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公演準備

* * *


「ふーむ、この結末は少し意外過ぎないかね?」

「でも皮肉が効いてていいだろ?」

「確かにそうとも言えるが、観客は肩透かしをくらったと思うだろう」


 劇場の事務所では、カニンガム氏がノエルの脚本の初稿をチェックしていた。


「観客は若者たちだ。もっとロマンスの要素を入れてほしいね」

「入ってるじゃないか」

「確かにヒロインに出会った男は次々と虜になってる。だがそれを全部袖にするのは味気なくないかね?」

「王子様や金持ちと結ばれるばかりが女の幸せじゃないさ」

「ノエル、観客の半分は女だろうが、君が考えるような女はさらにその半分もいないと思うよ」


 僕は二人の会話を端で聞きながら、カニンガム氏が読み終えた原稿を軽くめくった。今日の打ち合わせで雰囲気が概ね決まれば、曲のイメージもある程度作り始められるかと思っていたけど、さすがにまだ早かったようだ。


「…ふっ」

「どうしたかね、ティモシー」


 台詞を読んで思わず吹き出したのをカニンガム氏が聞きとがめた。


「王子様の台詞が堅苦しすぎる」

「振られ役のつもりで書いたからな。しかつめらしくて魅力がない人物になってる」

「ヒロインとくっつけることにするんなら、もっとくだけた方が観客受けがよくない?」

「ご助言をどうも。言われなくても書き直すさ。脚本は私の領分だ」


 ノエルは少し気を悪くしたようだ。


「ああ、よろしく頼むよ。『追って沙汰する』なんて本物の王子様でも言わない。むしろ思い切りポップにした方が本人も喜ぶんじゃないかな?」

「何を知り合いみたいに」


 舌打ちしたノエルに、カニンガム氏が解説した。


「ああ、ティモシーは本当に王太子殿下の知り合いなんだ。殿下が学園に通われていた頃、親しかったのだよな?」


 学園と聞いてノエルの目が細まった。


「…へえ。あんた、貴族かい」

「貴族なのは父親だ。僕は後継者でもない、ただの市民だよ」


 僕は肩をすくめてみせたが、ノエルはまだ気に入らないようだ。


「お坊ちゃんには変わりない」

「とにかくノエル、初演には殿下夫妻をご招待する予定だ。観客にも殿下にも受ける脚本を頼むよ」


 またカニンガム氏が割って入った。


「わかったよ。どうせ初稿だ、がらりと書き直してくるよ」


 ノエルは原稿の束を鞄に突っ込むと立ち上がった。


* * *


 宣言通り、ノエルの脚本はがらりと変わった。


 主役は田舎からふらりとやって来た女の子だ。お城の舞踏会を覗こうと衛兵を丸め込んで中に入り込み、追いかけてくる衛兵や料理人、大臣、王様までうまくやり過ごし、ついに中庭で王子様に出会う。

 純真であっけらかんとした物言いに王子様は心を奪われ、ひと時のダンスをする。けれど王子様を狙っていた隣国の姫君が乱入してきて、どちらがお妃にふさわしいか舞踏会の場での勝負を迫られる。公平に勝負させようと王子様は女の子を着替えさせるが、通りかかった第二王子が彼女をどこかの姫君だと思い込んでダンスを申し込み、彼にも惚れられる。

 面倒なことになったと慌てた女の子は王子様を探すが、すれ違ってばかり。皆も女の子を探すドタバタ騒ぎになる。諦めてお城をひっそり出ていこうとするところを、やっと王子様が捕まえて告白しあって大団円だ。


 筋書きはそこそこ陳腐だが、台詞回しや伏線の妙が効いているので芝居部分だけでも飽きずに楽しめる。


「さあ、ここからはあんたの仕事だよ」


 カニンガム氏のOKを得たノエルが、僕を見て挑発的に言った。

 脚本には歌やダンスが適宜配置されているが、バランス良く収まるかは音楽担当の僕の腕次第だ。量が多いので編曲を仲間に手伝ってもらうことになるだろうが、まずは魅力的なメロディーを生み出さなければならない。


 僕の目から見て、ヒロインは十分に魅力的だった。陽気でちょっと強引で、その場をごまかす手口にも長けている。でも蓮っ葉な口ぶりで繰り出す台詞は取り繕った連中を唸らせる。それで男たちは虜にならずにいられない。

