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薔薇と憂鬱と魔法  作者: 深也糸
第一章
3/64

3 嵐を呼ぶ女


一晩経って、翌朝。夕べは一睡もできなかった。

無理もない。貞操の危機だったのだから。


衝撃が尾を引き、寝不足のまま白いドレスに身を包み、男とバレてしまっても、城の中では妃として振舞わなければならない。


「夕べはよく眠れたか?」

「眠れる、わけがないだろ」

ラフィンスに訊かれ、ムスっとアデルは機嫌悪く呟く。


「いい庭だろ、お前のために造らせた。どうだ?」

「どうって……?」

女じゃあるまいし、ここで、わー、きれい。うれしい。と喜ぶとでも思ったのか。

反応に困る。しばし奇妙な間が流れる。


広大な薔薇園は赤い薔薇が大半。あとは白、黄色、ピンクが添え物のようにある。侍女たちの云った通り、ラフィンスは相当薔薇が好きなようだ。

そうして連れられながら城の敷地内を散策していると、はた目には仲むつまじい夫婦に映っているのかもしれない。中庭の花々を観賞し、何気なくラフィンスがアデルの肩に触れようとしたちょうどそのとき。あるものが眼に止まった。


「おい、コラ、警備の者らは何をしている!」

ラフィンスはいきり立った。

あきらかに不審な、庭の中央には白い馬車が停まっていていた。

「ここ、中庭だぞ、貴様ら頭湧いてんのか!!」

トンチキな輩がいたのだと頭を抱える。完全に不法侵入だ。

なんとも場違い。否、違和感がありすぎて、さながら天上界から遣わさせた神輿のようだった。

見覚えのある白い馬車、家紋。もしかして……。と、嫌な予感が的中する。


「お待ち下さいお嬢様!」「おやめくださいお嬢様!」

車内から聞こえる侍女たちの制止を振り切って、バタン!と勢いよくドアが開かれる。


「_________ロザリン、どうしてここに!?」


現れたのは同い年のアデルの従妹(いとこ)

腰まで届くゆるく波打つ、燃えるような赤みがかった茶色い髪に、臙脂色のドレスを纏っている。

猫の眼のように吊り上がって、意志の強そうな双眸。瞳の色は真っ赤なルビーを嵌め込んだように強い光を放つ。決して美人というわけではないが、彼女には余りある生命力の輝きがある。もしかしたら、この大輪の薔薇よりも艶やかで、苛烈なひと……。


「逢いたかった!!」

突如、彼女はアデルの胸に飛び込んだ。

戸惑いを隠せないアデルに対して、必死にしがみつくような抱擁の後、感情をぶつけた。

「探したわ!事情もなにも云わず、どうして突然姿を消したの!?」

「……ごめん、これには、ちょっと事情があって……」


修羅場になりそうな予感がして、思わず逃げ出したくなる。

この世で苦手なものがあるとしたら、真っ先に彼女の存在が思い浮かぶ。

強引で思い込みが激しい彼女がいささか苦手である。

相手が男とはいえ、勝手に結婚して、どうなるか分かったものじゃない。


「どうして?わたしの気持ちを知っていて、どうしてこんなことができるの?」

「……それは……急に決まって」

しどろもどろで、うろたえるばかりのアデル。

どうしよう!たすけて!と叫び出してしまいたい。まさか、従妹がこんなところまで追って来るとは思わなかったのだから。

どう、事情を説明すればいいのか、とっさに判別がつかない。


「…………ねぇ、どうしたの、その恰好?」

彼女がアデルの袖口を掴みながらある違和感を覚える。

似合っているけど。と付け加えてから、アデルのドレス姿に今更ながら気付いて、驚きを隠せないロザリン。

やっぱりこの姿は慣れない。とくに見知っている人物に見られるのは気恥ずかしい。


「なんだ、この女。知り合いか?」

ただならぬ様子。見兼ねて横から呆れたように問うラフィンスの言葉に、「うん、まぁ、一応」と、もごもごと歯切れ悪く呟いて、アデルが頷く。

たった今まで傍らにあったラフィンスの存在をすっかり忘れてしまっていた。


「さぁ。アデル。さっさと帰りましょう。こんなところに居てもロクなことがないわ」

強引に腕を引くロザリンに。ちょっと待ってくれと、けん制する。

「待って。いったん、落ち着いて、考えてくれ」


せっかく自分がリスクを冒してまでサンクティルガに乗り込んだんだ。

今、ローゼンウッドに帰ってしまえば、すべての計画がパアだ。

なんとかしてこの従妹を落ち着けないと。


「……そうだ、長旅で疲れていないか、ロザリン。急がなくても、ちょっと休んでいけばいいじゃないか」

「なにを悠長に云っているの」

「ほら、帰るにしても準備もあるだろうし……、体力を回復させるためにも今は、休む必要もあるだろう」

「いやよ!だって、サンクティルガの王って、すごく女好きだって聞いたわ。何されるか分かったモンじゃないわ。早く帰りましょう、こんなところ!」

(でも、疲れたから、湯浴みの準備と小腹を満たす食事を用意してくれだのと忘れなかった)


