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黄昏時の夕陽が私の部屋を紅く染めていた。

こうも西陽が差し込むと、私の本たちが日焼けてしまわないか心配になる。ちゃんとした本棚で保管してあげたいところだけど、この狭い部屋ではそれも叶わない。

どうしてこんな雑な扱いをするんだ。と、この本達は私のことを恨んでいるだろう。でも、悪いのはこの部屋を用意したマルセルと、あの能天気な太陽が悪いのだ。


私はそんなことを心の中でボヤきながら、薄暗くなってきた部屋でロウソクに火を点けた。やさしい光を放つその火を、他の燭台へと移すことも忘れない。本に燃え移ると一大事なので、普段はロウソクなんて使わないのだけど、いまは客人もといランドが来ている。


「毒の所在が分かった」


おもむろに口を開いたのは、再び私の部屋を訪れた近衞騎士のランドである。


「まぁ!それは喜ばしい話ね」


これは想定外。

騎士であるランドがいくら働いたところで、何のせいも得られないとばかり思っていた。流石はリフィル王が遣わせただけあって、私が思うよりもランドは優秀なのだろう。おかげで私の未来にも一筋の光明が見える。


「早速、お話を伺ってもよろしいかしら」

「もちろんだ。でもアテナは素直に喜べないかもしれないな」

「どうして?」

「毒が入っていたのは、珈琲なんだ」

「はぁ!?」


思わず変な声が出た。この国で珈琲を愛飲する人間は少ない。この王宮で嗜んでるのは、せいぜい私ぐら他は紅茶、もしくは酒が一般的だ。


毒物が見つかってホッとしたのも束の間、いいえぬ焦燥感が私を襲う。まさかとは思うけど、犯人は私に罪をなすりつける方法を考えていた?もしそうだとしたら、私の進退は窮まっている。

動機に物的証拠まで揃っているのだ。私がどれだけ身の潔白を主張したところで、誰も信じてはくれない。ボールで遊んでいた子供の隣に、割れた花瓶があるようなものだ。どれだけ上手く誤魔化したところで、状況が真実を決定してしまう。

ああ、さようなら、私の愛しい本よ。せめて生家に送り返すようにお願いだけはしておくか。


「ねぇ、最後に私のお願いを聞いてくれないかしら?」

「さいご?なにか勘違いしていないか」

「勘違いもなにも、私は詰んでいるのでしょう?」

「そんなことはない。毒入りの珈琲はマルセル殿下御自身が淹れ、そして自室で飲まれたものだ。アテナとは何の関係も、」

「え!?マルセルが珈琲を飲んだですって???」

「あ、ああ。俺も聞いた時は驚いた。まさかマルセル殿下も珈琲を嗜んでおられるとは」

「ふ、ふふふ」

「………何かおかしなとこがあったか?」

「へ、?」


私としては堪えているつもりだったけど、あまりに荒唐無稽な話をするものだから、思わず笑ってしまった。だってあの珈琲が嫌いなマルセルが、私が丹精込めて淹れた珈琲であっても頑なに口にしないのがあのマルセルが、何の冗談か珈琲を飲んで死んだというのだ。


そんなことは絶対にありえない。まだ珈琲を飲んだショックで死んだと言われた方がしっくりくる。犯人も雑な仕事したものだ。私に罪を着せるのに夢中で、マルセルのことまで気が回らなかったのか?

もしそうなら、これは私が思っているより計画的な事件ではないのかもしれない。


「いえ、何でも………それよりも話を続けなさい」


私が続き話すように促すと、ランドは眉間にシワを寄せながらも語りだした。悪いとは思うけど、今は説明する時間が惜しい。ともかくまだまだ情報がいる。


「………では改めて。毒が入っていた珈琲についてだが、これはマルセル殿下を発見したメイドの証言によるものだ。昨晩、マルセル殿下に珈琲を抽出すふ器具一式を揃えたのもこのメイドで、真っ先に疑いの目を向けられていたのだが、調査の結果メイドはシロ。状況的に考え、メイドが誰にも気づかれず毒を入れることは不可能と判断された。それでマルセル殿下が持参した、珈琲豆そのものに毒があったと結論付けられたというわけだが」

「なるほどね。ちなみにその話はあなたが直接メイドから聞いたのかしら?」

「いや、知らないのも無理はないがこれは王宮中ですでに噂になっていてな。はぁ、一体誰が言いふらしたのやら」


犯人でしょうね。と、心の中だけで相槌を打った。おおむね狙いは珈琲にゆかりのある人物へと疑いの目を向けるため、つまり珈琲の愛好家である私というわけだ。マルセルと私の関係は言わずもがな。

後は婚約破棄された腹いせに、毒入りの珈琲を私が飲ませたことにすればいい。方法はいくらでも脚色できる。


「さて、あなたの話ではマルセルは自殺したようにも受け取れますけど?」

「その通り………それにタイミングも厄介だしな」

「ん?」

「いや、何でもない。アテナがすぐに告発されないのも、自殺という可能性を無視できないからだ。まぁ、時間の問題だとは思うが」

「そう………」


ランドにしてはどこか含みのある言い方をする。明確な物言いが取り柄だろうに、やはり王族が自死したとなるば口をつむぎたくなるものなのだろうか。


「ともかく、これでいよいよ八方塞がりのようね。こんな事なら、さっさと逃げ出す準備をしておけばよかった」

「まぁ待ってくれ、話のキモはこれからなんだぞ」

「きも?」

「初めに言っただろう。毒の所在を掴んだと」

「そういえばそんなこと言ってましたわね。あまりに嬉しくない話が続くものものだから、すっかり忘れてました」

「はは………では結論から言おう。毒を隠し持っているのは宰相カーン・エルマだ」

「ほう、」


宰相カーン・エルマ。王宮でこの名前を知らない者はいない。下位貴族の身分でありながら、実力だけで成り上がった凄腕の内政官だ。確かにカーンほどの地位があれば、毒を入手することなど容易いだろう。


