15 王妃と首飾り 5
______だれか、誰か、助けてくれ!!
一方その頃。レポート用紙を枕に眠りこけていたロザリンだが、夢の中で助けを呼ぶ声に気付く。
「…………ハッ!!!!」
第六感といえるべきカンが働き、一瞬だけ覚醒して無意識ながら力を発動させた。
その瞬間______アデルとラフィンスの元へ突如、一陣の風が吹いた。遠く離れた場所から遠隔で風を起こしたのだ。
落下する引力に逆らうように身体がふわりと浮き上がる。手から離れていたロープをしっかり掴んで安堵した。
「た、助かった。なんとか助かった」
と、その頃。遠く離れたサンクティルガの城の中では、なぜ、意識が呼び覚まされたのか分からないまま、またすぐに、パタりと気を喪いロザリンは眠りに落ちた。
*****
散々な目にあいながら首飾りを持ってやっとのことでアデルが帰還すると、ロザリンとその侍女たちに出迎えられた。
「おかりなさい」
「ただいま」
「そういえば、夕べから姿が見えないから心配していたのよ。どこに行っていたの?」
「うん、ちょっとね……」
まさか、宝石商に拉致されて間一髪でラフィンスが助けに来ましたなんて、口が裂けても云えない。
「そうだわ。美味しいお菓子があるの。お茶にしましょうよ」
そこでロザリンの違和感に気付く。
隈の濃い眼元。にっこりと不自然な笑顔を顔に張り付かせていて、やつれている。髪もボサボサで艶が喪われている。たった一晩でなにがあったのだろう?
そのことをロザリンの侍女に問うと、こっそり耳打ちされる。
「行儀作法のカルチャースクールに放り込まれたんです。スパルタでしごかれて、居残りさせられた上、宿題のレポートを仕上げるために徹夜されたんです。だから、今、お嬢様の前でその話は禁句なんです」
「……わかった。その話題は触れないでおこう」
自分のみならず、ロザリンも人知れず大変な目にあっていたのだ。
アデルも徹夜して、ボロボロになって、似たようなものだ。
侍女が淹れてくれた紅茶を飲みつつ、お落ち着いたところで切り出す。
「ロザリン、渡したいものがあるんだ」
なに、と、ケースに収まった宝飾品を見て、ロザリンが声を上げる。
「わぁ、きれい。どうしたの、これ?」
件の宝玉のついた首飾りだ。侍女のひとりが「わぁ」と歓声を上げた。「なに、どうしたの?」とロザリンが問うと
「お嬢様、お嬢様と同じ名前の宝石ですよ。チューライト、別名ロザリンというそうです。女性性や愛情運を高めてくれる石なんですよ」
「お嬢様にぴったりです。よかったですねー」
もうひとりの侍女と手を取りあって喜ぶ。実は元貴族の身の上であるゆえ、宝石に関する知識があるのだろう。
「そう、ロザリンに似合うと思って。俺も知らなかった。同じ名前だったんだ……」
視線を逸らし、アデルは照れたような素振りを見せる。耳まで真っ赤になっている。
命がけで獲ってきた立派な貴石。しかし、ラフィンスが自分を助けようとして……。わぁっ、と一連の出来事を思い出してまた赤面する。
見るたびに思い出すことになりそうだから……。自分では使えないな。と思い、泣く泣く手放して譲ることにする。
「ありがとう。うれしい」
ぱぁぁと顔を輝かせながら、ロザリンは予期せぬ贈り物に歓喜する。
ねぇ、付けて。と、首にあてがい、アデルにせがむ。
ぎこちない手つきでロアリンの首に鎖を回す。あのときひき千切って壊した金具もすでに補修済みで、きれいにロザリンの首にかけられた。
「…………わぁ、きれい」
「似合っているよ」
うん、これでよかったんだ。自分が持つより、ロザリンがする方が似合っているし。と、無理やり自分を納得させる。
「ありがとう。大切にするね」
そう云って、アデルの頬にキスする。思いがけない「ロザリンのお返し」の贈り物に驚いて、思わず頬に手を遣る。