「この(アマ)!」

腹に据えかね。とうとうラフィンスがブチ切れた。

「勝手に(ひと)()に土足で上がり込んできて、何ぬかしてんだ。えらい図々しいわ」

「アマですって!私は侯爵家の令嬢なのよ!」

「俺はこの国の王なんだがな……!」

「ああ、いやだ、あまりにも眼中になくて小間使いだと思っていたわ」

「どこにいるんだ。こんな派手な服装の小間使いが」

両者睨み合っている。


「あなたすごい女好きで、性欲がえげつないんでしょう?」

「何云ってんだ、この女!!……失礼極まりない!!」

「街の噂で聞いたわ!とっかえひっかえ、盛んだってね!」

「それは俺のことじゃないし、……云い方がえげつない!俺はアデルが男だと知っている。それでもいいと思っている。こいつを妃に望むくらいだから、誤解だってわかるだろ!」

「そう、嘘なのね!……というと、女好きというレベルを超えて、物凄く絶倫で、何とか依存症とか呼ばれる、もう病気レベルというということなのね!?」


わ~違うだろ、という声を無視して、フン、とロザリンは鼻を鳴らし、傍らに大きな袋を用意していた。

「何だ、それは?」

「伝書鳩を撒いておくわ。これで、明日には、街じゅうにあなたの噂話で持ちきりよ」

どこから用意したのか、袋いっぱいに鳩が入っていた。


「さぁ、飛んで行け~」

鳩の足を持って、いっせいに空へと放つ。

「誤解だ、誤解だって云っているだろー、わーやめろー」

大声でラフィンスが喚き散らすが、飛んで行った。もう遅い。

すっかりカラになった鳩入り袋を眺め、ふぅ、とロザリンがため息をつく。


……何てことをしてくれたんだ。と、まるでこの世の終わりのようにがっくり肩を落としながら項垂れる。とんでもない女が来てしまった。


「おい今、とんでもないこと、してくれたよな!?どーしてくれんだ!!」

「だって、本当のことでしょ!」

「本当でも本当のことじゃなくても、駄目に決まっているだろ!!名誉棄損っていう言葉を知らんのか!?」

大きく腕組みして、本当のことだと強調したところで、正義でも何でもないのだ。


「さてと、本題に戻るわ。我が国ローゼンウッドと同盟を結ぶために姫との婚姻を望んでいるそうね?」

「おい、話を訊け!相当頭がイカれてんぞ!このクソ女!」

わぁわぁ抗議を繰り返すラフィンスを無視してロザリンは宣戦布告する。


「____その方を解放しなさい!」

「え!?」

寝耳に水だ。どうしてそうなる……?唐突な発言に隣でアデルも呆然とする。

「決闘よ。私が勝ったらすぐにアデルを自由にして」

ラフィンスの返事を待たずに、スカートの裾を翻し、ザッと踏み込む。


貸して、と素早く庭にいたラフィンスの臣下のひとりが持っていた剣を抜き取って、

ぎらぎらと殺気走った眼を向けて斬りつけてくる。ラフィンスは腰に挿していた剣を引き抜き対決する。

この瞬間、『天敵』という言葉が浮かぶ。

アデルのことがなかったとしてもきっとこいつとは……!相容れない存在になったであろう確信が持てる。


ロザリンの剣がラフィンスの髪をかすめた。彼の表情が瞬時に焦りに変わる。

「わ、待て!待てと云っているだろうが!」

「待たない!息の根を止めてやる!」


こいつ、強い!ひとを攻撃することに躊躇がない娘だ。首だろが腕だろうが構わず()ねてもっていこうとする。剣先を避けながら窮地に立たされる。

思いのほか強い!殺される!このままでは本気でやられる!


危機感はピークに達し、思わず魔法を使った。破裂音がして、ロザリンの剣が真っ二つに折れてしまった。

「…………!なに、いまの?」


卑怯よ!ロザリンは仁王立ちで憤然とする。

「おとなげないー」

「クズ」「ドクズ」

ときとして、心無い罵詈雑言の方が攻撃力が強い。


「今、負けそうだと思ったから魔法(ちから)を使ったでしょう!?」

「……くッ、勝負の世界に卑怯もクソもない!敗けた方が悪いに決まっている!」

図星をつかれ、苦し紛れの言い訳にアデルもドン引きしている。

「みっともない、おとなげない、こんな大人になりたくないー」


散々な云われよう。かっこ悪いところを自分の妃に見せてしまって絶望するしかないのだが、本音を云えばあのとき、殺されるかと思った!だから、こうするしかなかった!


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