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薔薇と憂鬱と魔法  作者: 深也糸
第一章
18/64

18 幻惑の夢 3

ふたりはようやく祠までたどり着いた。

思いのほか随分と簡素でこじんまりとしたものだった。身を屈み、手を合わせる。


「サンクティルガの護り神である龍がどこかに身を潜ませている。神殿か、大きな洞穴か、それとも森の中か」

「ローゼンウッドにも護り神がいる。鷲の半身と獅子の下肢を併せ持った神獣で、グリフォンと呼ばれている。国に危機が訪れたときに姿を現す。王家の家紋にも象られているし、聖典にも載っているんだ」

「ローゼンウッドの王家の金色のエンブレムを見たことがある。優美な細工だった」


「もしかして、ここに来れば龍に会えるかもしれないと思ったとか?」

ちら、とラフィンスを覗き見ると、どうやら図星だったようだ。

「わるいか……?」

と、子供のように拗ねる。


「そうそう簡単なものじゃないよ。条件があるんだろう、なにか」

そうか、とどこか落胆したようにラフィンスが呟く。


「神獣を見たこともないのは当然だ。そもそも俺はローゼンウッドの生まれだし、魔族で人間だから認めてくれなくて当然だ」

ラフィンスの口から自嘲めいた言葉に憤りを覚える。

「いつまで拗ねてるんだ。この国の民がお前を王と慕って、認めてくれている」


______だから、いずれ。時期が来れば必ず……と続けるはずだった。

しかし、とつぜんのことだった。ふいにアデルの肩を掴んで、強引に口づけたのは。



気になって、元の道を引き返し、ふたりの後をつけていた。

ひそかに物陰からその光景を覗いていたロザリンは、その場で動けなくなり、声を上げることすら出来なかった。

信じられないものを眼にして硬直する。

______いやっ!なにこれ……!


云いようのない感情に支配され、たまらず逃げ出した。

できるだけ遠く、城とは逆方向へ、無我夢中で走る。森の中を。

木に括り付けた馬を置いて、ひたすら走った。

どこまでたどりついたのか分からない。迷路のように入り組んでいる。

地下に抜け穴があって、中は広大な庭園になっている。


知らずにここに逃げ込んだ。(うずくま)り、わっ……と声を殺し、泣いた。

濃い、ピンク色の花の褥のようだ。辺り一面、薔薇で埋め尽くされている。花葬だ。わたしを覆い尽くすための。

ここなら誰にも見られなくて済む。

迷い込んだこの場所がどこなのか、ロザリンは知らない。巨大な霊廟(れいびょう)のようだった。


___________この花が好きだっただろう?

誰の声?

そよ風のような心地よい、どこかで聞いたことのある青年の声。

私は彼を知っているはずなのに、思いだそうとしても、ぼやけてうまく像が結べない。

考えているうちに、また別の誰かの声と思考が流れ込む。


_____……きらい。あなたなんかきらい。

ふいに誰か別の強い拒絶の声に遮られ、思い出すことを断念してしまう。


___________よく、きいて。

(だれ?だれなの?)

頭の中で直接語りかけてくる声。思考のうちで今しがた青年を拒絶したはずの声は、次にやわらかくロザリンに話しかける。


___________あなたはかつて私だった。いえ、あなたこそ、私自身なの。

ロザリンは周囲を見渡した。

だれもいないはずの地下の庭園。周囲を見回してただひとり、いるのは自分だけ。

空虚な空間の中央に棺が横たわる。


____________我が名は、ネフェルフィート。

ネフェルフィートは悪い魔女で、皆から嫌われ者だったと聞いていた。

(あなたは、嫌われ者の魔女だったの……?)

その魔女がどうしてここに?そう思うと、知らずに動悸が高まる。


___________無理やりこの場所に封印された。ずっとひとりで待っていた。解くことができるのはもうひとりの私だけ。

(そんな……)

なんて、絶望的なことだろうか。


_____そなたは何故泣く?そなたを苦しめるのは誰なのだ?

耳を貸してはならないと、本能的に思う。

(何でもないわ。私に話しかけないで)

だけど、強い拒絶の言葉もものとはしない。


___________その者たちが憎かろう?

必死に耳を塞ぐ。(やめて、聞きたくない)と首を振り、抗う。

___________私が、力を貸そう。思うがままに。



そのとき、電流が躰を貫いたように、激しい衝撃を受ける。ガクガクと痙攣する。

突如その意識が乗っ取られた。

閉じられた眼がゆっくりと開き、その双眸は爛々と輝き、唇には凄絶な笑みが刻まれていた。すっかり別人の様相を呈していた。


ゆっくりと己が手を見つめ、彼女(・・)は、久方ぶりの生身の躰を得て、歓喜する。

ようやく、このときがきたのだと。


ロザリンの躰がふわりと舞い、飛翔する。眼が血走り、尋常ならざる様子でまっすぐ向かう。

その行き先は_______

もはや常軌を逸している。事態は危機的な状況を迎えようとしていた。


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