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謝罪

* * *


 夏休みが終わり、学園生活最後の一年が始まった。


 休みだけじゃなく、色んなものがまとめて終わってしまった。人生は終わってないから心機一転すればとは思うものの、あたしはまだ切り替えきれていなかった。


 前世の頃から、あたしは女の子が好きだった。ゲームのオリジナルよりスピンオフにはまってたけど、それも公爵令嬢とビビアンとの百合展開があったからだった。ゲームプレイの記憶がなければ、その令嬢――アナスタシア様に憧れて何とかお近づきになろうと頑張ったかもしれない。

 実際、破滅回避したくてゴマすりで「お姉様」って呼んでみたこともあったけど、すごい目で睨まれて、このルートは違うって諦めたけど。


 前世から記憶とともに持ち越したのがこれ(・・)だなんて、いっそ笑ってしまう。むしろ持ち越したくなかった。

 元の世界よりもこの世界が昔っぽい文明になってるってことは、あたしみたいな人間は一層生きづらいに決まってる。何しろ王様や貴族が実権を握ってる世界だ。当然血筋主義だし、子どもを作るのは貴族にとって義務のはず。あたしは許されない存在になってしまうってこと。百歩譲って女の愛人を作ったとしても、それとは別にどこかの貴族の男に嫁いでそいつと子作りしなくちゃいけない。


 ああ、貴族になんかなるんじゃなかった。

 何が玉の輿よ。


 あたしは夏休みを早めに切り上げて寮に戻り、学園の図書室で法律関係の本を漁った。幸いなことに、この国では刑罰の対象にはなってないみたいだった。でも堂々と暮らしてるカップルも見当たらない。あたしも今まで無自覚だったから、単に目に入ってなかっただけかもしれないけど。


 どこかに、あたしみたいなのの仲間はいるんだろうか。

 王都は人口が多いから、探せば見つかるかもしれない。前世でも、この手の人は人口の一割以上はいると言われていた。

 その一割の中に、あたしが出会うべき人がいればラッキーだ。


 探そう。秘かに、なるべく早く。ティモシーのことを早く忘れたいから。


「…ビビアン」


 馴染みのありすぎる声に反射的に顔を上げると、当人がいた。少しやつれていて、気まずそうな表情であたしをうかがっている。


「ちょっと、いいかな」


 黙って小さくうなずくと、彼は「来て」とあたしを校舎の裏手に連れて行った。

 そこは建物の死角で、普段人が居る教室からも離れている。ティモシーはあたしに向き合い、何度か顔を見てはまた目を逸らし、何かを言いあぐねていた。


「…何の用?」


 あえて素っ気なく催促すると、ようやく口を開いた。


「うん、あのさ…僕、しばらく君に会えなくなる。だから…」

「えっ!? 何で?」

「僕は、本気で作曲家を目指すことにしたんだ。これからは師匠について本格的に勉強する。だから学園にはあまり来なくなる。君の顔を見ることもほぼなくなるだろうって、それも伝えたかったんだ」

「そうなんだ…」


 あたしも学園で彼と顔を合わすのは気まずかったけど、まさかそこまできっぱり距離を置くことになるとは思わなかった。さすがにさみしいと思いながら、同時に一瞬ほっとした。その後ろめたさを隠すように、笑顔であたしは言った。


「音楽で食べてくって言ってたもんね。遅いか早いかあたしにはわかんないけど、道を決めたの偉いと思う。応援してる」

「ありがとう」


 ティモシーは表情を和らげると、話を続けた。


「それで、その前にちゃんと謝っておきたくて。…こないだのこと」

「ティモシー、そんなの必要ないよ」


 彼は意外そうにあたしを見た。


「てか、謝るのはあたしの方よ。…あんたに応えてあげられなくて、申し訳ないと思ってる」

「いいんだ、やめて。僕が勝手に…勘違いして、無理やり…したから」

「それも、勘違いさせたあたしが悪かったわ。だってティモシーは本当に可愛かったから。あたしなんかよりね」


 あたしは自分で、学年で一、二を争う美少女なんて嘯いてたけど、内心では一位を争ってた相手はティモシーだ。


「まあ、そう言われても嬉しくはないわよね」

「…まあね。もう思えない」


 ティモシーはちょっと頬を掻いた。


「でも君も、そんなに自分を悪く思うことなんてないよ」

「うん?」

「僕が言う筋合いじゃないだろうけど、君なりに幸せになってほしい」

「ん? ん?」

「人の気持ちは自由なんだし、恋愛に性別は関係ないよね」


 はーーーーーーー???


「何言ってんの!?」


 あたしは思わず口をあんぐり開けた。


「んなもん関係あるに決まってんじゃん!」

「え」

「性別にこだわるからあたしは男の子じゃなくて女の子を選ぶんじゃん。関係ないって言えるのは、どっちでも分け隔てなく好きになれる人のことよ。あたしはそういうタイプじゃないの。女に生まれたから当然女の子が好き、そういう感覚で生きてんの!」

「ご、ごめん。そうか。そういうもんなのか…」


 ティモシーはあたしの剣幕に気圧された。


「ただ、僕は…恋愛って必ずしも異性の間でだけするものではないよねって言いたかっただけで…」

「そんなのわかりきってるわよ、あたしはね」

「僕は今まで気づかなくて…」

「だったら、『あー気づいた』って自分の中で納得してりゃいいじゃない。何であたしに『気づきました』って報告する必要があんのよ?

 しかも、ちょっと励ましてるっぽい言い方になってるの何でよ!?」


 だめだ、どんどんキツイ言い方になってきた。

 前世でも、この手の寄り添ってるつもりの勘違い発言は腐るほど見たけど、まさかこの世界でもまた聞かされるなんて。


「ごめん。ごめん、ビビアン。怒らないで」


 ティモシーが泣きそうになってる。

 あたしも怒りたくない。こんなの八つ当たりだ。あたしは急いで後ろを向いた。


「ごめんなさい、ティモシー」


 あたしたちはここで何回「ごめん」って言い合ってるんだろう。


「あんたが友達として精一杯理解しようとしてくれてるのはわかってる。あたしもあんたのこと、一番大事な友達だと思ってる。…だから、会えなくなるのは…ちょうどいいよ」


 顎が引き攣って声が震えてきた。お腹の前で両手をきつく組んだけど、そんなことでは収まらなかった。


「話をするたびに、溝を感じて怒っちゃったりとか、しなくてすむから…」

「ビビアン…」


 両手の上にぽとぽとと滴が落ちた。


「進路のことは応援してる」


 あたしは深呼吸して、何とか言葉を絞り出した。


「もう行って」

「……」


 ティモシーは、無言で立ち去った。

 さよならとも言ってくれなかった。

 でももし今後彼が学園に顔を見せることがあったとしても、あたしたちは二度と言葉を交わすことはないだろう。

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