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さて、なんとか貴重な協力者を得ることができたわけだけど、私の人生が崖っぷちの状況なのは何も変わらない、前途はあまりの多難で溢れているし、残された時間も少ないときている。

一刻も早く身の潔白を証明しなければ、明日にでも私の命は断頭台の露と消えることだろう。そうならないためには、元婚約者のマルセルを殺した犯人を私自身で見つけるしかない。


「あなたの知ってることを全て教えなさい」


というわけで、私は協力者となったランドからさらに詳しい話を聞くことにした。


「はい、アテナ様」

「様も敬語も必要ありませんわ。協力者として対等でありましょう」

「わ、分かり………了解した。なら私のこともランドと気楽に呼んでくれ」


なるほど、自分で言っといてなんだがランドの言うことにも一理ある。

でも生まれてこの方、マルセル以外の殿方を名前で呼んだことのない私にとって、この提案は少々ハードルが高い。今日でこそかなりの会話をしているけど、普段はマルセルと文字だけが友達のただの人見知りでしかないのだ。


「か、考えておきます」

「?」


私としたことが墓穴を掘った。鏡を見なくても、頬が紅潮しているのが分かる。

さっきまで毅然とした態度を崩さなかった不愛嬌な女が、いまさら生娘のような反応しているのだ。こんな面白い見せ物もそうないだろう。


「えっと………とりあえず現状で分かっている事を伝えればいいんだな?」


羞恥のあまり俯いていると、ランドが助け舟を出してくれた。ここはありがとうの一つでも口にするべきなのだろうけど、ランドは笑いを堪えるので精一杯といった様子だ。とてもお礼を言えるような雰囲気ではない。もう取り繕うのも面倒くさいので、さっさと話を進めるようにランドのことを睨みつけた。


「ハハハ、わるいわるい………では事件の概要だが、マルセル王子の遺体が発見されたのは早朝の自室でのことだ。いつもより遅い目覚めを心配して、メイド数人が様子を伺いにいったところ、ベットの上でマルセル王子が死んでいるのを発見したそうな。

遺体に外傷がないこと、鍵を開けるまで部屋が密室であったこと、先日婚約を破棄されたこと。以上のことから、アテナが逆恨みで毒を盛ったに違いないと、王宮中で噂になっている。ざっくり言うとこんなもんだ」

「あなた………状況を分かっておいで?」

「ん?」

「密室だったから毒殺されたなんてふざけた理屈がありますか。マルセルの死体にあったんでしょ?何か決定的な毒の痕跡が」


私はマルセルの死んだことなんてどうでもよかった。一方的に婚約を破棄してきた愚か者のどこに同情する余地があるというのか。

だけど目の前の男はそうは思わなかったのだろう。私がマルセルの死に心を痛めていると決めつけ、死体の状態をわざと教えなかった。ランドなりに私に気を遣ってのことだろうが、今はそのような配慮は無用を通り越してただの害悪でしかない。


「………逆ですよ」

「ぎゃく?」

「死因に至る痕跡が何も見当たらなかった。とても安らかな表情でまるで聖人のようであったと………そのように聞き及んでます」

「そんな理由で毒などと………でもそう言えば」


私は席を立ち上がり本の山から一冊取り出した。古めかしい装飾の施された羊皮紙の本は、紙に比べてずっしりとした重みがある。

席に戻りザラつくページをめくれば、古い皮の匂いが鼻を掠める。いくら経ってもこの匂いだけは慣れない。


「それは?」

「はるか昔に綴られた錬金術の本です。著者も本の名前も削られて分かりませんけど、あらゆる毒による人体への影響が記されています」

「えーと、こんな時に指摘するのもなんなんだが、その本は禁書と呼ばれる類の物ではないのか?」


禁書、いわゆる読むことを禁じられた本のことだ。神秘への冒涜だとか、悪魔を呼び寄せるだとか、その理由は様々で、殆どは焚書にされるか厳重に封印が施されている。


「さあ?でもここには似たような本はいっぱいありますよ。美女の遺体が朽ち果てる様を描いたものや、天に召される前に現れる兆しについて記されたものとか───」


私の言葉にランドは顔を白黒させていた。ここの本は家にあった蔵書から適当に見繕ってきた。てっきりどこにでも置いてある、ありふれた物だと思っていたけど、どうやら違うようだ。


