11 王妃と首飾り
ロザリンの私室にて。
テーブルには侍女が淹れたハーブティーが置かれ、ロザリンとその従兄であるアデルが席についている。
ふたりがサンンクティルガに居座ることとなり、早半年が経った。
「ちょうど王城に出張で魔法の先生を呼んで、ワークショップの講座を行っているのよ」
魔法の能力が覚醒したとはいえ、ロザリンも勉強中の身の上だ。
山のように積み上げられた書物を前に、精力的に勉学に励む日々だ。
元々、素質があっただけに、おもしろいように吸収して、みるみるうちに驚くような上達ぶりを見せた。
ロザリンは魔法がおもしろくて仕方がないのだろう。最近は熱心にアデルに教えるようになった。
「いい機会だし、アデルも講義を受ければいいわ」
「俺が?」
「剣術もいいけど、魔法も使えた方が何かと便利だと思うわ。手数は多いに越したことがないと思うし」
「…たしかに、そうかも」
「でさー。魔法講座の体験型講座って、たいがい女子の大好きなアロマオイルやアロマキャンドルを作ることが多いねー。たしかに女子、好きだけどさー」
「オシャレなハンドメイドの雑貨より、俺はすぐに応用できる専門知識がいいけどな」
「最近は形から入ることが多いのよ。トレンドを追わないと、人は来ないからね。それにいきなり高度なものはムリだわ。初心者にはあくまでハードルを低くしないと」
うん、うんと頷き、アデルが聞き入っていると、ラフィンスが見兼ねてやってくる。
「何だ、アデルまで魔法を覚える気か?」
「えっ、まぁ。興味はあるよ」
「そうか。_____だがな、この小娘は魔力が強いだけで、ド素人だ。魔法のことなら俺が教えてやる」
と口を挟んできたのだが、ロザリンは断固拒否する。
「やだ!何云っているの!嫌に決まっているじゃない!急に横からしゃしゃり出て来て!アデルだって、従姉の私に指導してもらった方が心強いでしょう?」
云われてコクコクと頷く。半ば脅迫されている風でもあるが、確かにラフィンスよりも従姉であるロザリンに教えてもらう方が、遠慮せず気兼ねなくやれる。
ムッとしたラフィンスが、腹いせとばかりに予てより抱いていた怒りをぶつける。
「貴様がここに来て半年も経つ。いつまで居座るつもりだ?早く故郷に帰れよ!はっきり云って邪魔なんだよ!貴様がいるだけでうっとおしいし、城中の物が壊されていく!」
ロザリンはついさっきも部屋の壁に穴を空けた。この前は塔のてっぺんを飛ばしたし、さらに前は門扉を壊したこともあった。
「なによ。私は来賓よ。失礼じゃないの」
「何が来賓だ。貴様なぞ客ではない。図々しいにもほどがある。俺とアデルの仲を邪魔しに来ただけだろ。強制送還してやってもいいんだぞ」
「まぁ。そんなこと云っていいの!?できるものならやってみなさいよ、私はアデルの従姉なのよ!」
いつものように開き直る。彼女は怯むということを知らない。
「もぉ、いいから、帰れよ!」
「嫌よ!」
「帰れよ!」
「嫌なものは嫌!」
いつものように子供じみた応酬が続く。「ああ、もぉ、とにかく、迷惑なんだよ!!」
感情を爆発させた後、アデルの方を振り返り、お前の方からもあいつに云っておけ。と、云われたひとことにアデルはすっかり憤慨し、気分を悪くしてしまったのだった。
******
城の一室で、ロザリンに勧められていた魔法の講義はすでに始まっていた。そっと後ろの空いている後方の席に腰を下ろす。
『諸君_____我々生きとし生けるすべての人々はかつて生まれながらに魔法を使うことができた。しかし、生活の中で退化し、封じられてしまった。なぜか?』
教壇に立つ講師は、黄金色の波打つ長い髪をしたたいした美形だった。黒いローブを身に纏いつつも、貴族然とした容貌はとてもそんな職種の人間には見えない。
「ルシアン様。素敵よねぇ」と、アデルの手前の席の女子ふたりがうっとりとため息を漏らす。
ルシアン?あの講師のことか?
