉もまた、その違和感に苛立ちを募らせていた。
机の上の資料を睨みながら、上司の言葉を思い返す。
「……これって、完全な報道規制だよな……」
心の中で吐き捨てるように呟いた。
中国の映像が広がるほど、国内報道は逆に日米台の支援一色に染まっていく。
その歪んだコントラストが、比嘉の胸に重くのしかかっていた。
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西日本通信 特報
「中国に奪われた救命活動――尖閣不時着水事故の真相」
11月12日午後14時30分ごろ発生した「尖閣民間航空機不時着水事故」。
台風20号の余波で北回りを強いられた「UAC301」は、エンジントラブルにより尖閣諸島付近へ不時着水した。
その乗員を中国海警局の船が救助する映像は瞬く間に拡散し、日本国民に衝撃を与えた。
だが、これは単なる“不運”で片づけられるものなのか。
日本の安全保障に直結する由々しき事態であり、政府対応のあり方が問われている。
■「あやせ」の暗礁接触
映像の角度やテロップから、撮影者・発信源が中国海警局の船員であることは明白だ。
にもかかわらず、中国当局からの声明は今なお出されていない。
日本政府から中国への外交的対応も依然としてなされていない。
複数の海上保安庁関係者によれば、現場の巡視船「あやせ」は不時着信号を確かに受信し急行していた。
中国海警局の船が並走するように急行しており、その行動目的は不明のままだったが、日本側としても時間的余裕なく急行せざるを得なかった。
「あやせ」は南小島と北小島の狭間を抜ける航路を選択したが、その結果、暗礁に接触。船底を損傷し通常航行が不能となり、救助活動を続けられなくなったようだ。
事態が発生したのは、まさに干潮を迎えようとする時間帯であった。
■現場の実態
海保の対応には暗礁接触という不運があったが、行動自体に重大な不備はなかった。
現場には海保航空機が真っ先に到着し、事故直後には救助ヘリも到着していた。
しかしその時すでに中国海警局が救助を開始しており、制止不能の状況に陥っていた。
この一部始終は内閣府災害対策本部にリアルタイムで報告されていたという。
那覇の第11管区は監視空白を覚悟で巡視船「よかぜ」を急派させている。
現場と交信を続け、「よかぜ」は海警局と直接交渉を試み、石垣港が最寄りの受け入れ先であること、救助された民間人を至急医療機関に搬送する必要があることを伝え、納得させたとされる。
本紙が得た情報によれば、これらはすべて「隊員と船の安全を最優先せよ」という那覇上官の指示によるものであり、災害対策本部からの直接的な指示ではなかった。
この空白とも言える政治的沈黙はいったい何を意味するのか。
■政府の対応
森官房長官の声明では、
・巡視船が暗礁に接触して救助できなかったこと——
・民間機乗員が無事収容されたこと——
が発表された。
しかし、中国海警局が民間人を救助した事実について、政府からの言及は一切ない。
すでにSNS上では映像が拡散し、海外メディアにも波及している。
あの衝撃的な映像は「現場の怠慢」ではなく、不幸な偶然の重なりに過ぎない。
むしろ問うべきは――政府が何もしていないことである。
中国海警局が尖閣に常駐しているのは周知の事実だ。
問題は、それを黙認し、実質的に放置してきた日本政府にほかならない。
今回の救助自体は、人道的観点から見れば称賛すべき側面もあるかもしれない。
しかし救助されたのは日本国民であり、その彼らが中国海警局の船に収容されることは、大きな不安を伴ったはずだ。
拘束されない保証はなく、むしろ恐怖を増幅させる状況ですらあった。
実際、中国当局に拘束され続けている邦人の処遇について、日本政府はいまだ有効な手立てを示せていない。
さらに深刻なのは、救命活動そのものが「奪い合い」として展開された点である。
人命尊重の理念と真っ向から矛盾している。
海上保安庁は繰り返し「救助は日本が行う」と無線で伝えていた。
にもかかわらず、中国海警局は沈黙を貫き、独断で行動に移った。
