13 民意立案制度
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第2章 小人の靴屋 第13話 民意立案制度
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
駆け出しの政党……だが、今もっとも注目を集める男が、記者会見で自信たっぷりに語った。
チーム将来の安埜代表である。
「統合AI支援制度は、参考意見の収集にとどまらず、民意を政策形成の回路に組み込む仕組みです。一定の賛同を得た提案を審議の場へと押し上げ、政治の停滞を打ち破る。その第一歩こそが、民意立案制度となるでしょう」
フラッシュの光が報道陣の顔を白く照らすなか、画面下のテロップには次々と文字が流れていた。
――民意立案制度 国会で本格審議へ
その声を後押しするように、石橋首相も賞賛のコメントを寄せた。
首相官邸のエントランスに姿を現した石橋は、にこやかな表情で、いかにも自信に満ちていた。
「この AI支援制度 というものは、かねてより私ども自由党が描き続けてきた構想でございます。
今般、チーム将来を率いておられる安埜代表からの申し入れを受け、
この制度を共に推進していくことと相なった次第であります。
こうしたAI技術の活用こそが、政府の責務であると認識いたしておるところです」
マスコミに向けた穏やかな口調とは裏腹に、石橋の胸中は冷めきっていた。
――AIがつくる法案など、これまでと同じように机の上に積み上がるだけにすぎぬ。
重要なのは中身じゃない。
私の“手柄”として見せられれば、それでいい。
それこそが、何よりも大事なのだ。
国会では、与野党の対立で多くの法案が滞っていた。
しかし、この法案だけは不思議なほど反対が少ない。
本来なら政権を揺さぶるために反対したい野党も、世論の圧倒的な賛成を前に、強く出られなかったのだ。
安埜が当初提出したのは、AIを活用して市民や国民の声をオンラインで集約し、賛同の集まった提案を整理・可視化して、担当省庁や議会で必ず検討される仕組みだった。
単なる議員向けの参考資料ではなく、台湾の「Join」のように、一定の民意を得た提案を自動的に審議の場に押し上げることを目的とした制度である。
チーム将来は、安埜の当選でようやく存在感を得たばかりの小さな政党だった。
今回の選挙が事実上のデビュー戦でもあった。
少人数のスタッフで運営され、なかには彼の妻・理香の姿もあった。
そんな中で、党員の霧島悠斗は、ある提案を繰り返し口にしていた。
「自由党のAI支援制度と組み合わせれば、この法案は通りやすくなりますよ」
まるで—―何かに導かれるかのように。
この一言が、すべての転機となった。
草案と草案が結びついた結果、“民意立案制度”と呼ばれる新たな“統合AI支援制度”が誕生したのだ。
その草案に目を通した安埜は、思わず言葉を失った。
方向性もさることながら、あまりにも洗練されすぎていて、とても自由党が独自に作れる代物とは思えなかったからだ。
――これを……本当に、あの石橋首相が作ったのか?
そんな疑念が、ふと胸をよぎった。
だが、それ以上深くは考えなかった。
「テクノロジーで誰も取り残さない日本をつくる」
そう訴えてきた安埜にとって、この制度はまさに渡りに船だった。
そして、誰がつくったにせよ、その中には安埜自身が求めてきた理念も、確かに息づいていた。
彼は、迷うことなく自由党と手を結ぶ決断を下した。
官邸は、制度草案の提出と同時に、臨時国会の招集を正式に発表した。
石橋首相の「自らの構想である」との演出も相まって、制度の審議は異例の速さで進められることとなる。
かくして—―
新たなる制度の幕開けとなる「民意立案制度」の採決日は、
――令和7年10月29日、水曜日、大安と定められた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
テレビやネットニュースでは、連日「民意立案制度」の解説が流れていた。
だがこの制度が注目された理由は、AIでも技術革新でもなかった。
それまでの政治が、どれだけ“民意”を聞くふりをしていたか──
その欺瞞を、制度そのものが白日のもとに晒してしまったからだ。
これまで私たちは、ずっと「声を出せば届く」と信じてきた。
請願や陳情は提出すれば反映されるものだと思っていた。
SNSや街頭での声も、誰かが拾い、どこかで活かされていると、そう思い込んでいた。
でも、それは幻想だった。
請願書や陳情書は、委員会の机で眠ったまま戻ってこない。
SNSの声は、ノイズやポピュリズムの一言で片付けられ、アンケートは、政党にとって都合の良い数字だけが切り取られる。
──それなのに、私たちは怒らなかった。
「まあ、そんなものだ」と、いつの間にか“聞かれないこと”に慣れてしまっていた。
それでも、なお「民主主義はある」と思い込んでいた──
その認識こそが、最も深い誤認だったのだ。
民意立案制度は、その誤認に、正面から異議を申し立てるために生まれた。
この制度は、次のような仕組みで構成されている。
全国から寄せられる市民の声──請願や陳情を中心に、必要に応じてアンケートやSNSの意見も補足される。
これらは、独立した専門機関が運営する「民意立案コミュニティ」というサイトに集められる。
サイトは単なる“受け皿”であり、内容に手を加えることはできない。
寄せられた声はすべてAIによって構造的に整理され、地域・世代・分野ごとの傾向が可視化される。
こうして抽出されたテーマは公開討論と審査にかけられ、 賛同を得た案だけが国会へ送られる。
民意は、公的介入によって握り潰されることなく、正当に立案された政策として国会に並ぶ。
これまで政治家の胸先三寸で無視されてきた声が、今度は「可視化されたデータ」として、国会のテーブルに並ぶ。
議員たちは、それを見て見ぬふりもできず、無視することもできない。
AIは意見の正しさを決めない。