 まるでビビアンみたいだなと思っているうちに、ヒロインの主題曲はできた。


「おいおい、何だよこれ!」


 ノエルは試し弾きを聴いて目を丸くした。クレームかと思ったら違った。


「ちくしょう、イメージ通りじゃないか」

「編曲するともっと華やかになるよ」

「すげえな、あんた…」


 どうやら僕を見直したようだ。この調子でどんどんいこう。


 曲作りが進んで振付師もアサインされた頃、劇場近くのカフェでノエルにばったり出会った。

 煙草の灰を育てながら難しい顔で考え込んでるので声をかけてみると、脚本の結末に不満があると言い出した。


「もっとひねりがあってもいいと思うんだ。『いろいろあっても、どうせ王子様とくっつくんだろ?』って思ってる観客をびっくりさせたい」

「初稿は没になったじゃないか」

「けど、お城に収まるのもこの子らしくない」


 初稿では、ヒロインは王子様たちに言い寄られてもその気にならず、「ごめんあさーせ」とお城を出ていく。それを痛快だと思える観客は四分の一くらいだろう。


「カニンガム氏には相談したのか?」

「今よりもっと面白くなるなら構わないとさ。ただしロマンスは外すなとの条件付きだ」

「そりゃ当然だ」


 ノエルは下唇を突き出すと、大きく息を吐きながら頭をがしがしと掻いた。


「何だ、言い出しといてアイデアが出ないのか」

「ちゃんと出てるさ。ただ、最後の最後がまとまらないだけだ」

「…予定を遅らせたりして僕に迷惑をかけるなよ?」


 呆れ気味に言うと、彼はうるさそうに鼻を鳴らしてコートを掴んだ。


「おい、どこへ行く?」

「ちょっと気晴らしに出てくる」


 劇場とは反対方向へ歩き出した彼を、僕は慌てて追った。これから制作陣で打ち合わせなのに、もう迷惑をかける気か。


 ノエルは大股で歩きながら、時々振り返っては「付いて来るな!」と僕を追っ払おうとしたが、そのうち諦めた。彼が向かったのはウィンストン・パークの興行テント村だった。流行らない時期のせいか、常設の芝居小屋がまばらにある程度だった。

 露天の舞台ではちゃんばらが演じられ、何人かの子どもがぽかんとして見ていた。ノエルが足を止めると、道化が見物料をもらいに来た。


「こんなの見て参考になるのか?」

「この安っぽさがいいんだ」


 怪訝そうに言うと、ノエルは構わず小銭を道化の差し出した箱に投げ入れた。僕も慌てて倣う。


「ここに来る客は、小難しいことや上品なことは求めてない。だから小屋も一瞬で盛り上がれてスカッとできるような芝居しかやらない。オペラだのバレエだのは、頭と懐に余裕のある奴らのものだ。ここの連中は、そういうのがいらない世界で生きてるんだ」


 ちゃんばらのケリがついて負けた方が舞台袖に引っ込むと、新手が現れた。子どもたちが喚声を上げて主役を応援する。ノエルは関心を失い、またぶらぶらと歩き始めた。


「けど、芝居としての面白さや感動を創り上げることに目覚めて、ここを出ていく者もいる。いい劇場に出入りする連中の中には、ここ出身の奴も何人もいるはずだよ」

「…君もその一人か」

「きっかけがなければ、自分を変えようなんて思わなかっただろうがね」

「きっかけ?」

「こことは違う世界があって、自分もそこに手が届くと気づく、そんなきっかけだ」


 どこからかフィドル弾きの大道芸人がやってきて、弾こうとしてもなぜだか音が出ないというマイムを始めた。弓を僕に渡して一振りしろという身振りをするので、その通りにして返すと今度は無事に美しい音色を奏でた。誰もが知ってる童謡のメロディーだ。

 僕は半笑いで拍手し、フィドルを貸せと手招きした。わざとぎこちなく弾いて油断させた後、レパートリーから一際メロディアスでドラマチックな曲を選んで弾いてみせた。

 何事かと注目した通行人の何人かが投げ銭していった。からかったお詫びにそれらを全部大道芸人に渡してやる。戻るとノエルは、片頬を皮肉に歪めながら腕組みして待っていた。