ここに集まるのは皆、城の関係者であり、どこぞの貴族のご令嬢たちだ。
「我が国屈指の大魔法使いルシアン様。浮いた話は数知れず。母親の違うお子さんもたくさんいらっしゃるらしいわ」
「でも今は独身だからチャンスがあるわ」
『その理由は________』
と、ルシアンが講義を続ける。
『自然が破壊され、精霊や妖精がいなくなったように、いにしえの時代と比べたら文明が進化して魔法が必要なくなっただとか、古代人の方が能力が勝っていたからだとか、それは分かりません。_____だが、ある日を境に突如能力が開花する者もいる』
ロザリンのような者のことだ。突然変異の能力者のことだ。
『昨日まで常人だった者が急に能力に目覚めると、力のコントロールができず、日常生活を送ることが困難になる。能力が安定するまでは自分に合う石を持っているといい。……あ、石とは、エネルギーの強い宝石や貴石のことです。石は魔法の補助的な役割をするものです。と、同時に能力を引き出すためにも役立ちます』
「先生、石はどのようなものを選ぶといいんですか?」
手を挙げて質問する生徒に対して
『そうですね……。とにかく気に入ったもの、自分が強く引き寄せられるものがいいとか、きらきらしたものがいいとか。自分に合ったものがあるはずです。……あっ、石の方から相手を選ぶって云うものもあります』
石が自分を選ぶ?石にも意志があるというのか?ダジャレか?
『決して高価なものである必要はありません。石の発する呼びかけに従い_________』
「そうそう。ルシアン様は陛下のお気に入りらしいわ」
思わぬところでラフィンスの話題も出てくる。講義を遮るように彼女たちは噂話を続ける。
まったく何をしに来たんだか。
「あら、彼のお気に入りが陛下だって聞いたわ」
「男性も好きなのかしら。どっちでもいけるらしいわ」
「え、でも、あの方、最近お妃様を迎えられたばかりじゃないの?」
「あら、仮面夫婦だと噂されているじゃないの」
おいおい……。当の本人がいるとも知らず。云いたい放題だ……。
彼女たちのうわさ話が気になって、講義の内容がなかなか頭に入ってここなかった。
*****
講義を受けた後、妃としての公務をすませるために謁見の間へ移動した。
ラフィンスの傍らに座るアデルはしかめっ面で不機嫌な顔をしていた。不機嫌さを隠そうともしない。
ロザリンは大切な従妹だ。お前にとやかく云われる憶えはない。と。魔法の講義に行く前に口論になった。先ほどの険悪な空気が長引いていると云ってよかった。
不貞腐れる王妃の顔を見遣って、側近が不安げに顔を曇らせていると、他国から接見する者が姿を現せる。
膝を折って、礼をとる。マントとベレー帽に鳥の羽を付けた人物は商人ではなく、城の遣いだ。
「お目通りいただき、誠にありがとうございます。わたくしは、隣国のオーヴィシードから参りましたマリウスと申します。王が、お近づきの印にこれを献上したいと申しておりました。必ずや気に入っていただける筈です」
ジャラジャラと鎖を持ちあげ、殊更目立つようにネックレスを披露する。
鮮やかで瑞々しい果実のような宝石ではなく、マットな質感の薔薇色、桜色を混ぜ合わせたようなひかえめな色合い。
目立ったような派手さはないが、不思議と惹かれるものがある。
「いかがでしょうか?うつくしい希少性の高い貴石でございます。石言葉は慈愛、知性という意味を持ちます。女性らしく、気品高いお美しい王妃さまにぴったりでござます。さぞやお似合いになられることでしょう」
どうですか、というふうに彼は王妃であるアデルに熱い視線を送る。
アデルは眼が釘付けになった。ルシアンが云っていた魔法の力を引き出すにふさわしい。
これこそが、まぎれもなく自分が捜し求めていた品ではないか。
女物の豪奢な首飾り、大ぶりで殊更主張するような貴石だ。
「ほう、たいした品だな」
つまらなそうに云い置いて、ラフィンスが脇息に凭れる。アデルよりも先に首飾りに対し意見するも、たいして関心がなさそうだ。
「で、それは幾らなんだ?」
「私は商人ではありません。これは王妃さまへの献上のお品でありますので、お代は無用でございます」
そうか、と息を吐いたかと思うと、すぐに
「いらん」
「は?」
ラフィンスの発言にマリウスは眼を丸くした。
「欲しければ、俺がいくらでも買ってやる、他の物を、な。___________それにしても、王妃に色目を遣うとはな」
ちらりと横目で睨む。それに脅えた風に遣いの者が必死に訴える。
「そ、そんなつもりは毛頭ございません。私はただ……」
ろくに云い分も聞こうともしないで、苛立ちを顕わにラフィンスは云い放つ。
「いいから退がれ、すぐに」
命じられるがままマリウスは謁見の間を退室させられた。まずい、とアデルは血相を変える。
「おい、勝手に決めるなよ!」
欲しかったのか?とラフィンスに問われる前に、すぐさまその場を飛び出した。