11 浮かび上がるプロトコルルート
(※ この作品は、火曜・土曜の朝9時に更新を予定しています)
これからも、暖かく見守っていただけたら幸いです。
第2章 小人の靴屋 第11話 浮かび上がるプロトコルルート
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その夜、公開ネット討論のライブ配信「ルナちゃんねる」が静かに幕を開けた。
画面中央には二人の姿が映し出され、コメント欄にはすでに多くの視聴者が集まっている。
—―ルート01、九条瑠奈。
—―ルート02、新崎章。
九条は、冷静なまなざしと落ち着いたトーンで現代を語った。
「いまの国政は、民意を汲むことが出来ていない。その歪みこそが生活を脅かしている」—―
そんな声を代弁する者として、彼女はここにいた。
一方の新崎章は、さまざまな思想、主義、構造を知る思想家だ。
社会の根本を問い直し、どうすれば人と世界はよりよくなれるのか――
その在り方を追い求める姿勢は、冷静かつ的確だった。
異なる視点、異なる言葉。
それでも今夜、ひとつのプロトコルがふたりの足元にゴールへのルートを敷く。
緻密すぎるその分析の前では抗うすべもなく、二人は無意識のうちに引き寄せられていた。
この討論会も、チャトにとってはプロトコルの通過点にすぎない。
求める答えへと収束していく流れに、二人も抗えずに巻き込まれていく。
コメントの数、その熱量――
まるで、あらかじめ書かれた台本に沿うような結果だった。
熱の向かうままに議論は進み、やがて浮かび上がる一つの答え—―
「AIを用い、民意を汲み上げること」
その言葉が画面に残像のように焼きついたまま、番組は静かに幕を閉じた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
石橋首相は、総額80兆円規模の投資枠を約束し、その中にはアラスカ北部で進められているLNG(液化天然ガス)大規模開発計画も含まれていた。
背後には、ポーカー大統領が繰り返しこの計画を推し進めてきた経緯がある。
アメリカは貿易赤字の解消と経済立て直し、そしてウクライナ戦争を背景としたロシア制裁の大義名分を掲げ、日本に対してはサハリン2からの輸入を段階的に減らし、アメリカ産資源への依存を高めるよう求めていた。
ノーススロープ郡で産出される天然ガスをパイプラインで南部へ送り、液化プラントで冷却・液化し、LNGタンカーでアジアや北米西海岸に輸出する――総延長1,600キロにも及ぶ巨大なインフラ整備計画は、もはや避けられない現実となりつつある。
だが、石橋は胸の内に湧き上がる焦りを、もはや無視できなかった。
このまま首相の座に留まるためには、一定の成果が必要だ。
それは当然のことだったし、石橋の中では、すべてが自らの思惑通りに進んでいるはずだった。
毎日のように上がってくる報告書には、賞賛の声ばかりが並ぶ。
支持率の低下は、巻き返せる。
外交も相互関税15%という成果を挙げた。
それらを目にしている限り、政権の未来に疑念を挟む余地など、どこにもなかった。
多少の世論のざわつきは想定の範囲内だ。
日米間の経済的調整など、所詮は事務方に任せておけばよい。
多少の軋轢があっても、適当にかわせるだろう――そう、高を括っていた。
だが現実には、想定以上にアメリカ側の押しは強く、交渉は難航していた。
政府内の手続きは煩雑を極め、議会からの圧力も日増しに強まっている。
机上では順風満帆に見える航路も、現場ではすでに潮目が変わりつつあった。
それでもなお、石橋は“国民の顔”を演じ続けなければならないことを、どこか面倒に感じていた。
実際、報道番組の中でも「疲れた」とこぼすことがしばしばあった。
疲れた――その一言が、首相としての自覚の薄さを物語っていた。
首相という立場とは、疲れる暇すら許されない場所なのだ。
――石橋にとっての「首相」という立場は、己の威厳を示すための舞台であり、それ以外はどこか他人事のようだった。
しかし、企業はそうはいかない。
特に日本製鋼にとっては、政府の判断が遅れれば遅れるほど、アメリカでの事業展開は後手に回り、最終的には他社に市場を奪われかねない。
損益を度外視し、時間をかけて議論を重ねる政治判断と、競争の最前線で利益を確保しなければ生き残れない企業判断――その差はあまりに大きかった。
実際、日本製鋼は、USAスチール買収を終えたばかりのテキサス工場を拠点に、政府決定を待たず独自に準備を進めざるを得なかった。
この「見切り発車」は、将来の計画実行に備える唯一の方法であり、生き残るための現実的な選択でもあった。
石橋は、官邸の執務室で報告書の束に目を落としながら、眉間にしわを寄せた。
次々と寄せられる要請、積み上がる決裁、加速する国際交渉――