うれしい、のかもしれない……。と、自分の感情に戸惑う。
*****
「あっ、先生。お久しぶりです。突然お呼び出ししてすみません」
「どうでしたか?あれから貴石はどうしましたか?」
後日。講義後、中庭に魔法講師のルシウスを呼び寄せる。金色の波打つ長い髪。黒いローブを身に纏いつつも相変わらず華美な雰囲気を漂わせる。
「それが……手に入れることができなくて、駄目でした。なんか。思っていたものと違っていたみたいで……」
「そう、残念だったね。でも、きっとすぐに見つかると思うよ。自分にぴったりのものが。まぁ、石と云っても、あくまで魔法の補佐をするためのものだからね」
手に入れられなかったと嘘をついて、曖昧に胡麻化した。
今となっては正直、宝石のことはどうでもよかったのかもしれない。
そこにラフィンスが通りかかる。すると、ルシウスが上機嫌で呼び止める。
「やぁ。ラフィンス。久々に会えたね。元気にしていたかい?」
「何を云っている。おととい会ったばかりだろうが。相変わらず調子のいい奴だな」
「やだなぁ。きみのことが心配だからじゃないか」
「お前がそうさせているからだろ」
不機嫌そうに応えるラフィンス。随分と勝手知ったる間柄のようだ。一応はこの国の、一国の王のはずの彼に気楽に声を掛けるなんて。
だけど、どうしてだろう?二人が話をして、親し気にしているのを見るだけで、なぜか、胸がもやもやする。
「さっきまでアデルと何を話していた?」
「私の講義を聞きにきてくれた生徒なんだ。そうだ、このお嬢さんと知り合いか?」
「俺の妃だ。くれぐれも気安く話しかけたり、気軽に触れたりするなよ」
じろりと睨むラフィンスに苦笑しつつ、つれないな、と。苦笑しながら肩をすくませる。
「で、なにしに来たんだお前は?」
「なにって、かわいい息子のきみに会いに来ただけじゃないか」
「そのかわいい子供がまずは何人か、把握できてから云ってもらいたいものだな」
うっとおしそうに云いやって、ラフィンスは髪をかき揚げる。
「ええええええ~~~~」
このふたり、親子だったのか!!
ふたりの容姿を見比べるが、しっかし、全然似ていない。
講義のとき、貴族の娘たちのしていた噂話を思い出す。確か、腹違いの子供がたくさんいるんだとかなんとか云っていたな。
「貴様のせいで、迷惑しているんだよ!街であんたが女好きだって噂が、いつの間にか俺が女好きだっていうことにすり替わって、ごっちゃになって伝わっている。この前だってな、酷い女がいて、そいつにさんざんコケにされたんだよ!」
「はぁ~、そう。大変だねぇ」
なんか軽っっ!っていうか、あの噂の元凶はこの人だったんだ!
ロザリンとの壮絶な戦いの詳細を語り、あんたもいい歳して、やめてほしい。はずかしい。と、苦情はつづくのだが、「あははは、ごめんねぇ~」と軽い調子で、受け返されてしまう。
「女好きはないだろ?向こうから寄ってくるんだ」
「黙れ、この諸悪の根源が!!」
「もぉ、万年反抗期なんだから~。いつまで経っても子供だね~」
「誰のせいだよ!」
噛みついているラフィンスの横からアデルが口を挟む。
「……あの、先生とラフィンスは本当に親子なんですか。あんまり似てないですよね」
「ははっ。全然似ていないだろう?ラフィンスは母親似なんだ。……と云っても、別れてから会ってないけどね。はははは」
笑いごとか。と呆れて嘆息するラフィンス。
「意外だ、ラフィンスにこんなに若い父親がいるなんて」
たっぷり間を持って、不詳の息子は嫌そうに云う。
「若いんじゃない、若作りなだけだ」
「……ん、どういう意味だ?」
笑顔のまま血管を浮かせて怒るひとを初めて見た……。その言葉は、ルシアンにとっての最大の禁句だったようだ。