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薔薇と憂鬱と魔法  作者: 深也糸
第一章
19/64

19 幻惑の夢 4

アデルとラフィンスはようやく洞窟から出て、虚空を見上げた。

鳥が空を飛んでいる。そう思ったら、人が空を飛んでいる。しかも、ものすごいスピードで。ぎょっとした。よく見るとその人物は_______

「ロザリン、ロザリンじゃないか……!どうしたんだ、いったい……!」


呼びかけても、何も応えない。単に聞こえなかったからというわけでもなさそうだ。またたく間に通り過ぎて行った。何かがおかしいと感じる。

「今の、あの女だったよな?」

傍らにいたラフィンスも気付き、訝しむ。

「空なんか飛べたんだ……」


「いつものあの女の雰囲気とは違う。きつい顔をしていたな」

それにはアデルも頷く。

「様子がおかしかった。どうしよう」

明らかにロザリンの身になにかが起こった。

予期せぬ事態に、どうすることもできず、愕然としていた。



陽が傾きかけたそのとき。サンクティルガの王城が、森が、業火に彩られていた。

つよい風に煽られ、火の海に包まれる。ゆらり、と炎がゆらめく。

何も視えていない。虚ろな眼で、眼下の様子を見降ろす。

城の塔の天辺、かなり高い位置からその身を宙に浮かせたまま。

手をかざし、ロザリンはサンクディルガの城を襲撃する。火の粉を撒き散らし、赤みがかった長い髪が爆風に煽られ、なびく。


_______燃やせ、何もかも、燃やし尽くしてしまえ。

周囲は騒然となる。城に放たれた火から逃れようと悲鳴まじりで、逃げ惑う城の者たち。

城の中に取り残されたものはいたのだろうか。

外で人だかりができていた。その中にはアデルとラフィンスの姿もあった。突然のロザリンの行動に動揺を隠せない。


「ロザリン、やめろ!いますぐやめてくれ!」

アデルの叫び声は黙殺される。

魔法の力はアデルを追ってサンクティルガに来たときに、覚醒した。でもあのときとは

わけが違う。今は故意に、悪意を以ってその行為を行っているのだから。

「うわぁぁ、バケモノ__________!」

さながら魔女のように人々に畏怖を与えている。人々は恐れ慄き、忌々しげに吐き捨てる。


たくさんの人々が騒ぎ立てるが、誰の声も聞こえない。ただ何かが自分の(うち)で激しく喚いている。


「頼む……聞いてくれ!」

アデルが懇願する

「矢を射て……!」

混乱の最中で、ロザリンを敵とみなし、軍が弓をつがえ、号令のもとにいっせいに矢が放たれる、ロザリンめがけて。

「やめろ!ロザリンを傷つけるな」

バッと両手を拡げ、彼女の前に立ちはだかり、盾になる。

傍らにいるラフィンスが制すのもきかず、アデルは声を張り上げる。

「待て、この子はこんなことをする子じゃあないんだ。何かの間違いだ」


「何か、そうせざるを得なかった理由があるんだろう?」

「ちがう……間違い、なんか、じゃない」

ロザリンの唇から呟きが漏れる。


「どうして、こんなことをしたんだ?」

かすかに残されていた自我があったのか、アデルの声に耳を傾け、ぐっと、唇を噛みしめる。痛みを堪えるように辛そうな表情を浮かべる。

___________……アデル。

「あなたが悪いんだ。すべて。……くるしい、もう終わりにしてしまいたい」


云った後、ロザリンが逡巡する。

「違う、こんなことがしたいんじゃない」

自分の手を見つめながら声を震わせる。どこか様子がおかしい。

もとより、城を攻撃するまでに至った経緯がおかしいといってよかった。

彼女の中で一体何が起こったのだろうか。


単に、嫉妬に狂って攻撃すべきは、彼だけでよかったはず……向けられるべきは大勢の罪なき人々ではない。

「……私は見失ってしまった」

明らかに、彼女の口から語られるのは彼女であって、彼女ではない者の声。

では、何者だと訝る。


___________どうして、こうなってしまったのか、もしかして、私は悔いているのだろうか?

ロザリンの心のうちで葛藤が生まれる。ロザリンいや、ロザリンのうちにいる何者かのものだろう。

ふたりの想いが混ざって混乱をきたす。

わなわなと震える唇は、なにか別の言葉を紡ぐべきか、やめるべきかと躊躇っているようにも見える。

苦しみ、すさんだロザリンの葛藤を見透かしたように


「今すぐ下りてこい」

つよい口調で発したアデルの言葉にロザリンが顔を上げる。

「何が気に入らないのか、何がそうさせたのか、云ってくれ、全部聞いてやる!」

頭ごなしに全部決めつけようとせずに、正面から向き合おうとするアデルに胸が熱くなり、ロザリンは声を詰まらせる。

「…………だって、くやしかったの、かなしかったの……。だって、だって、あなたがわるい」

アデルとラフィンスが口づけをしているのを見たとき。すごく嫌で、どこかに置いて行かれるような、悲しい気持ちになった。


「どうして、一緒にいられないの?ずっとずっと一緒にいたいのに。……私から、離れていかないで」

「どこにも行かない、ずっとロザリンの傍にいる。__________仲直りをしよう」

