18 幻惑の夢 3
ふたりはようやく祠までたどり着いた。
思いのほか随分と簡素でこじんまりとしたものだった。身を屈み、手を合わせる。
「サンクティルガの護り神である龍がどこかに身を潜ませている。神殿か、大きな洞穴か、それとも森の中か」
「ローゼンウッドにも護り神がいる。鷲の半身と獅子の下肢を併せ持った神獣で、グリフォンと呼ばれている。国に危機が訪れたときに姿を現す。王家の家紋にも象られているし、聖典にも載っているんだ」
「ローゼンウッドの王家の金色のエンブレムを見たことがある。優美な細工だった」
「もしかして、ここに来れば龍に会えるかもしれないと思ったとか?」
ちら、とラフィンスを覗き見ると、どうやら図星だったようだ。
「わるいか……?」
と、子供のように拗ねる。
「そうそう簡単なものじゃないよ。条件があるんだろう、なにか」
そうか、とどこか落胆したようにラフィンスが呟く。
「神獣を見たこともないのは当然だ。そもそも俺はローゼンウッドの生まれだし、魔族で人間だから認めてくれなくて当然だ」
ラフィンスの口から自嘲めいた言葉に憤りを覚える。
「いつまで拗ねてるんだ。この国の民がお前を王と慕って、認めてくれている」
______だから、いずれ。時期が来れば必ず……と続けるはずだった。
しかし、とつぜんのことだった。ふいにアデルの肩を掴んで、強引に口づけたのは。
気になって、元の道を引き返し、ふたりの後をつけていた。
ひそかに物陰からその光景を覗いていたロザリンは、その場で動けなくなり、声を上げることすら出来なかった。
信じられないものを眼にして硬直する。
______いやっ!なにこれ……!
云いようのない感情に支配され、たまらず逃げ出した。
できるだけ遠く、城とは逆方向へ、無我夢中で走る。森の中を。
木に括り付けた馬を置いて、ひたすら走った。
どこまでたどりついたのか分からない。迷路のように入り組んでいる。
地下に抜け穴があって、中は広大な庭園になっている。
知らずにここに逃げ込んだ。蹲り、わっ……と声を殺し、泣いた。
濃い、ピンク色の花の褥のようだ。辺り一面、薔薇で埋め尽くされている。花葬だ。わたしを覆い尽くすための。
ここなら誰にも見られなくて済む。
迷い込んだこの場所がどこなのか、ロザリンは知らない。巨大な霊廟のようだった。
___________この花が好きだっただろう?
誰の声?
そよ風のような心地よい、どこかで聞いたことのある青年の声。
私は彼を知っているはずなのに、思いだそうとしても、ぼやけてうまく像が結べない。
考えているうちに、また別の誰かの声と思考が流れ込む。
_____……きらい。あなたなんかきらい。
ふいに誰か別の強い拒絶の声に遮られ、思い出すことを断念してしまう。
___________よく、きいて。
(だれ?だれなの?)
頭の中で直接語りかけてくる声。思考のうちで今しがた青年を拒絶したはずの声は、次にやわらかくロザリンに話しかける。
___________あなたはかつて私だった。いえ、あなたこそ、私自身なの。
ロザリンは周囲を見渡した。
だれもいないはずの地下の庭園。周囲を見回してただひとり、いるのは自分だけ。
空虚な空間の中央に棺が横たわる。
____________我が名は、ネフェルフィート。
ネフェルフィートは悪い魔女で、皆から嫌われ者だったと聞いていた。
(あなたは、嫌われ者の魔女だったの……?)
その魔女がどうしてここに?そう思うと、知らずに動悸が高まる。
___________無理やりこの場所に封印された。ずっとひとりで待っていた。解くことができるのはもうひとりの私だけ。
(そんな……)
なんて、絶望的なことだろうか。
_____そなたは何故泣く?そなたを苦しめるのは誰なのだ?
耳を貸してはならないと、本能的に思う。
(何でもないわ。私に話しかけないで)
だけど、強い拒絶の言葉もものとはしない。
___________その者たちが憎かろう?
必死に耳を塞ぐ。(やめて、聞きたくない)と首を振り、抗う。
___________私が、力を貸そう。思うがままに。
そのとき、電流が躰を貫いたように、激しい衝撃を受ける。ガクガクと痙攣する。
突如その意識が乗っ取られた。
閉じられた眼がゆっくりと開き、その双眸は爛々と輝き、唇には凄絶な笑みが刻まれていた。すっかり別人の様相を呈していた。
ゆっくりと己が手を見つめ、彼女は、久方ぶりの生身の躰を得て、歓喜する。
ようやく、このときがきたのだと。
ロザリンの躰がふわりと舞い、飛翔する。眼が血走り、尋常ならざる様子でまっすぐ向かう。
その行き先は_______
もはや常軌を逸している。事態は危機的な状況を迎えようとしていた。