6 真夜中の訪問者
夜の帳が落ち、今日の日に終わりを告げる。
いろいろあった昼間の喧騒も落ち着き、城の人々やアデルたちもようやく休息を取る頃。
アデルの私室の前、真夜中の訪問者があった。佇み、たっぷりと間を持って気持ちを整えた後、咳払いすると、意を決した。
「ちょっと、いいか……?」
「……なんだ、何の用だ」
扉をノックすると、あっさりと部屋に入れてくれた。
夜伽、だということは分かっているのだろうか……。漆黒の闇に紛れるような長い黒髪。黒いガウンを身に纏ったラフィンスに対し、アデルは黄金の髪を三つ編みにしていて、白いレースのリネンに黒のズボンといういでたちだ。
窓の外は雨。しとしとと降り続く。
婚儀の後の初夜は中断してしまった。ここへは再開するつもりで訪問したのだ。
「……あの、この前の、続きを、だが、な」
ラフィンスが口を開く。言葉を濁され、意味が分からずアデルは首を傾げる。
辺りを見回す。妃の私室というにはあまりにも簡素で物のない部屋。
調度品もベッドと書き物机。小さなつくり付のクローゼットというだけ。広さも使用人のものと変わらない。当人がここで満足しているのだから、口を挟むのも気がひける。
と、不自然に寝台の布団が盛り上がっていた。もしやと思って捲ってみれば
_________女、女がいる……な、なんなんだ、これは。
ラフィンスは大いに混乱していた。
えっ、えっ、今どきの若い人の感覚ってそういうモンなの?
兄妹とか、そういう感じのノリ?えっ、えっ。
動揺が止まらない。
「な、なんで、この女がここに!?」
妃という、仮にも自分の伴侶という立場の人間が、部屋に女を連れ込んで寝ていたなんて、はじめての経験だ。半ば、パニックを起こしかけている。
「ロザリンは長旅で疲れている。ゆっくり寝かせてやってほしいんだ」
お風呂に入った後、アデルの部屋に遊びにきて、そのまま寝てしまったという。
膝下までの丈の白いレースの夜着に、うっすら寝化粧もしている。
ちくしょう、百点満点の恰好じゃないか。
これがアデルよかったのに。と肩を落とす。
「この部屋で、今まで何やっていた?」
「何って、ボードゲームをして、話をしていて」
それがどうした?と問われれば、どうもしないと答えるしかない。
こちらの気も知らず、小娘もとい、ロザリンは寝息を立てながら眠りこけている。
あっ!寝返りを打って、脚を伸ばしやがった!そのはずみでスカートの裾が捲れ上がっていた。はしたない!
一瞬直そうかとも思ったが、いかんせん下心はみじんもないのに、いやらしい行為に見えてしまう。
どうしたものかとラフィンスがためらった傍らで、アデルが見かねて直そうとした。
よせ、やめろ!嫉妬心が沸き上がり、間一髪……布団を引き上げて事無きを得た。
そして、苛立ちながら布越しに顔面を掴んで
「貴様、どういうつもりだ、何なら永遠の眠りに就いてもいいんだぞ!」
「ムガッ、ムガムガムガムガッ」
力任せに窒息寸前まで追いやってしまう暴挙。
「や、やめろ!ロザリンが死んでしまう!」
やむなく止めに入ったアデルに羽交い絞めにされて、ようやくロザリンを押さえつけていた手を放した。
カハッ、ケホッ、ゲホッ!!(殺す気?)と激しくむせてせき込んだ。彼女は間違いなく生死の境をさまよった。
……と、そのとき。
雷がゴロゴロ鳴って、一瞬ピカリと光った。窓ガラスにかすかに映る人影。
「起きろ、ロザリン!」
従妹の一大事に血相を変え、揺さぶりながら起こす。
「ハッ!えっ!なになに!」
ガバリと身を起こし、たった今目覚めた。ひどい扱いを受けて、いきなり何が起こったのだろうか訳が分からないという様子。
「ちょっと!なにしてくれてんの!死んだらどうしてくれるの……!」
わぁわぁ喚きだすのだが、一旦落ち着けと制止する。
「窓の外に誰かいる」
雨が降りしきる暗闇のなか、小さく見える。黒いフードを被った人影がある。
「おそらく暗殺者だ」
「えっ」
「俺ぐらいになれば、敵国からいつ何時命を狙われてもおかしくない」とラフィンス。
寝台に横になっていたはずのロザリンがむくり、と身を起こして、立ち上がると