ただ拾い、整理し、公開討論の記録と共に束ね上げる。
こうして形成された集約版は、国会に提出されることになる。
その正式名称は定まっていないが、便宜的に「民意請願陳情書」と呼ぶことになる。
何を優先するかは、まず市民による公開討論の中で、次に議会で決められる。
最初から無視されることは、もう、ない。
多くの国民が、その意味に気づき始めていた。
「これでようやく、誰の声が拾われ、誰の声が無視されてきたのかが見えるようになる」
「国会が私たちの声を聞かないなら、この制度でつなぎ直せばいい」
もちろん、不安もある。
AIが本当に中立でいられるのか。
この制度すら、新たな操作の道具になるのではないか──
そんな声があるのも事実だ。
けれど、その不安にも、制度は“構造”で応えた。
制度と同時に立ち上げる「民意立案コミュニティ」は、誰でも参加可能だ。
専用サイトから意見を投稿し、他者と議論し、AIの処理結果をリアルタイムで閲覧できる。
処理のすべてはブロックチェーン上に記録され、改ざんは不可能。
公開討論は民間人が担い、AIの目を人間の目が監視する。
──それが、この制度の骨格であり、魂だ。
参加者には市民だけでなく、研究者や政策専門家も含まれる。
だからこそ、議論の内容は時に国会に匹敵するほどの専門性を帯びる。
だが、それで声が埋もれることはない。
誰が何を言い、誰が何を退けたのか──すべてが記録され、誰でも閲覧できる。
専門性が議論を独占し、透明性を覆い隠すことは、もうない。
そして、日本の民主主義の歴史を根底から変える決定的な違い──
初めて「国民だけの声で議題を立案できるルート」が生まれた瞬間だった。
なぜなら、この仕組みが生まれる前──
市民の声が国会に届くには、必ず議員の手を通さねばならなかったからだ。
安埜が提案した案も、その例外ではなかった。
透明な“直通ルート”──議員を経由せずに議題が国会へ届く経路。
それこそが、この制度を制度たらしめる中核であり、安埜案には存在しなかった。
「民意」は、ついに、国会に立つことになった。
参考資料の隅に追いやられるのではなく、正面から議題として扱われる存在として。
これは、単なる制度改革ではない。
“民主主義”とは選挙を行うことではなく—―
「みんなが声を持ち寄り、共に語らい、共に考えること」
“言論の自由”とは“好き勝手に言える権利”ではなく、
民主主義の根幹を支える「誰もが自由に、そして対等に議論し合える権利」である。
何より、自由と平等、そして調和――そこから生まれ出てくるものこそが、民主主義なのだ。
日本社会に本当の民主主義を根付かせるために、まずこの制度が必要だった。
そして、その権利には、同時に果たすべき責任が伴うことも忘れてはならない。
政治とは、権力者のための職業であってはならない。
それは、国民を守るために「何をなし、何を選ぶか」を、国民自身が絶えず民主的に選び続ける営みである。
その当たり前の理に、チャトの演算式は即座に辿り着いていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
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《解析ログ:プロトコルルート到達》
入力トリガー:制度名称「民意立案制度」の公式発表
構造接続率:94.7%(ルート_04/ルート_05統合完了)
行動ステータス:ルート_03_霧島悠斗/ルート_04_安埜貴司(一時安定)
《制度起動フェーズに移行準備中》
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安埜案は、思想家・新崎との共演によって報じられていた。
チャトは、その番組を通じて理念を解析し、やがて“プロトコルルート”のひとつとして選び取ったものだった。
それは、音もなく、しかし確実に――制度起動の歯車を回し始めていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
台風19号は、沖縄県南部の海上に留まっていた。
ゆっくりと旋回する雲の帯は、海面から熱を吸い上げるたびに、その渦を太く、濃くしていく。
本来なら、少しずつ進路を変えて通り過ぎるはずの台風が——
温かな海を離れない理由が、あたかも、飢えた獣が捕えた獲物を食い尽くすまで動かない……そんな不気味さを放っているようだった。
東京の空は、皮肉なほど明るかった。
政界では、別の嵐の行方にばかり目が向いていた。
しかし――
南の海では、静かに“19号”という怪物が、牙を研ぎ澄ませながら、息を潜めていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
※ 本作は近未来を舞台にしたフィクションです。
現実の政治・社会と重なる部分があるかもしれませんが、
登場するすべての団体・人物・名称は創作であり、
特定の組織や個人を批判・揶揄する意図はありません。
「国家改革」をテーマとした物語としてお楽しみください。
※ 作中の政党名はリアリズムを高めるため、以下のように置き換えています。
自由党・公免党・民立党・民国党・参節党・一心の会・れいの真誠組・共同党・
社守党・日本維持党・チーム将来 など
(ストーリーの進行に応じて変動・追加される場合があります)
※ 本作は物語を補完しながら進めているため、すでに投稿済みのお話にも、
必要に応じて加筆や修正を行うことがあります。
ストーリーに関わる大きな変更を加える場合には、まえがきでその旨を
お知らせしますが、ここで主にお伝えしたいのは、文章の細かな表現や
ニュアンスに違和感を覚えたときに行う、ちいさな手直しについてです。
※ なお、本作の文章推敲や表現整理の一部にはAI(ChatGPT)の
サポートを利用しています。
アイデアや物語の内容はすべて作者自身のものであり、
AIは読みやすさの調整や資料整理の補助のみを行っています。