思い返してみれば、マルセルも私の本達を毛嫌いしてた気がする。単純に文字を読むのが嫌いなんだと思っていたけど、もしかしたら内容が恐ろしかっただけなのかもしれない。顔だけでなく、少しは可愛らしいところもあったみたいだ。


などと考え事をしているうちに、私は目的のページを探し当てる。第3章『生物が生成する毒について』、確かこの辺りで似たような症例を見かけた。


「あった」

「神よ、我が罪を許したまえ」

「本に罪なんてありません。それよりこれ………南国に生息する極彩カエルの毒性、これの症状とマルセルが発見された状態が酷似してます」


そのページにはカエルの図解と、その毒についての説明がなされていた。


「なになに………以下に極彩カエルの毒について記す。この毒は現地民から安らかな死と呼ばれ、主に狩猟の道具として活用がなされている。現地民の証言により、カエル体表を覆う粘液に毒が多く含まれると考察した」


意外や意外、ランドはすらすらと本の内容を読み解いた。どうせ読めないだろうと決めつけていたのだけど、私が思っているよりも教養があるみたいだ。それもかなり高等な教育を受けている。そうでなければ、こんな年季の入ってる文字を読むことはできない。


「検証方法、薬と称して何人かの虜囚の傷口に粘液を塗り込む事で、その効果のほどを確認する。その結果、実験に使用した虜囚は10人中10人が死亡した。毒を塗られた虜囚達は誰もが眠るように意識を失っており、今にも目覚めそうなその顔は安らかな死と呼ばれるのも納得できる表情であったと………何か間違ったか?」


私が訝しんでいたことがバレたようだ。

特に隠すつもりもなかったので、それ自体はさもありなんといったところなのだけど………果たしてこの騎士は一体何者なのだろうか。自分から協力者として迎え入れた手前、いまさら怪しがるのはおこがましいとは思う。でもランドに得体の知れない何か、を感じたのも事実なのだ。


「いえ、説明する手間が省けて助かりました」

「そうか………だがこの本の内容が本当だとして、どうやって毒を使った?マルセル王子に外傷はなかったんだぞ」

「そこは犯人に聞くしかありませんわね。でもこれで見通しが立ちました」

「ん?」

「極彩カエルは遥か南の森林にしか生息しない生き物です。入手経路を辿れば自ずと犯人を特定できるはずよ」

「成程、つまり王宮内に搬入された物資の流れを確認すればいいんだな」


頭の回転もかなり良い。これはランドのことを変に勘繰るよりかは、今は協力者になれたことを素直に喜ぶことにしよう。どのみち濡れ衣を晴らさないことには私に未来はない。毒を食らわば皿まで、というわけだ。


「その通りです。毒の所在さえ掴めれば、後はいくらでも手の打ちようはありますから」

「よし!ならいこう」


言うが早いがランドは立ち上がると、こちらにザッと手を差し伸べてきた。男子のゴツゴツと角ばった大きなその手は、マルセルとは違い分厚く固そうな印象を受ける。

この手を取れば、私はこの部屋から連れ出されるのだろう。毒の行方を調べるため、王宮中を駆け巡るに違いない。当然、その様子は衆人環視の的になる。そんな辱めはごめん被りたい。


そもそも前提として、私はこの部屋を極力出たくない。それに広いといっても、所詮は見知った人間しかいない王宮だ。いつもと違う殿方なんかと出歩いてしまえば、黄色い目で見られることが容易に想像できる。

そんな些事に汲々するような状況でもないような気もするが、嫌なものは嫌なのだから仕方ない。


「………」

「おっとすまない。いきなりレディの手を取ろうとするのはマナー違反だったかな。まあ、簡単な調べものだ。俺一人で行くからアテナはここで待ってるといい」


苦笑いを浮かべたランドは、そそくさと手を引っ込めた。乗り気でないことが表情に出てしまっていたのかもしれない。

 

「わ、分かりました。吉報を期待しておきます」

「ああ、任せてくれ」


そう言うと、ランドは和やか笑み浮かべて部屋を後にした。気を使わせて申し訳ないと思う反面、マルセル以外の男の手を私が握れるはずがないとも思う。


結局のところ、私は奥手なのだ。

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