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どこまでも続く本棚に挟まれていました。終わりが見えないほど長く、長く伸びた本の壁は、私にとっては宝の山に他ならない。古今東西のあらゆる知識が、私の幼稚な好奇心を刺激する。


いつもなら感嘆の言葉の一つ漏らすところですけど、残念ながらこの光景には見覚えがありました。ここは私、アテナ・グレモリーが生まれ育った屋敷の一室です。名門貴族であるにも関わらず、絢爛豪華な装飾などは一切なく、ただ機能だけを追求された地味な造りは、グレモリーという一族の本質をよく表している。


物心がついた頃からこの書架に入り浸っていた私は、保管されたほぼ全ての本を読み終えていた。一族同士の繋がりが希薄なグレモリーにおいて、本だけが幼い私の友だちだった。


マルセルと婚約した13の春から、この屋敷にはもう何年と帰っていない。当時と変わらないカビとホコリの臭いに懐かしさを覚えながらも、どうしてこんなところに。と、疑問を感じる。


束の間、私の意思に反してアテナは本棚から一冊本を取り出した。年季の入った羊皮紙独特の滑らかな表紙、それを開けば見たことのある文字の羅列が綴られている。


この本のことはよく覚えていた。私がここで読んだ最後の本だ。ああ、なるほど、、、私はきっと夢を見ているのだろう。ならばこの後に現れる人物にも心当たりがある。


「あなたがアテナ・グレモリー嬢でお間違いないだろうか?」

「………ええ、」


本を読んでいる私に、スラっとした顔のいい青年が微笑みかけてくる。あまりにいい笑顔なのに、夢の中のアテナは眉一つ動かさず本に没頭中だ。


この青年が私の元婚約者の王子さま。マルセル・リフィル・カルドご本人様であった。見た目が最近の背格好と一緒なのはご愛嬌といったところか。夢に完璧な整合性を求めるのは酷というものだろう。

私としてはマルセルを今すぐにでも引っ叩いてやりたいところだけど、夢の私は一向に動く気配がない。夢とはなんとも不自由なことか。


「あれ?僕のこと見えてないのかな?」


見えてるはずがない。今のアテナは受け答えができる最低限の意識だけを割いて、残りのリソースは全て本の内容に向けられているのだから。


マルセルは身振り手振りでどうにかアテナの興味を引こうとしていたけど、やがて落胆したように肩を落とした。当時は特に気にしてなかったけど、ここまであからさまに無視するのは、少し可哀想だったかもしれない。今となってはざまあみろとしか思わないのだけど。


「北方の偶像信仰とそれにまつわる風習ね。まぁ、ぼちぼち楽しめました」

「初めてだよ。ここまで無視されたのは、、、どうやら、噂通りのお嬢さんのようだ」

「あら、まだいらしたの。用事があるなら手短に………ッ!?」


夢の中のアテナは本を閉じると、初めてマルセルのことを直視した。無駄にいいそのご尊顔を前にして、アテナに生まれて初めての感情が芽生える。つまるところの一目惚れというやつをしてしまうわけだけど、あーいやだいやだ。

夢の中だというのにみるみる頬が赤くなってるのが分かる。今となってはなんでこんな男に惚れたのか理解に苦しむというのに、、、でもやっぱり、顔はいい。


「ようやく目が合った」

「ど、どなたかしら?私の領域に土足で踏み込んできた不届きものは」

「自己紹介がまだだったね。僕はマルセル、リフィル・カルドというものだ。以後お見知り置きを」

「リ、リフィル!?ということはあなた王族!?」

「はは、これでも顔は広いと自負していたんだけどね。一応、この国の王子をやっているよ」


マルセルは証拠とばかりに、王の紋章が彫刻(エングレーブ)された指輪をチラつかせた。夢の中のアテナもようやくマルセルの正体に気がついたようだ。そもそも、この屋敷に入ってこれたのだから、目の前の男が只者ではないと分かっていただろうに、夢の中の自分ながら考えがあまい。


