4 嵐を呼ぶ女 2
「……剣が使い物にならなくなったから、貴様の負けだ。なにも決闘は魔法を使ってはいけないという決まりはなかっただろう……?」
「…………そう、だけど……」
たとえ苦し紛れの方便だろうが、ラフィンスの云っていることも一理ある。
勝負に負けたという事実だ。折れた剣を見つめ、ロザリンが舌打ちする。
「ちっ、仕方がない。______わかったわ。ラフィンス、私が代わりに妃になるわ。その代わり、アデルの身柄を解放しなさい」
「断る!」ラフィンスが間髪入れずに答える。
「何で身代わりになる女の方がランクが下がるんだよ!!訳わかんねー、ふざけんなっっ」
それは、乙女にとってあるまじき屈辱的な言葉……!
「なっ……!?冗談じゃない!あんたごときにこの私が譲歩してやっているのに何なのよその態度!」
「だから嫌なんだよ。ヒステリックな女は嫌いだわ」
「そりゃあ、アデルに比べれば私の美しさは劣ると思うけれど、私だって三国一の美女と呼ばれているのよ」
ふぅ、と盛大に吐息を吐き、ラフィエンスは呆れかえる。
「その程度で、か!嘘つけ。自分で三国一、って云ってる女、初めて見たわ」
「だって、みんながそう噂しているのよ」
「おべっかに決まってんだろ!お前んとこの家来が少しでも身分の高い男に嫁の貰い手がもらえるように必死こいて広めているだけだ。身分の高い女の家ならどの家でもやっていることだ」
「なっ……!私はアデルひとすじだから、わざわざ広める必要ないのよっ!」
「やる必要ないったって、たいした女じゃなければないほど、やる必要があるんだよ!
実際、たいしたことねぇし」
うっ……と、あからさまな指摘がグサリと刺さって、言葉を呑む。
「傲慢な女は嫌いだわ」
ツーンと、そっぽを向いたラフィンスに、ロザリンは悔しさに俯きながら唇を噛む。
「酷い!」
わなわなと屈辱に肩が震え、今にも泣き出しそうな様子だ。
ラフィンスが、突き放すようにしれっと云い放つ。
「何とでも云え」
女の子が、しかもうら若き乙女が云いたい放題云われて。さすがに気の毒になってくる。
「い、今のは云いすぎだ。云っていいことと悪いことがあるぞ」
アデルが横から口を挟むが、ラフィンスが一蹴する。
「下手にフォーローしない方がいいぞ、こういう女はやさしくされたら調子に乗ってつけあがるだけだ。そう、自覚しないのが一番タチがわるい」
もう我慢の限界だ。はらわたの煮えくりかえったロザリンは、ついに堪忍袋の緒がぶち切れた。
「黙って聞いてりゃ、云いたい放題!______この節操ナシのケダモノが!!」
いきなり早口で捲し立てたと思ったら次の瞬間、ボンと爆風が巻き起こった。
「なんだ、これは……魔法……?」
ラフィンスとアデルは眼を剥く。今のは、ロザリンがやったことなのか……?
心無い言葉にショックを受けた反動で、彼女の中で魔法の力が覚醒したようだ。
そんな、まさかと、ロザリンは思わず両手をまじまじと見つめる。
なにかの間違い!きっとそうだ!そうに違いない!と、事実を受け入れられないラフィンスが動揺する。
「この、ばか!アホ!カス!ゴミ!」
ロザリンが吐いた暴言がすべて魔法に返還される。ラフィンスの背後につぶてのように爆風が投げつけられる。
やっぱり……と、確信に変わる。
「疾風の刃……!」
試しにそれらしく呪文を唱える。すると、風が巻き起こり、確かな手ごたえがある。今度こそはと、彼女は向き直る。
「_____一陣の風よ!龍となりて、この城を破滅せよ!」
強大な風が巻き上がる。見たこともないような大きな、大きな生き物のように生命を得た龍が出現し、うねりを上げ、弧を描く。
「私を侮辱した罰よ!よーく反省することね」
形勢が逆転した。風は威力を増して暴走しはじめる。暴走した力を目の当たりにし、ラフィエンスとアデルは唖然と立ち尽くす。
螺旋を描いた龍が、あっという間に塔に巻き付く。
「……やめろ!」
半場、悲鳴交じりでラフィンスが叫ぶ。
「どうしたの?貴方の力で止めればいいじゃないの?やってみなさいよ」
挑発的に云い放ち、ラフィンスも負けじと術を唱える。
「龍よ、我が城から退散せよ!」
「させないわ!」
両手を翳し、倍以上の力で蹴散らされる。
ラフィンスは唇を噛み締める。どうしたことだ、ケタ違いの威力に歯が立たない。
龍に向かって、「もっと攻撃しなさい」とさらに調子に乗ってつづける始末だ。
業火に包まれるが如く、風の龍が力を増し、城全体を覆いつくす。
「もうやめろ、やめてくれ!城が壊れる!」
「やめろって、言われてやめるばかがどこにいるのよ、ばか」
「ばかばかうるせぇよ、馬鹿の一つ覚えみたいに連呼すんな」
ヒートアップしてゆく魔法と口喧嘩。アデルを巡ってのふたりだけの戦い、もはや意地の張り合いというか、当のアデルはずっと置いてけぼりのような状態。
「降伏しなさい!!今すぐ」
この城は今、危機に直面している。
勢いは増すばかり。降参せずにはいられない。これ以上続けられると城を破壊し尽くされる。
「わ、わかった、やめろ」
「やめて下さい、でしょう?」
ラフィンスの言葉をロザリンはすぐさま訂正した。
「ひとに物を頼むときは、下手になって丁寧な言葉遣いをするものだって教わったわ。まず、わたしに先ほどの非礼を心から詫びなさい!」
圧倒的な力の差を目の当たりにして、ラフィンスが項垂れる。
さながらこの世界に君臨する女王のようだった。たいへんな女を敵に回したものだ。
「誰が謝るか、くっそっ……」
ラフィンスも魔法で応戦するが、ケタ違いに大きなチカラに阻止されて、まったく歯が立たない。
「ちょっと、なんで避けるのよ」
「当たったら死ぬからに決まってんだろ!おっそろしー女だな!」
ロザリンが不満げに漏らした理由は、掌からバカでかい光の球を生み出し、ラフィンスに向かってぶつけようとしたが、上手く当たらなかったからだ。
ひええと涙目に、なっているところで、やがて、さらなる風が、巻き起こる。
「竜巻だ!うわぁぁぁ_______」
阿鼻叫喚の声が重なる。逃げ惑う城の人間たち。
いたずらに中庭の、真っ赤な薔薇の花びらが舞い散り、視界を覆う。
壮絶な光景。
……ああ。現実から眼を背けたくなった。
すべての元凶は自分自身にあるのだと気付いて、アデルは惨憺たる思いになる。
もうやめてください!なんとかしてください!とあちこちで悲鳴のような声が上る。
大惨事。本人には止めるすべを知らない。
騒々しい外野にロザリンはブチ切れる。
「もう、うるさい!黙ってて___________」