こうした一方的な振る舞いに対し、日本政府はなぜ抗議ひとつ行わないのか。
国際社会に対し立場を明確に示さず、曖昧な態度を取り続けることは、日本が自ら主権を切り売りしているに等しい。
尖閣諸島という領土が侵犯され続けている現実――
それを放置することで、中国は「人命救助の実績」を尖閣の既成事実化に利用するだろう。
国際世論を動かすための格好の材料を、日本政府自ら差し出しているようなものだ。
さらに、無線を無視して強行した救助は二次災害を引き起こしかねなかった。
海上保安庁の現場での冷静な対応がなければ、衝突や転覆すら起こり得たのだ。
日本国民の生命を守るべき政府が、逆にその命を危険にさらす行為を容認している――これほど深刻な矛盾があるだろうか。
今回の事態は、中国の強硬姿勢だけでなく、それを見過ごしてきた日本政府の責任をも厳しく問うものである。
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編集長の一言は冷酷だった。
「これは出せない。すぐに破棄しろ」
パソコンの画面に浮かぶ“DELETE”の赤いボタン。
比嘉のカーソルはそこに重なり、指先は――そこで止まった。
テレビでは一切報じられない、中国海警局の救助活動。
あの映像が示すものは、単なる一民間機の事故対応ではない。
それは国家の存亡にかかわる重要な事案であり、一記者として真実を伝えるべき内容であった。
しかし現実は――
報道は制御され、規制され、政府は国民に真実を隠そうとしていた。
比嘉の胸の奥底から、怒りと無力感がないまぜになって噴き上がり、堪えきれずに涙となってこぼれ落ちた。
それは悲しみや悔しさからではない。
奪われていく言葉、押し殺される声、踏みにじられる民意――
そのすべてが彼の心を締め付け、声として解き放たれるはずの叫びは、言葉を失い、無情にも涙となって溢れ落ちた。
(……この国における“民主主義”とは、いったい何なのだろうか)
建前では「国民主権」と掲げながら、実際には権力による情報の選別と操作がまかり通っている。
露骨な抑圧こそないが、日本の報道機関は長らく自己検閲と記者クラブ制度に縛られ、政府に事実上統制されてきた。
その結果、日本は報道自由度指数において、G7の中で最下位に甘んじている。
報じられない真実、語られない現実――それが積み重なれば、抑圧と何が違うのか。
自由とは何か。
国民主権とは何か。
そして、日本政府が守るべきものとは――
比嘉の視線は画面に釘付けになったまま、指先は宙に浮き続けていた。
押すのか、それとも踏みとどまるのか。
その決断が、自分自身の記者としての存在を決めるように思えた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
※ 本作は近未来を舞台にしたフィクションです。
現実の政治・社会と重なる部分があるかもしれませんが、
登場するすべての団体・人物・名称は創作であり、
特定の組織や個人を批判・揶揄する意図はありません。
「国家改革」をテーマとした物語としてお楽しみください。
※ 作中の政党名はリアリズムを高めるため、以下のように置き換えています。
自由党・公免党・民立党・民国党・参節党・一心の会・れいの真誠組・共同党・
社守党・日本維持党・チーム将来 など
(ストーリーの進行に応じて変動・追加される場合があります)
※ 本作は物語を補完しながら進めているため、すでに投稿済みのお話にも、
必要に応じて加筆や修正を行うことがあります。
ストーリーに関わる大きな変更を加える場合には、まえがきでその旨を
お知らせしますが、ここで主にお伝えしたいのは、文章の細かな表現や
ニュアンスに違和感を覚えたときに行う、ちいさな手直しについてです。
※ なお、本作の文章推敲や表現整理の一部にはAI(ChatGPT)の
サポートを利用しています。
アイデアや物語の内容はすべて作者自身のものであり、
AIは読みやすさの調整や資料整理の補助のみを行っています。