「根拠はありますの?」

「もちろん。ほら、これを見てくれ」


ランドは一枚の紙を懐から取り出すと、それを机の上に広げた。紙にはズラリと文字と数字が書き記されている。


「これは………何かの帳簿かしら?」

「ご明察。これは王宮に持ち込まれた物資について記されている」

「物資って!それ最高機密の情報ではなくて?」

「持ち出したことがバレれば、俺の首は飛ぶだろうな」

「命はもっと大事にした方がよろしくてよ」

「心配するな。人を見る目はそれなりにあるつもりだ」


はなから巻き込むつもりだったけど、これでランドの立場もかなり危ういものとなった。リフィル王の命令があるとはいえ、国の機密情報を持ち出すことなど本来あってはならないことだ。おそらくバレれば本当に首が飛ぶことだろう。

凄まじいプレッシャーが私の胸を締めつける。この時点で、私の命は私だけのものではなくなってしまった。ほんとうに勘弁してほしい。私は自分が生き延びるだけで手一杯なんだから。


「はぁ、それでどれが毒ですの?」

「これだな」


ランドの人差し指が差したのは、何でもない食料の項目だった。小麦と乾燥果実を混ぜて焼かれたそれは、この国ではありふれた糧食で私も興味本位で齧ったことがある。硬すぎてとても噛みちぎれなかった。

帳簿に記載されている糧食は、確かにカエルの原産地である最南の地より取り寄せているようだけど、お目当ての毒に関係があるようには見えない。


「これがカエルの毒?」

「詳しい説明は省かせてもらうが、これは暗号化されていてな。宰相カーン・エルマの権限によって正しい品目から書き換えられているんだ」

「つまりカーンが最南から取り寄せた物資を隠匿しているというわけね」

「その通り、これ以外に毒らしき物が持ち込まれた形跡はなかった」

「なるほど」


ランドの言いたいことは概ね理解できた。他に疑わしい物がなかったから、この暗号化された何かを手にしたカーンが真の犯人なのでは。そう言いたいわけだ。

単なる消去法ではあるけど、これしか手掛かりがない以上は仕方がない。カーンがマルセルを殺し、その罪を私になすりつけようとしている。今はその過程で話を進めるとしよう。


「でも毒をカーンが所持しているとして、なぜマルセルに使ったのかしら?娘のアイリーン様も含めて、王族との関係は良好なはずですけど」


カーンには絶世の美女と名高いアイリーンと言う一人娘がいる。その美貌は隣国にも轟いているとかいないとか。マルセルとは歳が同じこともあり、幼少期は共に過ごした時期もあると聞き及んでいた。

ふたりの仲は睦ましく、将来を誓い合った仲とまで言われていたらしい。私がそれを知ったのは、マルセルと婚約をして屋敷を出てからだけど……… ようはアイリーン様とマルセルは幼馴染というやつだ。


そんなわけで、2人の両親であるリフィル王とカーンも固い信頼関係で結ばれている。カーンが宰相の地位にまで漕ぎ着けたのがそのいい証拠だ。いくら優れた能力を持ち合わせようと、下位貴族のカーンが実力だけで宰相になれるほど、リフィル王国の内政は成熟していない。それもこれも、リフィル王に手厚く重用されたおかげだ。


「俺もそこは分からないな」

「ふむ、まだまだ情報不足というわけかしら」

「仕方ないだろ。なにせ時間が無かった」

「別にあなたを責めたいわけではありません。今の話だけでも十分価値があります」

「というと?」

「火のないところに煙は立たないと言うでしょ?カーンに疑わしい所があるのなら、私はそこを徹底的に叩くまでのこと。もしかしたら、相手がそれでボロを出すかもしれませんし」


口八丁手八丁は私の得手とするところ。ランドの手柄だけでも、それなりに言いくるめる自信はある。例えばそう、私がカーンを告発してみるのはどうだろうか。聖教会の掟では、先に告発した者の方が審議を優先される。清いものでなければ、を追求することはできないのだ。


まぁそれでも、情報不足なことは否めないのだけど………あと少し、せめて動機か珈琲に毒を混入させた方法さえ分かれば、何とかなりそうなものだけど。


「そうか。ならもっと叩きやすくなるように、さらなる情報(ぶき)を揃えてくるか」

「あら、やはり騎士様というのは頼りになるのね」

「おだてても何も出ないぞ」

「まぁ酷い。これは私の嘘偽りない本音ですのに………でもまぁどうしようもなくなれば魔女の異名の通り、せいぜい呪いと怨嗟の言葉を残して散るとしましょう」


もちろんこれは冗談だ。願っただけで人を殺せるような、神のような力を持ち合わせているのなら、私は真っ先にマルセルを殺した奴を取り殺している。

魔女なんて仰々しい名前で呼ばれていようと、所詮その中身はただの人なのだ。毒を食えば死ぬし、便利な魔法を使うこともできない。


「はぁ………とにかく最後まで諦めるなよ。最悪おれがなんとかする」

「その気持ちだけで十分です」

「なっ!?」


ランドが何をするつもりなのか見当もつかない。だけど、これ以上他人を頼るのは気が引けた。私のキッパリとした拒絶の姿勢に、ランドは困惑した様子だった。

でもこれは私に降りかかった火の粉なのだ。私が何とかするのが当然の道理だろう。ランドはそれ以上何も言わず、静かに部屋から出ていった。

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