まほうのいろえんぴつ
これはまろうのいろえんぴつ。
わたしがもらったいろえんぴつ。
どんなものにもぬれるんだ。
ほら、みてて。
おかあさんのエプロンはあかいろで、
おとうさんのネクタイはみどりいろ。
おにいちゃんのくつしたはきいろで、
わたしのそだてたおはなはあおいろ。
おそとのポストはみずいろで、
みちのこいしはむらさきいろ。
まちのかんばんははいいろで、
あのこのおうちはぴんくいろ。
これはまほうのいろえんぴつ。
あのこにもらったいろえんぴつ。
お昼時。絵本作家の私は、休憩のため散歩に出かけた。
そしてその途中、小さな喫茶店を見つけた。
それがあったのは、人通りの少ない路地裏のような場所で、古い木造の建物だった。小さな窓もあるが、ぼんやりと明かりがついているのが分かる程度で、少し見ただけでは店なのかどうかも分からない。私は最初、近くに立ち並ぶ住宅とそれには違いがないように感じ、入ろうという気すら起きなかった。しかし、私が通りかかったちょうどその時、運のいいことに、若い男女が店の扉を開けて出てきたところが見えたのだ。「美味しかったね~」「また来よう」という二人の会話が聞こえ、ここは飲食店なのだと理解した。
こういう穴場スポットには、何とも言えない魅力がある。なんとなく買ってみたらいつの間にか手放せなくなった愛用のボールペンのように、その扉を開き一度入るとやみつきになってしまうのだ。私は好奇心を掻き立てられ、入り口のところまで歩いて行き、入ってみることにした。
カランカラン…
「いらっしゃいませ」
カウンター席の向こうで皿洗いをしていた男が見えた。その男はすぐに手を止め、こちらを見て頭を下げる。
「一名様でいらっしゃいますか。」
「はい。」
「よろしければこちらのカウンター席へどうぞ。」
そう言って男は微笑んだ。
店内には私とその男以外はいないようで、とても静かだった。二人用のテーブル席が二つと、カウンター席が三人分だけ用意されており、非常に小規模な店だった。テーブル席には小さなランタンが置かれており、テーブル席の方には小さな鉢に入ったかわいらしい花が、壁には椅子に座った女性の肖像画が飾られていた。外見によらず店内はお洒落な雰囲気の店内を見て、さっき出てきたカップルはよくこの店を見つけたなと感心しながら、私は男に促されるまま、カウンター席の一番奥の席に座った。
「ランチメニューはこちらになります。」
そう言うと男は手に持っていた冊子を私の目の前に置き、頭を下げると再びカウンターの中へと入って行き、皿洗いの続きを始めた。男は見たところ60代から70代くらいで、背は私と同じくらいだ。茶色のエプロンが、日焼けした肌によく似合っている。
私は目の前に置かれた冊子を開き、パラパラとめくってみた。様々な食べ物の写真が目に留まる。『三種のパプリカパスタ』、『抹茶のパンケーキ』、『季節のフルーツサンド』――どれも色鮮やかで、とても美味しそうだった。飲み物の方も、『ハッピーイエローソーダ』、『ブルーカルピスソーダ』など、色とりどりで魅力的なものばかりだった。
「すみません」
私は手を挙げて男の方を見た。男は私に気づいて「お伺いします」と答え、胸のポケットからペンを取り出した。
三種のパプリカパスタを注文し、飲み物も頼もうとしたとき、少し気になるメニューを見つけた。
「あの、この…『シークレット』って、なんでしょうか。」
男は、「ああ、それはですね」と一言つぶやいてから、
「私の妻が、生前に作っていた飲み物で、今は作っていないんです。」
と答えた。
「生前…ということは、」
「はい、つい最近、亡くなりましてね。」
私は思わず息をのんだ。驚いた様子の私を見ながら、男は微笑んだ。
「私には、どうしても妻のようにうまく作れなくて。でも、いつか作れたらと思っているところです。」
笑っているけれどどこか寂しそうな男の顔を見て、私は、開けてはいけない扉を覗いてしまったような、いたたまれない気持ちになった。
一旦、『ハッピーイエローソーダ』を注文してオーダーを終えると、男は「ごゆっくりどうぞ」と言って頭を下げ、再びカウンターの中へと入っていった。
男が店の奥の方に材料を取りに行っている間、私は店内をもう一度見渡してみることにした。後ろを振り返るとテーブル席があり、そこに置かれているランタンをよく見ると、そこにはステンドグラスのように色鮮やかな模様が施されていた。ランタンの優しい光に包まれ、それぞれの色が混ざって溶け合っているようだった。壁に掛けられている肖像画も、背景に様々な色が使われていてカラフルな仕上がりになっていた。さらに天井に目を向けると、同じように色鮮やかな小さなガラスが散りばめられており、色のついた星空を眺めているような気分になった。
カウンターの中に戻ってきた男が、天井を見てぼーっとしている様子の私を見て、
「それ、綺麗ですよね」
と話しかけてきた。
私は天井に向けていた視線をぱっとカウンターに戻し、
「はい、とても」
と答え、
「このお花も、すごく綺麗で可愛らしいですね。」
と言ってカウンターに置かれていた花を指さした。その先には、鉢の中に植えられた小さな青い花が飾られていた。
「ありがとうございます。店の内装も、妻が全部考えていたんですよ。」
「そうなんですか。」
カウンターの中で調理を始めた男に、私は質問した。
「奥様は、カラフルなものが好きだったのですか。」
男は一瞬考えてから、
「そうですね、カラフル…というか、『色』が好きだったんです。」
と答えた。
「色、ですか。」
「はい。いろんな色のものを見つけては、『これは何色?』とよく私に問いかけてきました。」
「問いかける…?」
「はい、妻は目が見えなかったもので。」
私は再び驚いた。目が見えないのに色が分かるのだろうか。
「妻は昔から、目が見えないこともあってなのか、あまり色について知っていなかったんです。でも、私はそんな彼女にも、色の美しさを知ってほしかった。」
男は色とりどりのパプリカを炒めながら、穏やかな口調で話していた。男の着ている茶色のエプロンのおかげで、パプリカの色がより際立って見えた。ジュッ、ジュッ、と良い音を立て、パプリカたちが踊っている。
「だから、私は彼女に色を『感じて』もらえるように頑張ったんです。赤は元気に走り回る子どもたちの色、青は悲しいときに流れる涙の色、緑は風に揺れる葉っぱの色…。私の言葉を聞いて、妻はとても嬉しそうにしていました。」
男の嬉しそうな顔を見て、二人が色を見ながら楽しそうに話している様子が目に浮かんだ。色は目で見るだけのものではないのかもしれない。私はそっと目を閉じ、フライパンから奏でられる、ジュッ、ジュッ、という音に耳を傾けていた――。
「お待たせしました、『三種のパプリカパスタ』と『ハッピーイエローソーダ』でございます。」
男は料理を置くと、頭を下げて再びカウンターの中へと入っていった。
私は写真を撮ろうとスマホをカバンから取り出し――、再びカバンにしまうことにした。たまには、記憶の中だけに留めておくというのもいいかもしれない。料理を口に運ぶと、温かな香りが口いっぱいに広がった。
帰り際、私は男に、
「『シークレット』、また飲みに来ますよ。」
と伝えた。
男は少し驚いてから、
「頑張ってみます。」
と言って頭を下げ、その後微笑んだ。
壁にかかっていた女性の肖像画も、優しく笑いかけているように見えた。
最後まで読んでいただき本当にありがとうございます。
少しでも楽しんでいただけたら幸いです。