「あんまり才能を見せつけるなよ」

「きっかけを与えてやったんだ」

「ふん」

「数年後には同じ舞台に立ってるかもね」

「無理だろ、歳を食いすぎてる」


 ノエルは池の端に立ち、煙草に火を点けた。


「それで? 気晴らしで多少はまとまったのかい」

「最後の最後の手前まではまとまってる」


 早春の池の水は深く黒く冷たそうで、水面に映る青空の色もよそよそしげだった。ノエルが池を眺めたまま、話しかけてきた。


「あんたはまともに仕事をしてくれて助かるよ。前に組んだ作曲家は、どいつもロクでもなかった。締切は守らないし、自分の好みを優先してこっちのイメージ通りになんか作ってくれないし。

 けど、あんたと来たら…脚本(こっち)が曲に見劣りしそうで慌てるぜ」


 何だ、それで今更練り直してるのか。


「そんなに持ち上げてくれてるのに申し訳ないけど、僕も自分の好みを優先しただけさ」

「は?」

「実は、あのヒロインのキャラクターは僕の妻によく似てるんだ。だから妻のイメージで曲を書いた。君と趣味が合ってたようでラッキーだ」

「はっ、冗談じゃないね。あんな人を振り回すような女…振り回されてやりたくなるような女なんか、迷惑でしかないね」

「女の敵は女か」


 その瞬間、ノエルがぎろりと睨んだ。


「何だよ、怖いな。君は…確かにかなりうまく化けてる。けど完全にばれないとでも思ってたのか?」

「…カニンガムは知ってるのか?」

「さあね。知ってたとしても彼のデリカシーに感謝だな」

「……」

「ノエル、差し出がましいことを聞くようだけど…なぜそんな格好を?」

「この格好の方が色々と(・・・)都合がいいからだ。隣国のショービズ界じゃ、企画制作の仕事は女に回ってこない。それに、ノエル・シェレトワとして名が通るようになったからこそ、ここにいるんだ」


 ノエルは何本目かの吸い殻を地に落として踏みにじった。


「女でいるとくすぶるだけだ。居場所はそこだけだと思いこんで、受け入れられるために努力して、それでやっと席をもらっても大して座り心地は良くない。馬鹿馬鹿しいね。他にも世界はいくらでもあるし、好きなように自分を通せばいい」


 デメリットを振り払って売り込むために、たまには奇抜な方法が必要だというのはまあわかる。だがノエルは脚本にもそのポリシーを反映させようとしていた。


「あの芝居だってそうだ。ヒロインは皆を振り回してるようでも、結局は二人の王子や姫君に品定めされてばっかりだ。いっそヒロインが皆を品定めする方が一貫性があるってもんだ」


 ノエルは、ヒロインが第二王子にも惚れられて困ったところから筋書きを変えていた。

 ヒロインは第一王子にも内緒でお城を出て行こうとする。衛兵と無理に衣裳を交換して変装するが、お姫様に誰だと見咎められる。ごまかすために衛兵姿でお姫様とも踊り、やっぱり惚れられる。そこへ王子たちが駆けつけるとヒロインは、面白かったけどもう行かなきゃ、と言う。衛兵を含めた四人は口々に、それなら一緒に行くと言い出す。


「この後誰かとくっついて大団円なんだけど、誰にしようか迷ってる」

「第一王子なんじゃ?」

「それほど惚れてないってことにもできる。結末によって、それまでの相手との関わり方を微調整するのは難しくない」

「なるほど」

「あんたなら、誰がいいと思う?」

「ええ? 僕に聞くなよ」


 結局は誰の言動がヒロインの心に響いてるかによる。四人の登場人物たちとのやり取りをヒロインは楽しんでみせていたが、この筋書きなら僕個人としては衛兵に日の目を見せてやりたい。何だかんだ言いながらずっと付いてきて、あまつさえ彼女のドレスまで引き受けて着てあげてる。どこかで聞いたような展開だ。


 だが答えれば何となく妻との関係性を見透かされそうで気恥ずかしい。いずれにしろ、決めるのはノエルの仕事だ。


「参ったな」

「そもそも、観客がどれを気に入るかだろ?」

「いっそ観客に聞ければな…そうだ!」


 ノエルは急に顔を輝かせた。


「聞けばいいんだ! そうだ、これは前代未聞だぞ」


 そう言って手の平を拳で叩き、身を翻す。


「行くぞ、まずはカニンガムを説得だ」

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