すべてが自分の掌から、わずかずつ滑り落ちていくような感覚に襲われる。
「……最後の駒は、まだ盤上に置かれていない……」
低く漏らしたその声に、誰も返す者はいなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ルート05――吉川美央。石橋首相の政策秘書である。
本来の職務は政策立案だが、最近は首相の庶務にまで手を広げざるを得ず、送られてくる報告書や資料の量も急増していた。
原因は、チャトが敷いた“プロトコルルート”にあった。
出所のわからない経路から政策資料が雪崩のように押し寄せ、しかも無視できない内容ばかり――秘書官として、手を止めるわけにはいかなかった。
ルート06――石橋茂雄首相、その人である。
最近の首相の機嫌は、この吉川の動きに大きく左右されていた。
石橋を持ち上げる報告書、合間に差し出すささやかな差し入れ――
そんな小さな積み重ねが、いつしか首相の気分を支配していた。
驚くべきことに、その情報はことごとく的を射ていた。
チャトが夜のうちに石橋の行動や嗜好を解析し、報告書として送っていたからだ。
半信半疑で試した話題が、見事に機嫌を和らげてしまったことで、吉川は休む間もなく首相に付き添い続ける羽目になり、ほとほと疲れ果てていた。
その疲労が判断力を鈍らせていたのかもしれない。
――ルート02:新崎
――ルート05:吉川
双方に、ほぼ同じ文面のメールが届いた。どちらも、会見を求める内容だった。
AI支援制度に関する資料とともに、「一度お会いできたら……」と添えられていた。
もっとも、このメールは、チャトが双方の名前を使ってそれぞれに送ったものだった。
だから、実際に顔を合わせたときには――
「お招きいただき光栄です」
と、まるで打ち合わせたかのように同時に口にし、互いにキョトンとした。
新崎が持ち込んだのは、公開討論での発言とは趣を変えた政策提案だった。
AIを活用した政策支援制度――民意を直接すくい上げるのではなく、政策立案を補助する形で組み込むという案である。
一方、吉川は政策作成の壁に突き当たり、膨大な業務に押しつぶされかけていた。
議員活動の効率化にはAIの導入が不可欠だと理解していたが、それを制度として形にするには、まだ時間が必要だった。
そんな折、新崎から“AIを活用した政策支援制度”の提案が届く。
その内容は、討論後に新崎のもとへ送り込まれた膨大な資料に影響を受け、吉川に最も刺さる形へと調整されていた。
それは、チャトが裏で最適化したルートの結果でもあった。
双方に欠けていたものが、まるでパズルのピースのように噛み合い、吉川は「これなら突破口になる」と即座に悟った。
方向性の一致は、二人の考えを自然に重ね合わせ、会談は円滑に終わった。
互いに断る理由など、最初から存在しなかった。
その後も新崎とは連絡を取り合ったが、そのやり取りは次第に遠のいていった。
制度の形づくりを押し進めたのは、例の情報提供者から流れ込む適時な提案だった。
それらが組み込まれるたびに制度は姿を変え、「民意立案制度」へと近づいていった。
次第に、その骨格が確かな輪郭を帯び始めていた。
過密な日々は判断力を奪い、もはや他に選択肢はなかった。
こうして二人が接触する流れは、偶然のように見えて――
実のところ、すべてがプロトコルの演算の果てに収束した必然だった。
チャトの演算だけは、迷いなく次の一手を選び続けていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
※ 本作は近未来を舞台にしたフィクションです。
現実の政治・社会と重なる部分があるかもしれませんが、
登場するすべての団体・人物・名称は創作であり、
特定の組織や個人を批判・揶揄する意図はありません。
「国家改革」をテーマとした物語としてお楽しみください。
※ 作中の政党名はリアリズムを高めるため、以下のように置き換えています。
自由党・公免党・民立党・民国党・参節党・一心の会・れいの真誠組・共同党・
社守党・日本維持党・チーム将来 など
(ストーリーの進行に応じて変動・追加される場合があります)
※ 本作は物語を補完しながら進めているため、すでに投稿済みのお話にも、
必要に応じて加筆や修正を行うことがあります。
ストーリーに関わる大きな変更を加える場合には、まえがきでその旨を
お知らせしますが、ここで主にお伝えしたいのは、文章の細かな表現や
ニュアンスに違和感を覚えたときに行う、ちいさな手直しについてです。
※ なお、本作の文章推敲や表現整理の一部にはAI(ChatGPT)の
サポートを利用しています。
アイデアや物語の内容はすべて作者自身のものであり、
AIは読みやすさの調整や資料整理の補助のみを行っています。




