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合意

* * *


 一階にいると使用人が片付けに困るからと、ビビアンは階段へ向かった。


「ホイットニーさんが見直してくれて良かったね」


 さっさと上りながら機嫌よく話しかけてくる。


「君のリクエストのおかげだ」

「あたし、あんたはちゃんと光るものを持ってるはずだって信じてたもの。ひと押しする役に立てて嬉しいよ」


 階段を上がりきると、廊下の先の部屋にメイドがシーツを抱えて出入りしていた。そこがゲストルームだろう。彼女は反対側へと進み、ドアを開けて僕を待った。


 つまり彼女は、昨日の話を蒸し返すつもりらしい。ホイットニー氏とは確約できたわけじゃないが、認められれば手堅い相手には違いない。彼女が似たようなカードを他にも揃えているなら、パトロンの話は乗ってもいいのかもしれない。今後頭が上がらなくなってしまうことと、噂の行方が気になることに目を瞑れば。


 オイルランプで照らされた室内は、女主人が居心地良く過ごすために丁寧に整えられていた。壁紙は優雅な柄で彩られ、調度品には豪華な飾りが付き、伯爵家の格と趣味がよく表されている。

 ローテーブルに茶器を載せた盆が置かれ、ポットには今夜最後の火で沸かしたお湯が入っていた。ビビアンは小ぶりな長ソファに腰を下ろすと、自らお茶を淹れてくれた。僕はテーブルの横のスツールに掛ける。


「――そっか、良かった」


 パトロンの申し出を受けると、彼女は明るく微笑んだ。


「実業家の知り合いはいっぱいいるし、展覧会とか品評会とか、交流の機会がある場にはなるべくあんたを連れてくようにしたいの。社交シーズンには王都に出て、プレスコット繋がりの貴族にも呼ばれるはずよ。噂の仲間入りは覚悟してよね」

「シーズンのエスコートはキース卿じゃないの?」

「やあよ! キースなんかとセットになったら、もっとえげつない噂が確定しちゃうわよ!」


 確かに、彼女がコテージに居残ってるのはキースと再婚したいからだなんて噂も聞いたことがある。


「わかった、腹を括るよ」

「よろしくね」

「でもさ、噂になりやすいのは自分が蒔いた種ってところもあるんじゃないの?」

「どういうことよ」

「昨日来てた客とは、随分楽しそうだったじゃん。ああいうことしてたら言われるの当然だよ」

「あれは仕方なくよ!」


 ビビアンはうんざりした顔をした。

 そもそも未亡人になった途端に、彼女の財産と若さを狙う男たちがひっきりなしに言い寄ってきてたらしい。断ると事業の取引から手を引かれたりしたので、適当に気を持たせて協力を引き出しているという。


「こっちが手玉に取って転がすくらいしなきゃ、ああいう輩を使いこなせないわ。幸いあたしにはそういう方面に才能があるしね」

「…まあ確かに、昔よりすごく進化してるね」

「あんたが最初に目をつけてくれたおかげですぅー」

「わかったわかった」


 種を蒔いたのは僕の方なのか?


「まったく、すっかり宗旨変え(・・・・)したみたいだね」

「…人生いろいろあんのよ」


 ビビアンは一瞬だけ言いよどみ、しかし無感動に受け流した。

 相手の性別が違ったら大問題だとあんなに厳しく僕を責めておいて、なのにあっさり誰かと結婚してしまってる。

 どうせ結婚するなら何で、とまた黒い気持ちが頭をもたげかける。鎮まれ。同じ伯爵家でも次男の僕は実質平民だ。玉の輿にはなれないんだ。


「それにさ」

「うん?」


 彼女は空になったカップをテーブルに戻し、少しばかりそわそわと目線を泳がせた。


「どうせそんな連中に取り巻かれて噂にまみれるんなら、…一人くらいはあたしが好きな人が混ざってたっていいじゃない?」

「……」


 聞き間違いかと思っていると、僕をぐっと見つめてさらにとんでもない台詞を繰り出した。


「ね、いっそ本当にあたしの愛人になんない?」


 …………。


 ……いやいやいや、そんな手には乗らないぞ。


 ビビアンは昔っからこうだ。僕に好きって言いながら変な仕事をさせるんだ。好きってのもあながち本気だと自分で思ってたりするから、始末が悪い。


 貴夫人然としてても、ビビアンはやっぱりビビアンだ。


「…かっ…」


 だめだ、動揺してるのがばれそうだ。


「勘弁してよ」


 何とか答えると、彼女はふっと和らいだ笑みを浮かべた。


「ティモシーって声だけ聞いてるとさ、喋り方がいまだに少年ぽいよね」

「放っといてよ」

「あ、違うの。何か懐かしくて。そんな(なり)になっても、ティモシーはやっぱりティモシーなんだなって」


 あーもう。


 あーもう! くそう。僕の負けだ。負けてやる。君の手の上で好きなだけ転がせばいい。


 僕はやにわに彼女の肩を抱き寄せると、一直線に唇に向かった。


* * *


 コテージの扉を出ると、朝の淡い光が庭木をくぐって射し込んできていた。

 数歩出て振り返り、二階の窓を見上げる。彼女が窓辺で手を振っている。僕も軽く手を挙げて応え、道の先に目をやった。


 小さな庭は、しっとりとまどろんでいる。

 風が庭木の梢を揺すり、鈴のような音を立てる。

 散らされた朝露が僕に降り注ぎ、かしこで光をはじく音までも聞こえるようだ。


 僕は改めて立ち止まり、辺りを見回した。

 …何だろう、世界が輝きすぎている気がする。


 晴れ渡る空も、遠くでたなびく雲も、咲き乱れるミモザも。

 庭に植わったものすべての葉先もみんなきらきらと輝き、頬をよぎる風さえも虹色だ。


 僕は深呼吸した。


 いまを境に、初めて世界が立体的になり、自分が生きてる実感をようやく得た気がした。


 庭の景色は、優しく僕を送り出した。

 目を耳を頬を通じて、甘やかな情感が胸に沁み込んでいき、旋律を形作り始めた。


 馬車が引き出されてきた。ビビアンが僕を送るために支度させたものだ。ありがたく乗り込んでコテージを見やると、彼女はまだ窓辺にいた。


 ビビアン、僕の世界の中心には君がいる。僕にとっては君が恩寵だ。


 馬車から眺める景色は引き続き美しく、音楽も止めどなく湧き出てきた。

 投宿していたホテルに馬車が着くまで、僕は夢中で頭の中の五線紙にそれを書き留め続けた。

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