アデルが手を差し伸べる。でも、もう無理だ、自分は……手遅れだろう。

嫉妬に駆られてどうしようもなくなって、わけがわからなくなってしまった。

「どうすればいいの……?」

眼に溜まった涙が頬を伝う。

う、う、わ、と涙声で、声にならない声で、必死に堪えながら、嗚咽する。

せき止められていた感情が、せきを切って溢れ出す。


その応えは……アデルがふわり、と微笑む。

「簡単だ。手を、離せばいいんだ」

「覚えているか?子供の頃、木に登っていて降りられなくなったことがあったよな。

こわくて降りられなくなったんだろう。あのときと同じように__________全部受け止めるから」


すべてを手放して解放すればいい。

まっすぐに下にいるアデルの懐めがけて、ロザリンは飛び下りた。

思いに応えるように、ロザリンを自分の胸へとしっかりと受け止めた。

なにものにも代えがたい信頼。幼い頃からずっとそうだ。

どんなことがあっても見捨てず、手を差し伸べてくれる存在がずっとあった。


よかった……。固く抱きしめ、喜んだのも束の間。四方から矢が放たれる。

「やめて!」

手を延ばして叫んだ瞬間、とっさにアデルを庇おうとする。

矢のつぶてが、ふたりめがけて迫り来る。もはや避けることもできない。




三日三晩、眠りつづけて、ようやくアデルが眼を覚ました。あっ、と気付くなり、声を上げる。

ロザリンとラフィンスが寝台の傍らに佇んでいた。

「あ、よかった、やっと眼を覚ました……」

「……ロザリン、ラフィンス……?」

ぼんやりと視界にふたりの姿を捉える。


「ごめんなさい!ごめんなさい!」

わっ、とロザリンがアデルの元へしがみつくように泣き崩れる。

「ああ、……私、いったい何てことを……!みんなにたくさん迷惑をかけて……!」

どっと後悔が押し寄せた。枕元でいっこうに止まない謝罪に、もういいんだよ。とアデルが宥める。

「無事だったんだから、よかったんだ……」

眼を細め、安堵したように吐息を洩らした。


躰に包帯が幾重にも巻かれ、痛々しい。負傷が激しいがとりあえずは生命をとりとめた。

矢が襲ってきたとき、とっさにロザリンに覆いかぶさり、彼女を護った。

おかげでロザリンはかすり傷ひとつない。

アデルが無事だったと、安堵したことで、また涙腺がゆるむ。

「うぅ……、うわ……ん」

「ロザリン、ごめん。俺が悪かったんだ。傷つけてごめん、ひどいことをしてごめん。__________俺を赦してほしい」


「なぜ謝るの?アデルは何も悪くないわ。悪いのはわたしの方なの、に」

「そう思わせてしまった俺が悪かったんだ」

「いいえ、わたしが……」

「_____いいから。仲直りしたんだろう。ふたりとも」

必死に謝罪を繰り返すふたり、このままでは収集がつかなくなるのではと思い、珍しく殊勝なことをラフィンスが云う。


「そうだ、奇跡的にお前以外の負傷者はこの城にはいなかったぞ」

「そうか……それは……すごいことだな!て、どんな奇跡だよ……!」

「この娘も相当反省しているようだ。城の修理費はだいぶ嵩むことになるが」

そう云って頭を抱えるラフィンス。

「でも、よかったじゃないか。ほんとうに…………」


どちらからともなく手を延ばし、言葉にして伝えきれない想いを交わすようにかたく抱き合った。幼馴染であり、従兄妹同士のふたり。

わだかまりが解け、和解した、ようだ。

間違っていた。自分の醜い心が肥大化して、かけがえのないひとびとを傷つけた。

ネフェルフィートも、あのときアデルのような存在がいてくれたら、また違った未来に結びついたかもしれない。




空が黄昏に沈む頃。

ロザリンは城の中庭の草の上で飛び起きた。うたた寝をしていた。びっしょりといやな寝汗をかいていた。

全身に鉛を流し込んだのではないのかと思うくらい倦怠感が酷い。

なんだ、よかった……。と、目覚めたことに安堵する。


さっきまでラフィンスの臣下と剣を交えていたはずだった。

それが、その後、夢を見たのだ。

三人で森の奥の洞窟に行ったこと。この手から魔法で王城を火の海にして、人々を攻撃したこと。アデルが自分を受け止めてくれたこと。生々しさが残る。なにもかもが。

まるで走馬灯のように押し寄せてきて、とっさに気持ちの処理ができない。


これが全部夢だった。なんて不吉な夢だったんだろう。そして、なんてリアルな夢。

いまだに夢と現実との区別がつかないほどだ。

それにしても、最悪すぎる悪夢だった。

罪のないひとたちを無作為に攻撃する。憂さ晴らしや腹いせで。


……たかだか、想い人が自分以外の誰かと口づけしたところで、あんな激しい嫉妬に狂うなんて、なんて愚かなことだろう。_____と、他人(ひと)は云うだろう。だが、自分にとっては耐え難い出来事だった。夢の中でもあんな思いはもう御免だ。

嫌な予感は止まらない。

もし、これが正夢や予知夢だったとしたら……?

……いや、考えるのはやめよう。


足跡が近づく。

アデルが迎えに来た。ようやく。


「帰ろうか、ロザリン」


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