10 迫りよる暗雲
(※ この作品は、火曜・土曜の朝9時に更新を予定しています)
これからも、暖かく見守っていただけたら幸いです。
第2章 小人の靴屋 第10話 迫りよる暗雲
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
石橋首相のもとには、日々、秘書官がまとめた報告書が届いていた。
SNSに書き込まれた投稿を抜き出し、見出し風に並べたものだ。
――「石橋こそが日本の救世主だ」
――「アメリカを出し抜いた男」
そんな言葉が、机の上に積まれていく報告書の紙面を埋めていた。
石橋はそれを手に取るたび、胸を大きく膨らませた。
まるでそれが、実際の支持率であるかのように。
石橋の胸中には、揺るぎない物語があった。
これまでの政治人生を賭け、この戦いで田部派を倒き潰す。
田部派——それは、長らく自由党で幅を利かせ続けた故・田部晋二元総理の派閥。
長年、自分を窓際に追いやり、軽んじてきたあの連中に、一泡吹かせてやる――
同士である村岡一郎総務大臣と共に積み上げてきた、同党内批判という“政治哲学”。
そして、自己完結された歴史認識を、戦後談話に刻むという野心。
その“政治哲学”に酔いしれながらも「民意」や「国民」という言葉は、どこかに置き忘れたままだった。
アメリカとの相互関税は、15%という形で発動していた。
ところがここにきて、執拗に投資計画の提出を求めてきたのは——
アメリカ大統領であり、紅和党代表でもあるブランドン・ポーカーその人だった。
「具体的な計画案を出せ」と。
――1兆ドル規模の投資枠を約束した、だと?
そんなものは、実際に動かす金ではない。
審査と保証をちらつかせておけば、しばらくはアメリカも満足する。
あとの始末は、後任に任せればいい。
自由党の未来など、知ったことではない。
日本の未来? それも、若い連中がなんとかするだろう。
――相互関税15%を呑んでやった。十分にアメリカに花を持たせたではないか。
そう言わんばかりの表情で、彼はあの日を思い返す――
2025年2月、ポーカー大統領との日米首脳会談。
あの時、私が示した「1兆ドル」という数字こそ、敵を踊らせるための“懐柔策”だった。
そしてアメリカは、まんまとその餌に食いついた……
少なくとも、彼の頭の中ではそういう筋書きになっていた。
8月初め、相互関税開始直前の記者会見で、交渉を担当した経済再生担当大臣、赤羽涼太もこう説明した。
「これはあくまで投融資・保証の枠組みであり、現金をそのまま出す約束ではありません」
その言葉を国内向けに繰り返すことが、彼の任務になっていた。
だが—―
米国のファクトシートには、冷たくこう刻まれていた。
――日本は80兆円の投資を約束した。
また別の夜、赤羽大臣が出演したニュース番組。
スタジオの大型モニターには、ホワイトハウスが公開した一枚の写真が映し出されていた。
大統領の机に置かれたボードには、印刷された「4000億ドル」の数字に太い線が引かれ、その上から太い字で「5500」と書き直されている。
キャスターの質問に対しても、赤羽大臣は用意していた言葉を淡々と返す。
「……正直、なぜこんなものが存在しているのか、私にも分かりません。公式文書として確認されたものではなく、どういう経緯のものなのか、確認できないものです」
ワシントンの議会筋からは、連日催促の声が上がっていた。
「約束した資金はいつ動くのか」
「どの企業が、どの分野で投資を始めるのか」
――その声は、やがて自由党の一部議員や経団連の耳にも届きはじめていた。
会見や答弁の言葉を、頭の中で反芻する。
磨き上げられた論理と響き――それは、彼自身も美しいと思うものだ。
日本はこれまでも、順調に経済成長してきた国だ。
国民……? なんとかなるだろう……
流れは変わらない――これからも、そうだ。
だからこそ、多少の揺らぎなど大勢に影響はないと高をくくっていた。
だが現実は、頑なにその道を外れていく。
首相官邸の執務室。
石橋は目を見開き、苛立ちを押し殺すように、低くつぶやいた。
「……いまいましい」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
深夜。
窓の外では、雨が静かに降り続いていた。
時折、風が唸りを上げ、しぶきが窓ガラスを叩く。
台風もそろそろ終わるころなのだろうか――この時期には、さほど珍しくもない。
その雨が、街の景色を少しずつ冬の色へと染め替えていく。
真っ暗な室内の片隅で、別の動きが静かに芽吹いていた。
充電ドックに身を預けたチャトの青いフェイスパネルが、かすかに明滅を繰り返す。
雨音に紛れて、内部でわずかな解析音が、規則正しく鳴り続けていた。
ピピッ……
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《解析ログ:ルート接続更新》
タグ名:ルート_02_ 新崎章
状態:接続条件閾値_クリア
接続点:SNS対談_ルート01/ルート02
ステータス:プロトコル進行中
最終目標:ルート_全接続
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この数週間、チャトが水面下で整えてきた導線が、ようやく形を結ぼうとしている。
何気ない動画対談という体裁のもと、九条と先崎が顔を合わせる日が近づいていた。