丈の短い白いレースの夜着ということが分かる。目のやり場に困るような薄着。
「なんて恰好をしているんだ貴様。何か着ろ」
「じゃあ、あんたの着ているものでいいわ。貸してよ」
「はぁあ?ガウンの下には何にも着ていないんだ。できるわけないだろ!?」
「裸!あなたこそ、何て恰好しているのよ!本当かどうか見せてみなさいよ!」
「いやだ!誰が!」
普段潔癖なロザリンだが、嫌がらせのための強火の冗談だ。
引っ張って、脱がせて強引に確認しようとすると、ラフィンスは全身で拒否する。
「貴様こそ、ここに来る前に上着を着て来たはずだろう、それをどうした?まさかそのまま来たわけでもあるまい?」
「____椅子の背もたれに掛けたはずだろ、ロザリン」
「あ、そうだった」
アデルが云った通り、椅子の背もたれに上着が掛かっていた。
机の上にはボードゲームが置かれていた。ついさっきまでふたりでやっていたものらしい。もしかして、最初からわざと俺を困らせてとぼけていたんじゃないのか、この女……。
外に不審者がいることを思い出して、慌てておとなしく身を顰めることにした。
寝台に張り付いて静止したまま、一時間ほど経過した。気の遠くなるような長い時間に思われた。
落ち着きのないロザリンが急に頭を上げて飛び出さないようにアデルが頭を押さえている。
「_________俺たちなにやっているんだろう……」
「……ああ、そうだな」
ラフィンスの呟きに同意する。
そろそろ我慢の限界がきている。
「そうだ。いざとなったら入口の扉から部屋を出て行けばいいのかも」
「いや。朝になるまで扉の閂を閉めてもらうように使者に命令したから、それは無理だ……」
「ちょっと!何てことしてくれたのよ!ばか!」
絶望的な状況にロザリンが、ラフィンスの胸倉を掴んでガクガク揺さぶって罵った。
「やっぱりあのとき、なんとかして殺しておけばよかった!」
「誰も、こうなることなんて思っていなかったはずだろう!」
「うるさいっ。あんたが悪いんだから!今ここにいるあんたのせいで今、私たちは命を狙われて危険な目にあっているんだから!」
「仕方ないだろ!?」
「なによ、開き直るつもり!?」
「しきたりなんだからしょうがないだろ……!」
口を滑らせた。しまったと、思ってももう遅い。
案の定、鬼のような形相でロザリンが睨む。
「何のしきたり!?」
「い、いや、あの、あの」
婚儀の初夜のしきたりとか続きとか、正直に云おうものなら、暗殺者より先にこいつに殺されかねない。
「……ふたりとも、今は争っている場合じゃないだろう?」
アデルは気を抜いている暇がない。すぐにケンカしてしまう二人を仲裁に入らなければならないのだから。
「アデルは黙ってて!今、重要なこと云ってんの!」
異常な熱量に気圧されて、アデルは怯んだ。
そのままの勢いでラフィンスに噛みつく。
「そもそもあんたこの部屋に何しようとして来たの!?部屋に閉じ込めて、強制的にやらしいことをしようとしたんでしょう!?何ておそろしい!!仮にもヒトとしてどうなの!?あなたを産んで育ててくれたお母さんは今のあなたを見てどう思うかしら?ヒトとして恥ずべき行動じゃないかしら?ちゃんと胸を張って云える!?お母さん故郷で泣いてるよ!?」
「うわ~~~~お母さんの名前を出して説教をするな!!」
立て続けに攻撃され、ラフィンスが盛大に項垂れた。
ここがきっと公衆の面前でも公開処刑にすることだろう。
「……地獄か」とボソリとアデルがつぶやいた。
こんな深夜に寝室で、説教という名の辱め……。鬼畜か。
(性的な状況になったとき、家族や身内の話題を出されると、すこく冷めるものらしい)
「今すぐ倫理観や道徳観を見直しなさい!枕元に聖書を置いておいて、毎晩朗読しなさい!そうすれば、穢れや煩悩が祓えるわ!」
ラフィンスが俯いたまま小さくなっていた。いたたまれなくなる。寝室で、あえて大声で説教するするロザリンはただものではない。
「アデルも勝手にあいつを部屋に入れちゃだめだよ。不用心だよ」
「う、うん……。今度から気を付ける」
とんだとばっちりを受ける。