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「これより聖神の名の下に、アテナ・グレモリーの審問会を開こうと思うけど、誰か異議を唱える者はいるかな?」


目の前の壇上に立った男が、軽薄そうに口上を述べる。

私は王命に従い、聖神教の教会へと足を運んでいた。名目は審問会と呼ばれる罪人を裁くための集会。ここに召集されるということは、ほぼほぼ罪が確定した者に限られる。

本来なら人生の詰みと言っても過言ではないのだけど、私はその濡れ衣を晴らすつもりだ。


「くだらない前置きはいいですから、とっとと審問会を初めなさい」

「まぁそう言わずに、これも決まりごとだからさ」


そして貼り付けたような笑顔を絶やさない彼は聖神教の最高司祭、レイル・リランカ。厳かな教会の雰囲気とは似ても似つかない派手な色をした礼服に、ご自慢の長いブランドヘアがサラサラと鬱陶しい。


仰々しい肩書から分かるように、私の命運が決まるこの審問会。その全てを取り仕切るのがこのレイルだ。

一応、レイルは昔馴染みになるのだけど、無償で温情をかけてくれるほど親しいわけでもない。これが数年ぶりの再会。昔と変わらず薄っぺらい人間性が、有様から見て取れる。これもリランカのお家柄といえばそうなのかもしれないけど………はぁ、こんな奴に私の命運を握られているのかと思うと、苦悩で頭が痛くなる。


「魔女にしては殊勝な心掛けね。それとも自ら罪を認めにきたのかしら?」


傍聴席の方から美しい女性が息巻いてきた。薔薇のような真っ赤な唇に、女の私から見ても抜群のスタイル。私の記憶が正しければ、彼女がアイリーン・エルマで間違いない。

あの様子から察するに、アイリーンがマルセルを殺した主犯で、その罪を私になすりつけようとしているのは、どうやら本当の話のようだ。


「アイリーン。余計な発言は控えなさい」


淡々とアイリーンを嗜めたのは、父親でありこの国の宰相でもあるカーン・エルマだ。その他にもランドを含む騎士達を初め、傍聴席にはこの国の重鎮らが何人か座っていた。


これからこの国の王子毒殺の犯人を告発するのだから、これぐらいの面子が揃っても当然と言えば当然のことかもしれない。

気になる点とすればリフィル王の姿が見えないことか。まぁ、リフィル王は私を犯人だとは思ってないようだから、審問会に赴くだけ無駄だと思ったのだろう。


「そうだよアイリーンちゃん。ここでの質疑応答は全部僕が取り仕切るからね。審議に関係ない発言は聖神への冒涜行為としてカウントするから」

「ひっ!?」

「うんうん。分かってくれたみたいでなにより」


レイルは笑顔で語りかけていたけど、その言葉はどんな刃物よりも鋭利で冷たい。事実、アイリーンの顔色は蒼白となり、さっきまでの威勢は消え失せていた。レイルがその気になれば、例え宰相の娘であってもただでは済まない。最高司祭とはそういう立場の人物なのだ。


アイリーンもそれを知っているのだろう。さっきまでと打って変わり、借りてきた犬のように静かになっている。私としては胸のすく思いだったけど、手放しに喜んではいられない。

ランドの証言という切り札と、ジルにお願いしている保険があるとはいえ、それで上手くいくとは限らないのだ。


「それでは改めて、これよりアテナ・グレモリーの審問会を始めるよ。審議される内容はただ一つ、故マルセル王子に対する殺意の証明だ。証明されれば罪人は聖神により裁きが下るだろう」


ただの決まり文句とはいえ、平然と言ってのけるレイルには感心する。聖神なんて都合の良い偶像、みんながみんな信じているわけがない。そんなこと、あのレイルなら分かっていそうなものだけど………それとも、本当に信じていると?


「ではおしゃべりのアイリーンちゃんに発言することを許可しよう。ささ、言いたいことは何でも言っていいよ」

「は、はい………私、アイリーン・エルマはここに告発します。そこにいる魔女が婚約破棄されたことを逆恨みして、マルセル殿下に毒をを盛り殺害したと」

「ふーん、何か根拠はあるのかな?」

「珈琲です。マルセル殿下は亡くなる間際に珈琲を飲んでいました。珈琲なんて野蛮な飲み物、王宮では魔女しか飲んでいないことは周知の事実。きっと婚約者という立場を利用して、無理矢理飲ませたのでしょう」


野蛮な飲み物というのは少々引っかかるけど、王宮で珈琲を飲んでるのは私だけなのは本当のことだ。アイリーンの言ってる事もそれなりに筋は通ってる。だからといって、はいそうですか。と認めるわけはないのだけど。


「なるほど、なるほど。ではアテナは今の内容に何か異議はあるかな?」

「その前に一つ訂正させてもらいます。皆さんすでにご存知だと思いますけど、マルセルと私の婚約を破棄されてます。当然、マルセルが死ぬ前に………なのでアイリーン様の主張には少々無理が、」

「な、なら〃元〃婚約者にこちらも訂正を!」


ああ言えばこう言う。アイリーンはまるで躾のなってない犬のようにきゃんきゃん吠えている。とても私の発言を遮ってまで話す内容ではない。

軽薄な笑い顔を崩さないレイルだったけど、内心うんざりしているのが見て取れる。このままアイリーンの心象が悪くなり、告発が却下されてしまえば助かるのだけど………おそらく、そう簡単にはいかないだろう。


「レイル殿、よろしいかな」


枯れ枝のような。とまではいかないけど、それなりに年季の入ったしわれた腕が挙げられる。


「ん?なにかな、カーン宰相閣下」

「娘の代わりに発言を許可していただきたい」


ようやくお出ましといったところか。手を挙げたのはこの国きっての敏腕内政官。影の支配者とも噂されるカーン・エルマその人である。この審問会、おそらくだけどカーンが1番の難敵となるだろう。

なにせカーンと審問会で相対した政敵は、軒並み極刑を課せられていた。まさに百戦百勝………そんな相手に、私なんて卑小な家族が勝てるはずがない。


でも今回ばかりは事情が違う。

昨日の今日で急遽開かれた審問会からも分かるように、カーン達はかなり焦っている。さっきからアイリーンが取り乱しているのがいい証拠だ。絶対そこに付け入る隙ができる。


「どうしよっかなぁ。基本、告発人とは別の人間の発言は遠慮してもらっているのだけど」

「公平ではなくなるからかね?」

「よくご存知で」

「ならば罪人からも証言者を立てればいい」

「なるほど、それならギリギリ公平と言えるかも知れない」


なんという僥倖。これなら何ら違和感を与える事なく、ランドに証言してもらうことができる。


「それで結構です」

「なら決まりだ。ではカーン宰相閣下。あらためて発言を許可するよ」


さぁ、ここからが私の本当の戦いの始まりだ。

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