7 真夜中の訪問者 2
「_______部屋の扉が閉まっていて出れないなんて。はぁー。最後の望みが絶たれてしまったか、絶望的だな……」
「できるだけ動かないように。あと大きな声や物音を立てないように気をつけろよ」
アデルがぼやいた後。ラフィンスはロザリンに再三注意をする。
「…………」
じっとしながら、しばらく沈黙が続き、あることに気付く。
「ねぇ、窓の外にいるのが暗殺者なら好都合じゃない?」
「何、云っているんだ、ロザリン。正気か?」
「だって、考えてみて。アデルは元々、この国を狙っていてラフィンスを討とうとしていたんでしょう?」
「あっ、そういえばそうだったな……」
アデルが当初の目的を思い出して、みるみるうちにラフィンスの顔色が変わる。
「暗殺者が勝手にこいつを仕留めてくれるわ。やったわね。アデル、始末したもの勝ちよ」
「始末とか云うな!おっそろしー女だな!」
「……そうか!こいつを盾にすれば、俺たちは助かるかもしれない!」
駄目押しの一言。アデルがよし、と決意したような顔。
アデルとロザリン、二人の間で言葉が交わされた。
あ い つ を 窓 際 ま で 押 し 出 せ 。
「お、おいっ、それはそうと。お前たちもやられる危険性もあるだろうが!!」
「それはそのとき考える」
ラフィンスの命運が決まった。ちょうどその頃。
窓の外は大荒れ。「ぎゃあ」とラフィンスが蛙のように潰れた声を上げているとき。雨風の音で完全にかき消されている。
「……ああ、陛下の大人の階段を上ることに立ち会えたことを幸運に思います」
うっとりと窓の明かりを見上げながら呟く。
窓の外には黒い外套を被った二人組がいた。
彼らは暗殺者ではない。背のお高い方がこの国の宰相であるヴィンセントだ。丸眼鏡。サイドの長い髪を垂らし、後ろで括った琥珀色の髪。それを覆うように黒い外套を被り、佇んでいる。
傍らにいる背の低い少年は彼の従者である。
従者であるルカはアデルやロザリンと年齢は変わらないのに、二人よりも幼く見える。華奢華奢で小柄で目が大きく、女の子にも見える程。
「やあ、今宵は絶好の観測日和だな~」
「これの、どこがですか?」
天気は荒れに荒れまくっている。
「こんな天候だから、邪魔な警備の者がいなくて、遮る物がなにもない」
「見つかったらただじゃ済みませんよ」
「陛下は寛大なのだ。心配には及ばんよ」
「どうだか……」
なんでも臣下として、崇拝しているらしい。面倒くさいひとだ。
「この前の婚儀の初夜は中断したそうじゃないか。何でも王妃の体調不良とかで」
表向きはそうなっている。実際はアデルが悲鳴を上げて強制終了したのだが。
「どうでもいいじゃないですか、そんなの」
ルカの心はここにあらずだ。要するにそれどころではない。
強い風に吹かれて、木々がバリバリバリと凄い音を立てて響き、城の中の騒ぎなど完全にかき消される。
こんな王城はともかく、ウチのようなあばら屋では屋根が一、二枚飛んでいてもおかしくない。家族は朝まで夜通し屋根に上って家を守っている最中だろう。
今からでも飛んで帰って、自分も屋根の上に登って手伝いたい!
「おい、ルカ、聞いているのか?」
……ああ、早く帰りたい。
こんなアホな命令。
とはいえ、従者にとって主の云ったことには絶対に従わなくてはならない。
「もう、帰りましょうよ……」
この地方では台風や嵐のことを龍の荒ぶりと呼んでいる。荒れ狂う様はまさにそれを体現している。……いや、楽しんでいるのかもしれない。
とにかく賑やかな夜だった。
*****
___ああ、腰が痛い。体の節々が痛い。
ラフィンスは腰をさすった。あちこち打ち身がひどい。
朝になってようやく扉の閂が外された。事前にそう命令した自分の責任でもあるのか。暗殺者にターゲットにさせるためにふたりに容赦なく攻撃された。
期待していたような甘い夜ではなかった。そうだ、あれはぶつかり稽古だな……。
はああ、と重い溜息を付きつつ、回廊でばったり出くわしたのは
丸眼鏡、琥珀色の髪を後ろで括って、襟元には襞の付いたスカーフ。コート、ウエストコート、ブリチーズの服装。この国の宰相であるヴィンセントだ。
「夕べはお楽しみでしたね」
「……は?」
まともな頭の持ち主なら、すぐに殺してしまおうと思うほどのデリカシーのない発言。
「またまた~。楽しんでおいででしょう?一晩中、何をなさっていたんですか?」
「ゲームだよ!ゲーム!なんか文句あるか!?」
暗殺者から攻撃を避けるために盾にされていましたなんて云えるかと、恥ずかしさにまかせて、とっさについた嘘。
へ~え、とニタニタ笑いが止まらない宰相にイラッとくる。
「ほんとうですかぁ~~~~~?」
「うるさいっ、ゲームだと云っておるだろうが!」
ふたりが会話している、ちょうど向こうからロザリンが近づいてくる。ドタドタと騒がしい足音を立てながら。
「こら。回廊を走るなとあれほど……!」
「えっ、なによ」
「はしたないぞ、貴様、それでも貴族のはしくれか?」
「私のお母様が下町育ちだって云っていたわ」
「だからって何だ?お前は貴族の出だろ。平民出の俺だって、もう少しまともな振る舞いをするぞ」
「えー。どうだっていいでしょー」
「うるさいな~」
しっしっ、とラフィンスは煙たげに追い払う仕草をする。
「_______で、以前から思っていたのだが、エイセン王の妃は貴様の姉上だと云うではないか。どんな女性なんだ?姉妹というからには、似ているのか?」
もしかして……あのひともロザリンのような娘がタイプなのだろうか?
ふと、頭をもたげた疑問だが
「えー、なにソレ。直接会って確かめればいいでしょう」
「……やっぱり嫌な奴だな……」
この微妙な男心を……なんだと思っているのだ。
諦めてロザリンの侍女に訊こうとすると、止めて、云わないで、と彼女らの口を塞ぎ、ラフィンスに意地悪をする。
このひとがこんな砕けた態度を取るなんて。めずらしいこともあるものだ。
なにやら仲睦まじい。ふたりのやりとりに驚きと共に、ヴィンセントがじっとロザリンを見つめて、主に問う。
「……その御方は?」
「俺の妃の従妹で、ローセンウッドのエイセン王の妃の妹だ」
そうですか、と何か納得したように頷くヴィンセント。
「夕べのお楽しみは、その方もいっしょに?」
「……なっ、……そんなわけないだろ!」
カッと頭に血が上った。
「そうですか。そういえば、窓から見たところ、もうひとりいたと思っていたのですが……。この方ではないとしたら、いったいどなただったのでしょうか?」
「おまえ……」
「…………まさか……!」
事態を察したラフィンスがわなわなと震え上がり、ヒッ、とロザリンは眉を顰め顔を引きつらせる。夕べの部屋の外にいたのは……もしかして……
「お前だったのか、ヴィンセント__________!!」
「きゃああああ_________ヘンタイが部屋をのぞいていた___________!!」
同時にふたつの悲鳴のような絶叫が回廊に轟いたのは云うまでもなかった。