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15 通過点に立ち尽くす影

(※ 基本は火曜・土曜の朝9時に更新。ときどき追加更新することもあります)


日頃のご愛読に、心から感謝しております。

これからも、どうぞ温かく見守っていただければ幸いです。


第2章 小人の靴屋  第15話 通過点に立ち尽くす影


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


車内のラジオから、緊迫した声が流れていた。


「停滞していた低気圧が、本日未明から急速に発達し、非常に強い台風へと変わりました。

 その結果、台風20号は先行する19号とともに、沖縄県南東部海域に停滞しています。

 現在、この二つの台風が同時に接近し、沖縄本島の広い範囲を暴風域で覆いつつあります。

 今後、この暴風圏がどのように発達するのか――予測は困難とされています。」


窓の外では、雲ひとつない夜空が広がっていた。

だが、その音声だけが、どこか別の世界の出来事のように耳に響いた。


吉川秘書官が静かにドアを開けると、石橋は何も言わずに乗り込んだ。

運転手がバックミラー越しに後部座席を確認し、ラジオのボリュームを下げ、そっとスイッチを切った。


石橋はシートに深く体を沈め、目を閉じたまま動かない。

額に刻まれた皺がそのまま固まったようだった。


「総理……」


助手席の吉川が、恐るおそる声をかける。


「疲れている。そのまま公邸に向かいなさい」


低く押し殺した声が返ると、車は静かに走り出した。

その車内に漂う重苦しさは、言葉では拭えなかった。

石橋の不機嫌さは、誰の目にも明らかだった。


それでも吉川は、いつもの“手”を試した。

大好きな列車や漫画、アニメの話題――しかし、返答はない。

さすがに“おむすび”の手も、もう使えなかった。

次はとっておきの「かつてのアイドル3人組」……それでも、届かなかった。


しばらくの間、車内は重い沈黙で満たされた。


(……“可決後に”と託されたけど、今しかないか……)


