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19 現地に沈む錨

(※ 基本は火曜・土曜の朝9時に更新。ときどき追加更新することもあります)


日頃のご愛読に、心から感謝しております。

これからも、どうぞ温かく見守っていただければ幸いです。


第3章 双子嵐  第19話 現地に沈むいかり


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


——11月8日


沖縄の住宅は、もともと台風を前提に造られていた。

建築基準法では風速34メートル毎秒を想定した“耐風設計”が義務づけられ、窓には強化ガラスやシャッターが備わっている。

住民たちもまた、幾度もの台風に耐え抜いてきた。


だが、今回の嵐は違った。

ひとつの地域に停滞し続ける暴風——台風19号の発生から、すでに17日。

沖縄が分断されてからも、2週間近くが過ぎようとしていた。

“双子嵐”は観測史上初めてとされる、記録的停滞災害と変わりつつあった。


物資が尽きれば、自衛隊がわずかな天候の隙間を縫って強行輸送を敢行した。

だが、連日の飛行で機体は限界に近づき、飛べる数は日に日に減っていく。

それでも透析患者に必要な薬剤や血液製剤は待ってはくれない。

一刻の猶予もなく、補給は迫られていた。


翼を軋ませながら南へ飛ぶ輸送機。

格納庫へ戻るたびに新たな故障を抱え、整備員たちは疲弊した機体に手を伸ばし続ける。

沖縄の空と海を隔てる暴風の壁は、なお厚く破れず、島々を孤立させていた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


ななせの部屋のテレビ画面には、双子嵐を特集するニュース番組が流れていた。

低く抑えたナレーションと、画面の端に浮かぶ青白いテロップが、災害の深刻さを告げている。


【特集】“ツインテンペスト”――双子嵐に錨が!?


映し出されるのは、白く渦を巻く3つの台風の衛星映像。

19号と20号が離れかけていたその隙間に、フィリピン沖から新たに台風21号が現れていた。


「当初、気象庁は19号と20号の勢力が弱まり、停滞の解消が進むと予測していました。

 しかし21号が発達したことで、事態は一変。

 双子嵐は再び“錨”を下ろされたように、沖縄周辺に停滞し続けています。

 従来の数値予測モデルでは捉えきれない状況です」


画面には、荒れ狂う暴風雨に晒される沿岸の街。

打ちつける高波、押さえ込まれるシャッター、濁流に沈む道路――。

その光景は、終息を待つ人々の希望を無情に打ち砕いていった。


「3つの渦がせめぎ合い、大気は複雑に乱れています。

 観測史上初の未曽有の異常気象となり、数値予測は誤差を大きく広げ、

 進路を正確に読むことは困難です。

 本来なら弱まるはずの風雨は、勢いを増す一方です。

 海路も空路も完全に封じられ、孤立は長期化の様相を強めています。」


映像は切り替わり、首相官邸前の映像。

薄曇りの下、静まり返った正門だけが映し出される。

報道陣のカメラは三脚に置かれたまま、沈黙を映し続けていた。


「政府からの公式な会見は途絶え、国民の視線はすべて、この異常気象の行方に注がれています。

 “予測不能の双子嵐”――かつてない災害連鎖が、再び始まろうとしています。」


最後に画面いっぱいに浮かび上がる文字。


【特集】“ツインテンペスト”――“双子嵐”の錨となった、台風21号



(錨に……? しかも本当に3つの台風が同時に現れるなんて……)

