21 民間航空機の足あと
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第4章 尖閣不時着水事故 第21話 民間航空機の足あと
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“うちなー”
それは、沖縄の方言で「沖縄」や「沖縄に住む人」、「沖縄生まれの人」を指す言葉だ。
そんな地元色いっぱいの社名を掲げた航空会社がある。
「うちなーエアーコミューター」――UAC。
那覇空港の片隅に事務所を構え、保有機は3機のDHC-8。
社員も100名ほどの、地方に根差した航空会社である。
決算は常に赤字すれすれ。
それでも離島に暮らす人々にとっては、なくてはならない「空の足」として飛び続けていた。
DHC-8とは、カナダ製の双発プロペラ機。
小型ながら荒天に比較的強く、短い滑走路からの離着陸も可能だ。
乗客も50名ほどは収容できる。
まさに離島路線のために生まれた機体だった。
——11月11日、事務所の電話が鳴り響いた。
「明朝、台風消失の発表とあわせ、与那国へ救援物資輸送便を飛ばしてほしい」
政府からの要請だった。
気象庁は台風20号の勢力が衰えつつあると発表していた。
だが、衛星画像にはなお、沖縄南東の海上で渦を巻く雲がはっきりと残っていた。
物資が逼迫していたのは与那国だけではない。
石垣も、宮古も、すでに倉庫は空に近く、自治体からは「うちにも便を」との要望が次々に寄せられていた。
だが飛べる機体は3機のうち整備明けの1機のみ。
まずは与那国へ――その判断が下された。
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今回の操縦を任されたのは、ベテランパイロットの山城賢也。
副操縦士は金崎征司。客室乗務員の原沢きらりも貨物補助に加わり、3名でのフライトとなった。
夜が明け、11月12日――
貨物室には発電機の部品、医薬品、乾電池、保存食が次々と積み込まれていく。
気象庁が台風消失を正式に発表するより早く、自衛隊の救援物資はすでに沖縄本島へ運び込まれていた。
テレビでは「救援の遅れ」を指摘する声が上がり始めていたが、実際の最前線の動きが国民に伝わるのは、あくまで発表と報道を経た後のことだった。
那覇空港の誘導路に停められた白い機体は、朝の曇天を映して鈍く光っていた。
小さな機体に託されたのは、人々の暮らしを繋ぎ止める最後の綱――その重みだった。
午前7時50分。物資の積み込みを終えたUACの機体は、那覇を飛び立った。
依然20号の外縁部が沖縄南方に広がり、航空機は通常航路を取れず、北回りの迂回を余儀なくされた。
だが目的地の与那国空港からの報告は厳しかった。
滑走路の整備は間に合わず、いまだ冠水し、着陸の目処は立たなかった。
山城機長は諦めきれず、何度も無線で他の降下できそうな可能性を問い直したが、返ってくる答えは同じだった。
副操縦士と燃料計算をやり直した末、山城は旋回を重ねながら那覇への帰投を決断する。
帰還の途中、雲の切れ間から光が差し込んだ。
その瞬間、灰色の海原に白い巨体が浮かび上がった。
――中国海警局の公船が、尖閣付近でゆるやかに回避運動を繰り返しながら航行しているのを、操縦席の2人ははっきりと目にした。
さらに視線を巡らせると、少し離れた海域には日本の巡視船も展開しているのが見て取れた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
那覇空港に帰投の直後、管制から新たな要請が入った。
「待機の間に、宮古へも物資を届けてもらえないだろうか」
休む間もなく、積み荷の確認作業が始まる。
フォークリフトがうなりを上げ、仕分けられた荷物を滑走路脇へと次々と運んでいく。
そこから先はスタッフが一つずつ抱えて、機体後部の狭いスペースへ積み込んでいった。
整備士は汗ばむ手で計器類を確かめ、オイルゲージの針が規定値ぎりぎりに収まっているのを見て、短く息を吐いた。
「……大丈夫だろう」
自分に言い聞かせるように呟き、点検欄に署名を走らせる。
この日2度目の離陸となる。
宮古は与那国より近いとはいえ、往復すれば帰還は昼過ぎになる見通しだった。
機内では、振動に揺られながらも乗務員たちが地図を睨み、次の手順を確認し合っていた。
無事に物資を届け終えたとき、受け取った島の人々の安堵が、ようやく乗務員たちの胸にも広がった。
午後になり、那覇に戻ると「滑走路復旧」の一報が届いていた。
ようやく、2度目にして本来の目的地――与那国行きが決まる。
与那国向けの積み荷は、すでに仕分けが進んでいた。
係員たちの声が飛び交い、汗ばむ手で固定具を締め直す音が響く。
再び燃料が満たされ、機体は静かに出発の時を待った。
そして、本日3度目の出発。
乱気流を縫いながらも機体は徐々に高度を落とし、長く閉ざされていた滑走路へと車輪を滑らせた。