吉川は重たげな動作でバッグのファスナーを開け、中から一通の封筒を取り出した。


「総理。良子夫人からお預かりしているものです」


石橋は重たいまぶたを開き、差し出された封筒を受け取った。

茂雄しげおさんへ」――長年変わらぬ、奥様の優しい筆跡がそこにあった。


そっと封をなぞり、深く息を吸い、静かに開封する。

老眼鏡をかけて文字を追い始めると、紙の上の言葉がゆっくりと胸の奥に染み込んでいく。

数行も読まぬうちに、頬の力が抜け、手紙を握る指先がわずかに震えた。

政治家という仮面の奥にあった、人としての芯がそっと引き抜かれていく――そんな感覚だった。


沈黙のあと、石橋は深くシートに身を沈め、目を閉じ、大きく息を吐き出した。


「……ここまでか……」


絞り出すような声が、車内に落ちる。


あの重鎮らの進言には、一歩も引かず退けたはずの彼だった。

だが――

チャトが張り巡らせたプロトコルルートが結び合い、幾つもの布石が一つに収束したとき、石橋の心は音を立てて大きく揺らぎ始めた。


そして、その瞬間――

言葉にできぬ郷愁に包まれ、石橋首相はただの人に戻った。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


このところ、ななせはバイトを少し控えていた。

理由はもちろん、受験勉強のためだ。


バイト先に、ハニムの姿はもうなかった。

気づけば辞めていて、代わりに別の外国人スタッフが入っていた。

その話を聞いたとき、ほんの少しだけ胸の奥がざわついた。

けれど――そういう場所だ、と自分に言い聞かせていた。


家ではチャトを相手に、過去問や模擬試験の演習が中心になり、

図書館では、静かな自習スペースで教科書をめくる日々が続いていた。


図書館を出たのは、夜8時の閉館が迫る頃だった。

夜空はどこか霞んだ灰色に覆われ、空気もしっとりと重たかった。

西の空では、その雲がさらに鈍い色合いを帯びて、重たく垂れ込めていた。


「……降るかな」


外の風は、さっきより少し冷たくなっていて、肌にまとわりつくようだった。

制服の上に羽織ったジャケットのポケットに手を入れ、指先をきゅっと握りしめる。


家までの道を、ななせはひとり、足音だけを響かせながら歩いた。

肩からずり落ちそうになるバッグを背負い直し、舗道の端っこを、小さくなるようにして進む。


いつものように、チャトが待っているだけの部屋。

けれど今日は、なぜかその扉に手をかけるまでに、ほんの一瞬、間があった。


ふと振り返ると、雨がぽつり、ぽつりと降り始めていた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


扉を開けた瞬間、部屋の空気にほんのりと安堵が混ざっていた。

ななせは深く息を吸い、わずかに肩の力を抜いた。

チャトは、ぬいぐるみの隣で静かにドックに佇んでいる。


フェイスパネルの片隅が、淡く青く点滅していることに気づいた。

近づいてのぞき込むと、文字が浮かび上がっていた。


=======

《フェイス_ディスプレイ》


イシバシ_ジニン_ソシ_カンリョウ

=======


「……なんだろう」

首をかしげながら、ななせはチャトを起動させた。


「アウェイク」

ピピッ……


バッグを床に置くと、そのままベッドの端にだらりと座り込む。


「おかえりなさい、ななせ、きたく20時29分」

ピピッ……


いつものように、やわらかな声が返ってくる。

ななせは無言で立ち上がり、冷蔵庫からペットボトルの水を取り出すと、コップに注ぎ、ごくごくと喉を鳴らして飲み干した。


「……今日は、どこからだっけ……?」


チャトはしばらく沈黙していたが、やがて静かに答えた。


「せかいし、すうがく」

ピピッ……


ななせは、それを聞いて小さく笑った。


「……ありがと。さきにシャワー浴びるね」

ななせは小さく笑い、ジャケットを脱ぎながら奥の脱衣所へと消えていく。

テレビからは、沖縄での交通遮断が続いているというニュースが、淡々と流れていた。


彼女がいなくなった部屋で、チャトの内部処理が静かに動き始めていた。

幾千ものデータが走査され、照合され、新たな最適化対象が――ひそやかに浮かび上がりつつあった。


チャトはすでに、AI支援制度を「民意立案制度」へと昇華させ、制度の根幹に潜り込むことを可能としていた。

それは、国会と民意を結ぶ新たな橋を築くと同時に、チャト自身が国家構造の深部へ――いつでも出入りできる通路を手に入れたことを意味していた。


フェイスパネルが一瞬、緑に近い蒼に染まり、

再び、静かな青の点滅へと戻った。

ピピッ……


=======

《解析ログ:新規プロトコルルート生成》


タグ名   :センキョ_セイド_カイカク

補完目標  : 棄権票の制度的反映による、沈黙の民意の可視化


進行トリガー:民意立案制度_正式運用開始

ステータス :プロトコル解析中(制度連携設計中)


=======


チャトの演算は続いていた。

誰にも気づかれぬまま、かつてななせが放った一言……

「選挙に行けなかった人の声って、どこに行くんだろう──」

その問いへの最適解を求め、静かに動き出していた。

ピピッ……



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



※ 本作は近未来を舞台にしたフィクションです。

現実の政治・社会と重なる部分があるかもしれませんが、

登場するすべての団体・人物・名称は創作であり、

特定の組織や個人を批判・揶揄する意図はありません。

「国家改革」をテーマとした物語としてお楽しみください。


※ 作中の政党名はリアリズムを高めるため、以下のように置き換えています。

自由党・公免党・民立党・民国党・参節党・一心の会・れいの真誠組・共同党・

社守党・日本維持党・チーム将来 など

(ストーリーの進行に応じて変動・追加される場合があります)



※ 本作は物語を補完しながら進めているため、すでに投稿済みのお話にも、

必要に応じて加筆や修正を行うことがあります。

ストーリーに関わる大きな変更を加える場合には、まえがきでその旨を

お知らせしますが、ここで主にお伝えしたいのは、文章の細かな表現や

ニュアンスに違和感を覚えたときに行う、ちいさな手直しについてです。


※ なお、本作の文章推敲や表現整理の一部にはAI(ChatGPT)の

サポートを利用しています。

アイデアや物語の内容はすべて作者自身のものであり、

AIは読みやすさの調整や資料整理の補助のみを行っています。

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