ななせは思わず息を呑んだ。

――これじゃ、もう双子じゃない……もう3つ子だよ。


昨年の同じころ、たしか4つの台風が同時に現れて話題になった。

けれどあのときは、日本のはるか南沖での出来事で、大きな被害はなかった。


「ねえ、チャト……」

ピピッ……


「これからは、こんなことが毎年のように起きるの……かな?」

ピピッ……


「気候変動により、複数の台風が同時に発生する確率は高まっています。

 ただし、毎年必ず起きるというわけではありません。

 自然災害を正確に捉えるには、より多くのデータが必要です。

 観測と対策の技術革新が進めば、被害は低減できるでしょう」


「……そっか、ありがとう」

ピピッ……


ななせはコーヒーをひと口すすった。

いつもの朝と変わらないはずの一杯。

だがテレビ画面に浮かぶ“双子嵐”の文字は、日常をあっさりと塗り替えていた。

彼女はつぶやいた。


「テレビ違うし……双子に対する偏見だよ」



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


発生した21号は“錨”のように、双子嵐を引きとどめ、同時に地元民の“怒り”も募らせていった。

そんな猛威を前に、各官庁は次々と会議を重ねたが、結論はどこも同じだった。


――台風が過ぎ去るのを待つしかない。


防衛省は、自衛隊の輸送機や艦艇を待機させたまま、無理な出動を差し止めた。

「強行すれば、被災地へ届くはずの物資も、海に沈むだけだ」――

参謀たちは声を揃え、現場の疲弊を訴えていた。


そのさなか、官邸の一室では密かな談話が交わされていた。

森村幹事長が、石橋首相に低い声で囁く。


「……自衛隊の輸送はもう限界だ。

 だが、防災庁が黙ったままでは存在感が示せん。

 何か政府から号令を出し、国民にアピールできないかね」


石橋はしばし沈黙したのち、眼鏡の奥に薄い光を宿した。


「……小牧から輸送機を背景に指揮を執ったらどうだろうか。

 報道をうまく使えば、いいアピールになりそうだ」


森村は深く頷いた。

二人の思惑は、国民への「演出」としての救援に傾きつつあった。


現実には、防災庁はまったく機能していなかった。

首相官邸の地下・内閣危機管理センターには災害対策本部はすでに設置されていたが、内閣府の統制だけでは、被災地へどう手を差し伸べるか具体的な手立てがない。

刻一刻と孤立が深まる沖縄や島嶼部を支えていたのは、結局はNPOやボランティア団体など、地域に根ざした民間の活動だった。


復興支援もまた同じだ。

台風が過ぎ去った後に、本当に手を動かすのは地元の人々でしかない。

政府が示せるのは、「資金を捻出する」という抽象的な言葉にすぎなかった。


“防災省”の設置による「防災大国」とは、結局、大きな看板を掲げただけのもの。

縦割りという官庁の指揮系統の問題も一切解消されず、要人たちは責任を引き受けぬまま、既存の機能を足らい回している。

それは、無責任な体制を覆い隠す虚飾に過ぎなかった。


その欺瞞は石橋の記者会見にも表れていた。


「復旧に要する経費につきましては、国が責任をもって支援してまいる所存でございます」

――結局、それ以上の具体策を語ることはできなかった。


自然の力に抗えないという単純な事実。

そして、その「無力さ」を覆い隠そうとする政治的な演出。


「政府が動いている」と信じさせることが政治だ――

そんな歪んだ政治倫理が、甘い囁き声のように議員の中に棲みつき、“国民の安心”という言葉を餌に、得票を誘い寄せていた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


週が明けた11月10日、月曜日――


石橋はさっそく小牧基地を訪れた。

救援物資を積み下ろすトラック、疲労困憊の自衛官たち。

整備中の輸送機を前に、彼は報告を受ける。


「強行飛行のローテーションにも、もう限界があります。

 摩耗した機体が整備に回り、稼働できる機数は日に日に減っています。

 本来なら他の基地から交代を回せるはずですが、台風に阻まれ、増援も滞っています。

 このままでは——本当に飛べなくなる日が来てしまいます」


防災服に身を包み、ヘルメットを被った石橋は、無言でうなずいた。

背後に並ぶ輸送機の多くは整備中で、今すぐ飛べるものはわずかしかない。

それでも灰色の翼は、報道カメラには勇ましく映った。

だが現場の目には、ゆっくりと沈んでいく残照のように見えていた。


本来なら首相官邸地下の危機管理センターで指揮を執るべきであった。

だが、台風が過ぎ去るのを待つしかない現状で、報道カメラを引き連れた視察は——

まさに、“演出”にすぎなかった。


そのとき、滑走路に一機の民間旅客機が着陸してきた。

石橋の脳裏に、ふと閃きが走る。


(……ふむ、これなら、政府が動きを示すいい材料になりそうですね……)




――双子嵐は、過ぎ去るその時まで、すべてを立ち止まらせていた。


自衛隊も、官庁も、政府も。

そして、国全体までも。


暴風雨は、やがて収束していくだろう。

だが、その後に残されるのは、寸断された地域と、政府が示した“存在感”の虚ろな影にすぎなかった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



※ 本作は近未来を舞台にしたフィクションです。

現実の政治・社会と重なる部分があるかもしれませんが、

登場するすべての団体・人物・名称は創作であり、

特定の組織や個人を批判・揶揄する意図はありません。

「国家改革」をテーマとした物語としてお楽しみください。


※ 作中の政党名はリアリズムを高めるため、以下のように置き換えています。

自由党・公免党・民立党・民国党・参節党・一心の会・れいの真誠組・共同党・

社守党・日本維持党・チーム将来 など

(ストーリーの進行に応じて変動・追加される場合があります)



※ 本作は物語を補完しながら進めているため、すでに投稿済みのお話にも、

必要に応じて加筆や修正を行うことがあります。

ストーリーに関わる大きな変更を加える場合には、まえがきでその旨を

お知らせしますが、ここで主にお伝えしたいのは、文章の細かな表現や

ニュアンスに違和感を覚えたときに行う、ちいさな手直しについてです。


※ なお、本作の文章推敲や表現整理の一部にはAI(ChatGPT)の

サポートを利用しています。

アイデアや物語の内容はすべて作者自身のものであり、

AIは読みやすさの調整や資料整理の補助のみを行っています。

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