降り立った瞬間、涙ぐむ島の人々が駆け寄り、両手で物資を受け取る。
その姿を目にしたとき、乗務員たちの肩からようやく力が抜けた。
張り詰めた緊張がほどけ、ほんのひととき、安堵が機内を満たしていった。
――だが、その帰路。
油圧計の針が急激に沈んだ。
「……オイル漏れか?」
副操縦士の声に、操縦席の空気が凍りつく。
安堵の影は、一瞬で恐怖へと変わった。
雲間から尖閣の島影がのぞく。
幸か不幸か、陸地が近いことだけが救いだった。
本部への無線には応答があった。
だが、答えはひとつ――不時着せよ。
400キロ先の那覇まで持つ保証はない。
与那国か? だが台風の外縁はまだ残り、午前に断念した滑走路を再び狙うのは自殺行為だった。
尖閣の岩礁が視界に浮かんだ瞬間、迷いは消えた。
「ここしかない……」
釣魚島の南。
北小島と南小島の黒い岩礁が、荒波のあいだから突き出している。
「メーデー、メーデー、メーデー。
こちらはうちなーエアーコミューター301便。
尖閣南方上空、高度1800。
油圧低下により不時着を余儀なくされる」
その瞬間、この機体は“遭難機”として全周波に告げられた。
石垣の管制から応答が返る。その声は震えていた。
「メーデー受信。
海保に通報済み。
付近の艦艇を向かわせる。
……UAC301、どうか持ちこたえてくれ」
操縦はまだ効いている。
だが眼下の海は、台風明けの荒波。
波頭が白く砕け散っていた。
岩礁も見える。
機体の損傷を考えれば、できる限り陸地に近い場所で降ろし、救助を待つしかない。
山城はスロットルを絞り、降下を始めた。
エンジンの唸りが低くなり、風切り音が鋭さを増す。
「……高度1200、降下率安定。進入可能です」
金崎副操縦士の声は震えていた。
「原沢、シートベルトをしっかり固定しろ! 頭を抱えていろ!」
山城の指先は汗で滑る。
「いいか、岩礁をかすめるな。波の切れ目を狙うんだ」
機体は雲を抜け、荒れる海面が目前に迫る。
ただ一度の着水に賭けるしかなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
とてつもない衝撃と共に、機体は最後の力で海面に滑り込んだ。
轟音が響き渡り、同時に水しぶきが弾け、胴体が激しく揺さぶられる。
シートベルトに押しつけられた体は前後に振り回され、その衝撃で視界が白く弾けた。
窓の外は飛沫に覆われ、天地の感覚さえ失われていく。
意識が戻ったとき、山城のこめかみには血がにじんでいた。
隣では金崎がシートに突っ伏し、呻き声を上げている。
2人とも頭を強く打っていたが、まだ生きていた。
「……機長!」
後方から声がした。
原沢だった。震える手でシートベルトを外し、必死に二人に駆け寄ろうとしていた。
どうにか意識をつなぎ止めながら、3人は機体備え付けのゴムボートを引きずり出した。
浸水はみるみる進む。
傾いた床を水が走り抜け、氷のような冷たさが足元から這い上がってくる。
必死にボートを膨らませ、次々に乗り移った瞬間、機体の白い胴体は波間に沈み込み、やがて尾翼だけを残して海へと没していった。
荒波に揺さぶられ、3人は互いにしがみつく。
非常用キットから取り出した救難ビーコンに電源を入れると、赤い光が断続的に点滅した。
頭を押さえて呻く山城と金崎。
その体を必死に支える原沢。
濡れた衣服を容赦なく冷やす海風が、三人の体力をゆっくりと、しかし確実に奪っていった。
南小島付近だろう……
視界の端、荒波の向こうに黒い岩礁がかすかに浮かび上がっていた。
――救助を待つしかなかった。
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※ 本作は近未来を舞台にしたフィクションです。
現実の政治・社会と重なる部分があるかもしれませんが、
登場するすべての団体・人物・名称は創作であり、
特定の組織や個人を批判・揶揄する意図はありません。
「国家改革」をテーマとした物語としてお楽しみください。
※ 作中の政党名はリアリズムを高めるため、以下のように置き換えています。
自由党・公免党・民立党・民国党・参節党・一心の会・れいの真誠組・共同党・
社守党・日本維持党・チーム将来 など
(ストーリーの進行に応じて変動・追加される場合があります)
※ 本作は物語を補完しながら進めているため、すでに投稿済みのお話にも、
必要に応じて加筆や修正を行うことがあります。
ストーリーに関わる大きな変更を加える場合には、まえがきでその旨を
お知らせしますが、ここで主にお伝えしたいのは、文章の細かな表現や
ニュアンスに違和感を覚えたときに行う、ちいさな手直しについてです。
※ なお、本作の文章推敲や表現整理の一部にはAI(ChatGPT)の
サポートを利用しています。
アイデアや物語の内容はすべて作者自身のものであり、
AIは読みやすさの調整や資料整理の補助のみを行っています。