普段は誰に対しても無作法を貫く私も、この時ばかりはこうべを垂れるため膝を折った。まだ爵位も持たない貴族の小娘が、王族、ましてや王子と対等に言葉を交わすなど、後でどんな因縁をつけられるか分かったものではならないからだ。

すでに取り返しのつかない無礼を働いてしまった事は棚に上げるとして、勝手に話しかけてきたマルセルにも非があるだろう。と、この時は心の中で言い訳をしていたはずだ。


「おっと、膝はつかないでくれ。今日は君を口説きに来たんだ」

「………は、?」


この瞬間、私の時が止まった。実際に時計の針が止まった訳でも、息ができなくなった訳でもない。でも、確実にこの瞬間だけは私の世界は止まっていた。


だって王子様が異性を口説くなんて、子供の頃に読んだ絵本の中でしか見たことがない。それもどこかのお姫様とか、絶世の美女様が相手と相場が決まっている。それなのに、何を血迷ったのかこのマルセルとか言う王子様は、その辺の町娘に毛が生えた私みたいな芋女を口説くと言う。

いやはやこの時ばかりは、私の耳が腐っているのかと不安になったものだ。


「今、なんと?」

「ん?あぁ、口説く相手とは対等であろうと決めているんだ。膝をつかれてしまうとその前提が崩れてしまう」

「王子と私が対等?………いや、それはそれで喜ばしいことですけど………王子は私がどこの誰かご存知で、そんな世迷言を口にしていますのかしら」

「グレモリーの現当主、ソムヌス・グレモリーの愛娘だろう?」

「だから、」

「それともこう呼んだ方がいいか………グレモリーの魔女、と」


そうだった。マルセルは私が魔女と蔑まされていることも知っていて口説くと言ったのだ。


「知っておられるのなら、その名の由来もご存知でしょうに」

「それは聖神教会のやつらが勝手に決めたことだ。僕には関係ない。僕はアテナ・グレモリーという女性に興味があってここに来た」

「奇特な方ね………いえ、決して悪い意味ではありませんけど」

「はは、友人にもよく言われる」


この時はマルセルがどれほど本気だったのか。今となっては問いただすこともできないけど、少なからず私は悦びを感じていた。

それは見初められた事への高揚感か、あるいは王子に対等と言われた優越感か、はたまたその両方か。どのみち魔女と呼ばれ鬱屈した日々を過ごしていた私には、マルセルの口説き文句は神の啓示に等しかった。


「ふふ、王子様はユーモアのセンスもお有りなのね」

「それは君が賢いからさ。王宮のお嬢様方には中々理解してもらえなくてね」


虫唾の走る思いだけど、夢の中のアテナがすでにマルセルに恋心を抱いているのが分かる。釣った魚に餌をやらずに捨てるクズだというのに………いや、もうやめよう。

未来がどうであれ、この時マルセルが私を救ってくれたのは事実なのだ。


「もう、いくらおだてても何も出ませんからね」

「本当の事を言ったまでだよ。君は聡明でとても魅力的だ」

「///」


歯が浮くようなセリフも、顔のいいマルセルの口から発せられると不思議と嫌味に聞こえない。むしろ羽毛のように心地よく温かい………生まれて初めて誰かに求められた感覚に、私の頭はどうにかなってしまいそうだった。


程なくして、口説き落とされた私はマルセルと婚姻を結ぶ事になる。王子と魔女、その奇妙な組み合わせは立ち所に噂となり、一時期はその話で国中が持ちきりになった。


もしかしたら、マルセルが死ぬことになったのは私のせいなのかもしれない。魔女の私なんかを娶ったばっかりに、預かり知らぬところで神様の逆鱗に触れてしまったとか。


………馬鹿馬鹿しい。神や悪魔が存在しないことなんて、私が一番よく知ってることなのに。

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