20 嵐の置き土産
(※ 基本は火曜・土曜の朝9時に更新。ときどき追加更新することもあります)
日頃のご愛読に、心から感謝しております。
これからも、どうぞ温かく見守っていただければ幸いです。
第3章 双子嵐 第20話 嵐の置き土産
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
2025年11月12日、ついに――
台風19号は、海に溶けるように姿を消した。
やっと……、やっと……
それは、実に21日ぶりの解放だった。
10月下旬、南の海上に不意に現れた雲の影。
それは瞬く間に沖縄本島と周辺の島々を覆い尽くし、居座るように荒れ狂った。
止むことのない豪雨は河川を氾濫させ、集落を切り離し、主要道路を断ち切った。
広域停電は復旧の目途すらなく、離島との通信も輸送も、ほとんど絶たれていた。
その爪痕は沖縄にとどまらず、鹿児島、熊本、宮崎、長崎へも広がっていった。
停滞と分断の日々は三週間近くに及び、地域は孤立を余儀なくされた。
19号と20号は「双子嵐」となり、さらに21号までが錨のごとく作用して、その双子を海上に縛りつけた。
三つの台風が同時に干渉し合うという、史上初の“藤原効果”である。
しかも、これほど長期にわたり実害をもたらした例はかつてなく、記録的災害となった。
だが、あまりに長く居座った19号は、海面を冷やし続けた末——
自らの力の源までをも貪り尽くした。
――そして、均衡は崩れ去った。
東南東にあった20号は進路を変え、片割れを失ったただの台風として——
傷ついた姿のまま、それでも本土を狙うように見えた。
南南東で停滞していた21号、錨の役割を終え、やがて海深くへと沈むのだった。
その狭間で――沖縄と尖閣を取り巻く大気は、なお脈打つように不安定だった。
嵐が去ったあとに訪れたのは、静けさではなかった。
むしろ、より深い“混乱”の始まりであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
台風が消え去っても、民間による物流の分断が元通りになるまでには、なお数日を要した。
2025年11月12日――この時を待ち望んでいた者がいた。
防災大国を高々と掲げ、防災という“功利”を己の旗印としてきた者。
そう、他ならぬ石橋首相である。
民意立案制度可決後の虚ろな姿からは想像もできないほど、気丈に振る舞っていた。
森村幹事長の言葉を糧に、彼は再び小牧基地に姿を現す。
防災服に身を包んだ職員を従え、そして何より――大勢の報道陣を引き連れて。
その光景を前線で映し出すこと自体が、陣頭指揮の演出であった。
こうして台風の脅威が去り、救援が始まる――
それを示すには十分すぎる演出に加え、午前中から各局は「政府がやり遂げた」という言葉とともに、その映像を繰り返し流した。
「政府は民間機を救援に投入した」――
その決断は称賛され、物資を届ける民間機の映像と並べて、安堵の声を上げる地元民や、家を失い途方に暮れる人々の姿が報じられた。
だが、実際に汗を流し続けた自衛官や地元ボランティアの姿は、ほとんど触れられることはなかった……
画面は切り替わり、基地を背に演説する石橋首相の姿が大写しになる。
報道各社は同じフレーズを繰り返し、災害の現実よりも「政府の決断」を前面に押し出していた。
その映像は延々と流され続け、やがて「政府が救援の主導権を握っている」という物語だけが、全国に浸透していった。
同じ頃、官邸では――
まるで陽動作戦の影で進むかのように、別の会議が開かれていた。
「防災省の設置を急がねばならない」
森村幹事長は、この時とばかりに声を張り上げた。
だが、その言葉の底にあったのは、災害への真摯な危機感ではない。
石橋政権の崩壊を冷徹に見極め、そこからいかに利を奪い取るか――
残された価値はただひとつ、政権の瓦解を利用し、選挙区へ利益を持ち帰ること。
自らの政治生命の延命しか考えていない——
行動はそれを雄弁に物語っているはずなのに、人はなお、言葉の虚飾に絡め取られてしまうのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ななせは、いつも通りバイトを終え、図書館へ向かおうとしていた。
更衣室で着替えを済ませ、人気のないスタッフ通路を歩く。
薄暗い通路を抜け、専用出入口の扉を押し開ける。
店内を横切り、そのまま外へ出ようとした——そのとき。
客席の方から、弾けるような笑い声が耳に飛び込んできた。
「これ、見てみろよ! 尖閣の動画!」
歩調は自然とゆるやかになった。
油の匂いとソーダの甘ったるさの混じる店内は、ほとんどのテーブルが埋まっている。
声のする一角では、散らかったフライドポテトや転がる紙コップのあいだに、数台のスマホが並べられている。
その小さな画面をのぞき込むように、視線が群がっていた。
ななせは通り過ぎざま、思わず視線を向ける。
画面に映っていたのは、荒れた海を漂う……?
