39 魔法使いの弟 3
「ルシアン氏は魔法学校の分校がある離宮にいらっしゃるそうだ」
城から馬を走らせて一晩くらいで着く場所だという。
人里離れた森の中にあるらしい。
氏は、ローゼンウッドにもサンクティルガにも教室を持っているのだという。
「手広くやっているものだな」とラフィンスが漏らしていた。
「ルシアン氏はラフィンスのお父上で、魔法の講義も行っている講師であることは勿論のこと。サンクティルガの五本の指に入る大魔法使いなのですよ」
「ふぅん、一番じゃないのね」
ラフィンスの臣下が興奮したように説明するのに対し、どこか醒めた様子のロザリンだった。
*****
エイセンとロザリンは森に向かう。
普段、エイセンには護衛がついているのだが、供はロザリンだけだ。
下手な護衛をつけるよりも、よっぽど頼りになる、というよりも彼女ほど腕の立つ者はいないだろう。
手綱を取り、木々の木漏れ日の中を、風を切りながら走る。
季節は初夏になる。強い日差しが肌を刺す。
アーチ状の蔓になったトンネルを抜け行って、森から草原に抜けると風が頬を撫でる。
心地よい解放感がした。こんな事態でなければ、いい乗馬日和なのにと、残念に思いながら疾走する。
ロザリンと一緒に乗馬するなんて、何年ぶりだろう……。
この子と馬を並べて走らせていると、ふいに奇妙な感覚が通り抜ける。
既視感ともいうべき感覚。
「以前にこうしてふたりで森を散策したことがあっただろうか?ロザリンが実の妹みたいに思える」
従妹だから、血が近いせいか……。
考えてみれば、兄弟も従妹もあまり代わりがないはずだ。
エイセンの問いに、彼女は首を傾げる。
「あら、姉さまが陛下のもとに輿入れしたのですから、私たちは兄妹の関係ではありませんか?」
「おかしいかな?」
「少し」ロザリンは後方を振り返り、ちらりと様子を窺う。
「もしかしてお疲れになっていらっしゃいます?」
「うん」
「では、少し休憩しましょう。ほら、あそこの沢の近くに樹がありますから、木陰でしばらく落ち付きましょうか」
ロザリンは馬を止めようと、手綱を後ろに引く。一方で、エイセンは半ば上の空で頷いた。
ひと休みをした後。森の中を走り、今日は距離をずいぶん稼いだ。
目的地まではそこまでは遠くない。
辺りが暗くなる前にテントを張って、ふたりで泊まることにする。
今夜は野宿だ。
夜が更け、その夜、ロザリンはうなされた。
代わる代わる別々の名前で私を呼ぶ。ひとつひとつ覚えていない。様々な人物が登場して、
出逢っては別れて繰り返す。
あれはエイセン兄様?
七人兄弟は全員同じ顔だけど、ひとりひとりの顔の見分けぐらいつく。
黄金色の髪を一纏めにした人物。
静謐で理知的であることには変わらないのだが、自分に対し、敵愾心というか棘がある態度。
ふたりは何かにつけ、競い合っていた。
“どちらかが×××としてふさわしい魔法使いか、はっきりさせよう“
それの一点張り。
決闘なんて……。ほんとうは戦いたくなかっただろう。
本当は仲良くしたかったのに、くだらないことで張り合って、ふたりいがみ合い、汚い言葉で罵り合って、泣きたいくらいだった。
夢だと思えないくらいリアルで、苦しかった。
「ロザリン大丈夫か、すごくうなされていた」
と、そこで、とつぜん眼が醒める。
狭いテントの中で、それぞれ掛け布を羽織って、横になっていたのだが。
エイセンが尋常ならざる様子の彼女を見て案じて問うと、ロザリンは荒く息を吐きながら身を起こす。
髪が乱れ、びっしょりといやな寝汗をかいていた。
「だい、じょうぶ、平気、です……」と、やっとのことでそれだけ云う。
正直、そんなわけはない。
エイセンのことを気遣い、本当のことなど云えるはずがない。いつぞやの悪夢を思い出す。
ただただ目覚めが悪く、気分が悪い。
だが、夢の中の人物とエイセンとは別人なのだ。
これが現実であると分かった途端、胸を撫で下ろしたのは云うまでもないだろう。
*****
エイセンとロザリンはしばしの旅路のあと。目的の場所に到達した。
森の中。その人の離宮があった。
ローゼンウッドの城の近くには大きな洞と神殿を模した魔法塾という学び舎がある。
サンクティルガからほど近い、その場所でも近い様相を呈している。
久方ぶりの訪問で、初めてこの地を訪れたときのことを思い出し、云いようのない懐かしさとともに郷愁のようなものが押し寄せた。
「私とラフィンスは魔法塾で出会ったんだ」
お忍びで、魔法学校の生徒達に紛れこんで自分も講義を受けていた。
教鞭を執っていたのはルシアンという名の人物。彼はローゼンウッド屈指の大魔法使いだった。
あの頃と何ら変わらず、ルシアンは波打つ黄金色の長い髪を垂らし、ふたりの姿を眼にするなりにこやかに会釈した。
ラフィンスとは顔立ちが似ていない。齢五十過ぎにしては見掛けが若々しく、ほとんどエイセンやラフィンスと変わらない年代に見える。
つまり、あの頃から歳を重ねていない印象がある。
「やぁ、お揃いでようこそ。あなた方がこちらに来るような予感がしておりました。
お待ちしておりました。さぁ。どうぞ」
歓迎するように迎え入れられて、戸惑うふたり。
「いくつかお聞きしたいことがあるのですが」とエイセンが問う。
「はて、このようなところに。あなたのようなお美しいご婦人がどのような御用ですか?」
ルシアンはさらりと口説き文句のようなセリフを口にする。
まさか、このような返答をされるとは思わず、エイセンは、はぁ?と気の抜けたような顔をする。
「あ、あの私は男子なのですが……」
困ったようにうろたえる様子の傍らで、ロザリンはルシアンに向き直り恫喝した。
「無礼者!この御方はエイ……ムガッ」
「リゲルと申します。この子の義兄なんです」
ロザリンの口を塞ぎ、すぐさま訂正する。
陛下、何をなさるのです。と、ロザリンからの苦情を黙殺し、こそこそと耳打ちする。
「私の素性は明かさない方がいい。この際、偽名を使ってリゲルになりすまそう」
説得に、仕方がないと渋々頷く。
リゲルとはラフィンスの弟で、眼つきの悪い第二王子のことである。
「失礼。あまりにもお美しいので、つい」
ルシアンの謝罪にいやらしい、とロザリンは眉を顰める。さすが、あの息子の父親ということだけはある。
男だと知って、その上一国の王……(いや、今は王子になりすましているのか?)だという事実に驚きはしたものの悪びれもせず、何事もなかったかのように振る舞う。なかなかの度胸だ。
「なに、この男。変だわ」ロザリンがあからさまな不信感を抱いた。
いいんだ、とロザリンを制しながら、話を進める。




