ガーゴイルのもも肉騒動記
# ガーゴイルのもも肉騒動記
## 第一章 消えた国民食
レイヴァリア王国の首都アストリアでは、朝から夕方まで絶え間なく抗議の声が響いていた。王立備蓄倉庫の前に集まった群衆は、老いも若きも、商人も農民も、魔術師も戦士も、身分を問わず同じスローガンを叫んでいる。
「ガーゴイルのもも肉を返せ!」
「政府は国民を見捨てるのか!」
エルフの少女リリアは、母親の手を握りながら人垣の後ろからその光景を見つめていた。彼女の記憶にある限り、ガーゴイルのもも肉のない食卓など存在しなかった。朝の焼き肉定食から、昼の炒め物、夜の煮込み料理まで、この国の食文化の中心にはいつもガーゴイルのもも肉があった。
「お母さん、いつになったら普通のお肉が食べられるの?」リリアが小さな声で尋ねた。
母親のエレナは困ったような表情を浮かべる。「分からないわ。でも政府がきっと何とかしてくれるはず…」
しかし、エレナ自身もその言葉を信じていなかった。既に三ヶ月、レイヴァリア王国の食卓からガーゴイルのもも肉は姿を消している。政府は「一時的な供給不足」と発表しているが、巨大な備蓄倉庫が満杯であることは誰もが知っていた。なぜなら、輸入業者たちは今日も港でガーゴイルのもも肉を荷揚げしているからだ。
## 第二章 偽りの代用品
市場の一角で、ドワーフの肉屋グリムは汗を拭いながら客の相手をしていた。
「すみません、ガーゴイルのもも肉はないんですか?」と人間の主婦が尋ねる。
「申し訳ございません。でも、こちらのゴブリンのもも肉はいかがでしょう?ほら、色も似ているでしょう?」
グリムは苦笑いを浮かべながら、緑がかった肉を持ち上げた。確かに大きさは似ているが、ガーゴイルの石のような質感とは程遠い。
「う〜ん…値段は?」
「ガーゴイルのもも肉と同じ価格でございます」
主婦は眉をひそめた。「同じ価格?でもこれ、ゴブリンの肉でしょう?」
「はい…実は、輸入のガーゴイル肉が手に入らなくて。価格も以前の三倍になってしまいまして…」
グリムは本当のことを言いたかった。政府の備蓄倉庫には新鮮なガーゴイルのもも肉が山積みになっているのに、なぜか市場には一切流通していない。輸入業者からは法外な値段を要求され、仕方なくゴブリンやコボルドの肉で代用している現状を。
隣の屋台では、オークの商人が同じような会話を繰り返していた。
「コボルドの肉も悪くないですよ。少し小さいですが、味は…まあ、慣れれば」
しかし、客たちの表情は冴えなかった。ガーゴイルのもも肉の独特な風味と食感は、何百年もこの国の人々に愛され続けてきた。それを他の肉で代用するなど、まるで文化そのものを否定されているような気分だった。
## 第三章 政府の沈黙
王宮では、食糧大臣のヴィクター卿が王の前で報告書を読み上げていた。
「陛下、市民の不満は日に日に高まっております。備蓄倉庫前のデモも規模を拡大し、今や一日千人を超える人々が集まっています」
レイヴァリア王アルバートは、玉座に深く腰掛けたまま無表情だった。「それで?」
「それで…と申しますと?」
「デモが起きているから何だというのだ。我々には我々の事情がある」
ヴィクター卿は困惑した。確かに政府には「事情」があった。隣国ドラゴニア帝国との緊張関係が高まり、いつ戦争が始まってもおかしくない状況だった。ガーゴイルのもも肉は栄養価が高く、保存も利くため、軍用食料として極めて優秀だった。
「しかし陛下、国民の食生活が…」
「戦争になれば、食生活どころではなくなる。国民には我慢してもらうしかない」
王の声は冷たく、そこには国民への同情のかけらも感じられなかった。
「せめて、少量でも市場に…」
「却下だ。一片たりとも備蓄から出すことは許さん」
ヴィクター卿は深くため息をついた。窓の外からは、今日もデモの声が聞こえてくる。
## 第四章 真実への扉
一方、調査記者として働くハーフエルフのカイルは、この問題の真相を探っていた。政府の発表と現実があまりにもかけ離れていることに疑問を抱いたのだ。
港での調査で、彼は驚くべき事実を発見した。輸入業者の記録によると、ガーゴイルのもも肉の輸入量は例年と変わらない。むしろ、わずかに増加していた。
「おかしいな…」カイルは輸入業者の倉庫番、ゴブリンのグンターに話を聞いた。
「あんた、記者かい?」グンターは警戒するような目つきでカイルを見る。
「ええ。ガーゴイルのもも肉の件で調べているんです」
「…あまり大きな声じゃ言えないがね」グンターは周りを見回してから小声で続けた。「輸入したガーゴイル肉の大部分は、直接政府の備蓄倉庫に運ばれてる。市場には、ほんの少ししか流さないんだ」
「なぜです?」
「軍が買い占めてるのさ。戦争の準備だよ。ドラゴニア帝国との」
カイルの背筋に寒気が走った。政府は国民に真実を隠し、戦争準備のために食料を独占していたのだ。
## 第五章 燃え上がる怒り
カイルの記事が地下で配布される反政府新聞に掲載されると、市民の怒りは頂点に達した。備蓄倉庫前のデモは、もはや平和的な抗議の域を超えていた。
「政府は我々を騙している!」
「戦争のために国民を飢えさせるのか!」
リリアの母エレナも、ついにデモに参加することを決めた。
「お母さん、危険じゃない?」リリアが心配そうに尋ねる。