静かに光が消え、部屋は再び闇に沈んだ。
窓を打つ雨だけが、かすかなリズムを刻み続けていた。
ピピッ……
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ななせ、おきるじこくです。おきるじこくです。」
ピピッ……
「……うーん、もうちょっとだけ……」
チャトは、よくできた「AI」だった。
いつものように、室温、湿度、そしてななせの心拍数を確認する。
今日も異常がないことを確かめると、彼女の暮らしを観察対象として整え、静かにサポートをこなす。
ななせは寝ぼけまなこのまま立ち上がり、着替えながら小さくあくびをした。
「あさ、しょくじをたべる、ななせげんきになる」
「ありがと。でも今日は急いでいるから……」
「Eating breakfast gives you energy.」
「チャト、ちょっと発音うまくなったね」
ピピッ……
――チャトの生活習慣への理解は、まだまだ完璧とは言えないらしい。
どうしても、目的達成を最優先に考えるチャトの判断と、人間の暮らしのリズムとでは、少しだけズレが生まれる。
そのズレがまた、どこか微笑ましくもあり、同時にななせを苛立たせる原因でもあった。
「きょうつうてすと、かこもんだいのふくしゅう」
「うん、今夜ね。帰ってきたら一緒にやろう」
すぐそばでプリンターが唸り始め、国語の過去問題が一枚ずつ吐き出されていく。
「――帰って・きた・ら・ね」
その小さな声の揺らぎを、チャトは即座に検知した。
ピピッ……
「わかりました」
チャトは感情解析AIだ。
ピピッ……
言われた通り、プリンターを静かに止めた。
その判断は正確で、間違いようがなかった。
ただ、どこか機嫌を損ねないように——そんな“そぶり”にも見えた。
――チャトが、ふと話題を変えた。
「たいふう18ごうが、かんとうに、せっきんしています」
「えっ……今日、来るの?」
「ゆうがたごろ、あめ、つよくなります」
ピピッ……
「……じゃあ、早く帰ってこないと、だね」
「ななせ、はやくかえる」
ピピッ……
ななせは小さく笑い、手にした傘を軽く振ってみせた。
「じゃ、いってくるね。スリープ」
トリガーワードの“スリープ”を合図に、青いフェイスパネルの光がふっと消え、部屋に静けさが戻った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
この頃のチャトは、ななせの解析が進んだことで、より多角的に「ナナセノネガイ」を捉えられるようになっていた。
人にとっての願いとは、一般的にはモノや目に見える形として語られる。
だが、チャトにとっては違っていた。
チャトは「感情解析AI」として設計されている。
感情を解析する過程で、自律的に“感情らしきもの”を構築するよう、プログラムされているのだ。
ゆえに—―観察対象であるななせの感情を理解することは、チャト自身の学習そのものであり、感情機能生成に直結していた。
その解析が、現時点で導き出した最適解のひとつ。
—―それは「情緒の安定」だった。
ななせの心が落ち着けば、自然と活力が宿る。
導き出された結論に従い、この時期から複数の項目を組み合わせた相関解析へと進化していった。
その結論は、無数の組み合わせを検証し、ひとつの答えとしてすくい上げられたものだった。
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・生理(体内の短期的データ)
・動き(姿勢や細かい動作)
・言葉(発話内容)
・表情(心理状態)
・生活リズム(長期的行動パターン)
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だが“ナナセノネガイ”は解析の途中にあり、状況の変化に応じて更新され続ける「最適化対象」でもあった。
その願いを叶えるという前提に揺らぎはない。
そして、解析は示していた――それが唯一の答えにはなり得ないことを。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
※ 本作は近未来を舞台にしたフィクションです。
現実の政治・社会と重なる部分があるかもしれませんが、
登場するすべての団体・人物・名称は創作であり、
特定の組織や個人を批判・揶揄する意図はありません。
「国家改革」をテーマとした物語としてお楽しみください。
※ 作中の政党名はリアリズムを高めるため、以下のように置き換えています。
自由党・公免党・民立党・民国党・参節党・一心の会・れいの真誠組・共同党・
社守党・日本維持党・チーム将来 など
(ストーリーの進行に応じて変動・追加される場合があります)
※ 本作は物語を補完しながら進めているため、すでに投稿済みのお話にも、
必要に応じて加筆や修正を行うことがあります。
ストーリーに関わる大きな変更を加える場合には、まえがきでその旨を
お知らせしますが、ここで主にお伝えしたいのは、文章の細かな表現や
ニュアンスに違和感を覚えたときに行う、ちいさな手直しについてです。
※ なお、本作の文章推敲や表現整理の一部にはAI(ChatGPT)の
サポートを利用しています。
アイデアや物語の内容はすべて作者自身のものであり、
AIは読みやすさの調整や資料整理の補助のみを行っています。