「うわっ……マジで中国に助けられてんじゃん」
笑い交わす声に、ななせは小さく息を呑む。
黙って進みながら客席を見回すと、別のテーブルでも同じ映像を掲げ、盛り上がる姿が目に入った。
「こっちが中国で、こっちの船は日本だろ?」
「あ、見えた! 海警29-01」
彼らの目に映るその光景には、苦しみや悲しみの行間など存在しなかった。
重大な出来事であることを、肌感覚では理解しているからこそ、なおさら「バズ」を狙う投稿のネタへと変えてしまう。
国際問題に発展しかねない事態ですら、彼らにはただ、テレビで流れる“お笑いコンテンツ”のひとつにしか見えていなかった。
「バズってるぞ、これ。切り抜き神だろ」
「このネタ、絶対稼げるって!」
耳ざわりな笑い声を振り払うように店を出たななせは、すぐにスマホを取り出した。
確認しようとする前に、目に飛び込んできた。
動画サイトのトップ画面は、同じような見出しばかりが並び、オススメ欄を覆い尽くしていた。
――「尖閣で中国が日本を助ける」
――「釣魚島の海警局が日本人を救う」
――「中国領海で日本人を救う」
(……双子嵐のニュースじゃなかったの?)
指先で再生を押すと、波の音が耳を満たし、荒れた海の映像が現れた。
画面中央には、赤く大きなテロップが重なる。
《中国固有の十段線内で起きた日本人救出劇》
ななせはざわつく胸を抑えた。
同じ文言が中国語でも流れ、「釣魚島」の三文字がはっきりと目に飛び込む。
それだけで映像の意図は十分に伝わってきた。
やがて画面は切り替わり、別のカットに新たなテロップが重なる。
《中国海警局の常駐による、国際的な貢献》
白地に赤帯の巨大な船体——「海警 29-01」が波間に姿を現す。
だが、空模様も波の荒れ方も、先ほどとはまるで違っていた。
――別の日の映像だ。
それでも「これが救助船だ」と示すには十分だった。
さらに画面下にはもう一行。
《国際社会にとって模範的な救助活動》
今度は、中国の甲板から撮影された映像に切り替わる。
カメラの先には、日本の巡視船がくっきりと映っていた。
その船から救助用のゴムボートが寄せてくる。
まだ濡れた救命具をつけた民間人は、毛布を掛けられていた。
ふたりの男性は頭から出血をしているようで、白い布で頭を押さえていた。
中国側の隊員が肩を支え、海警局の船からゴムボートへと慎重に降ろす。
そして、そのまま日本の巡視船の乗組員へと手渡され、民間人は一人ずつ日本側の甲板へと渡されていった。
だが、映像のフレームが強調しているのは一貫して――
「中国が救助し、日本人を助けた」という構図だった。
最後に大きく現れたテロップが、ななせの目を射抜いた。
《中国主権の及ぶ領海で、日本人を救助した》
助けられた民間人の背後には必ず中国船の影が映り、日本の巡視船は“受け取る側”として描かれていた。
画面下では終始、中国語のキャプションが流れ続ける。
《国恥払拭——好祥的、海警局——》
そう、これはあくまでも真偽の怪しい「動画」にすぎない。
だけど、詳しい状況など、どうやって知り得るというのだろう……
それでも、ななせの脳裏には否応なく、ある言葉が浮かんでしまう。
(……尖閣って、中国の領土だったの……?)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
※ 本作は近未来を舞台にしたフィクションです。
現実の政治・社会と重なる部分があるかもしれませんが、
登場するすべての団体・人物・名称は創作であり、
特定の組織や個人を批判・揶揄する意図はありません。
「国家改革」をテーマとした物語としてお楽しみください。
※ 作中の政党名はリアリズムを高めるため、以下のように置き換えています。
自由党・公免党・民立党・民国党・参節党・一心の会・れいの真誠組・共同党・
社守党・日本維持党・チーム将来 など
(ストーリーの進行に応じて変動・追加される場合があります)
※ 本作は物語を補完しながら進めているため、すでに投稿済みのお話にも、
必要に応じて加筆や修正を行うことがあります。
ストーリーに関わる大きな変更を加える場合には、まえがきでその旨を
お知らせしますが、ここで主にお伝えしたいのは、文章の細かな表現や
ニュアンスに違和感を覚えたときに行う、ちいさな手直しについてです。
※ なお、本作の文章推敲や表現整理の一部にはAI(ChatGPT)の
サポートを利用しています。
アイデアや物語の内容はすべて作者自身のものであり、
AIは読みやすさの調整や資料整理の補助のみを行っています。