「でも黙っていたら、何も変わらない。あなたにも、ちゃんとしたガーゴイルのもも肉を食べさせてあげたいの」
エレナの目には、母親としての強い意志が宿っていた。
デモの群衆の中には、グリムやその他の商人たちの姿もあった。偽りの代用品を売り続けることに限界を感じていたのだ。
「我々は嘘をつき続けることに疲れた!」グリムが拳を振り上げる。「ゴブリンの肉をガーゴイルの肉だと偽って売るなど、商人の誇りが許さない!」
## 第六章 王宮の決断
デモの規模と激しさは、ついに王宮内でも無視できないレベルに達した。近衛隊長のエリック卿が緊急に王に報告に来た。
「陛下、このままでは暴動に発展する可能性があります。備蓄倉庫の警備を強化すべきでしょうか?」
しかし、王アルバートの表情は変わらなかった。「エリック卿、ドラゴニア帝国の軍の動きはどうか?」
「国境付近に五万の兵が集結していると報告されています」
「やはりな…」王は深く考え込んだ。「ヴィクター卿はどこだ?」
しばらくして、食糧大臣のヴィクター卿が現れた。
「陛下、お呼びでしょうか?」
「備蓄のガーゴイルのもも肉を、三分の一だけ市場に放出しろ」
ヴィクター卿は驚いた。「陛下、しかし軍用の…」
「戦争が始まる前に、国内で暴動が起きては元も子もない。国民の不満を少しでも和らげる必要がある」
## 第七章 つかの間の平和
政府の方針転換により、三週間ぶりにガーゴイルのもも肉が市場に姿を現した。ただし、価格は以前の二倍。それでも、人々は喜んで購入した。
グリムの店にも久しぶりに行列ができた。
「やっと本物のガーゴイル肉が手に入りましたね」と常連客が嬉しそうに言う。
「ええ…でも、これで終わりじゃないでしょうね」グリムは複雑な表情を浮かべた。
彼の予感は正しかった。放出されたのは備蓄の一部に過ぎず、政府の根本的な方針は変わっていなかった。
リリアの家でも、久しぶりにガーゴイルのもも肉の夕食が並んだ。
「美味しい!」リリアは満面の笑みを浮かべる。
しかし、エレナの心は複雑だった。「こんな小さな妥協で、みんな満足してしまっていいのかしら…」
## 第八章 記者の覚悟
カイルは政府の一時的な譲歩に満足していなかった。彼の調査によると、ドラゴニア帝国との戦争の可能性は確かに存在したが、それほど差し迫ったものではなかった。政府は国民を欺き、必要以上に食料を独占していたのだ。
彼は更なる調査を続け、ついに決定的な証拠を掴んだ。政府高官の一部が、ガーゴイルのもも肉の売買で個人的な利益を得ていたのだ。戦争を口実にした汚職だった。
「これは…大スキャンダルになる」
カイルは記事を書き上げたが、公表すれば自分の身に危険が及ぶことも理解していた。しかし、真実を伝えることこそが記者の使命だった。
## 第九章 真実の公表
カイルの告発記事が秘密裏に印刷され、街中に配布された。内容は衝撃的だった。
「政府高官による食料汚職発覚」
「ガーゴイルのもも肉騒動の真実」
「戦争を口実にした国民騙し」
記事には具体的な証拠と証言者の名前(匿名)が記載されており、その信憑性は疑いようがなかった。
街の反応は激烈だった。再び備蓄倉庫前にデモ隊が集結したが、今度はその規模と怒りが以前とは比較にならなかった。
「王を退位させろ!」
「汚職政治家を処罰しろ!」
「我々の食料を返せ!」
## 第十章 変革の始まり
王宮内では緊急会議が開かれていた。カイルの記事の影響で、国民の怒りは政府全体に向けられていた。
「陛下、このままでは王制そのものが危険です」エリック卿が警告する。
アルバート王も、ついに現実を受け入れざるを得なくなった。「ヴィクター卿、汚職に関わった者たちを処罰しろ。そして、備蓄の半分を市場に放出する」
「陛下…しかし軍用の…」
「もはや体裁を保つことはできない。国民の信頼を少しでも回復しなければ、戦争以前に国が滅びる」
こうして、レイヴァリア王国は大きな変革の時を迎えた。ガーゴイルのもも肉騒動は、単なる食料問題から政治改革運動へと発展していったのだ。
## エピローグ 新しい始まり
それから半年後、レイヴァリア王国の食卓には再びガーゴイルのもも肉が当たり前のように並ぶようになった。価格も以前の水準に戻り、人々の生活は正常化した。
リリアは母親と一緒に市場を歩きながら、グリムの店を訪れた。
「おじさん、今日のガーゴイルのもも肉はどう?」
「最高の品質だよ!正真正銘、本物のガーゴイル肉だ」グリムは誇らしげに胸を張った。
政治改革により、食料政策の透明性は大幅に向上し、国民への情報公開も義務付けられた。カイルは王国の公式記者として任命され、政府の監視役を務めている。
そして何より、エレナをはじめとする多くの市民が政治に関心を持つようになり、二度と政府に騙されないよう常に注意を払うようになった。
ガーゴイルのもも肉騒動は終わったが、それによって生まれた市民の意識改革こそが、レイヴァリア王国の真の財産となったのである。
夕暮れ時、リリアの家の食卓には今日も美味しそうなガーゴイルのもも肉が並んでいる。しかし、その肉の向こうには、それを守るために戦った人々の勇気と決意が込められていることを、リリアはもう理解していた。
最近の備蓄米騒動を参考に、中世ヨーロッパ風に描写しました。それにしても、5キロ2000円台になるのかなぁ