プロローグ
目を覚ますと、そこは全てが真っ白な空間だった。
天井とか床とかそんな概念がなく、どこまでも真っ白で遠近感がバグる。ちょっとお目にかかったことのない場所で俺は目覚め、身体を起こして立ち上がった。
「お目覚めですね、最強魔術師候補さん♪」
後ろから女の声が聞こえた。振り返ると目も髪も銀色で、めちゃくちゃ丈の短いチャイナドレスみたいな服を着た女が立っていた。
「ここはどこで、あんたは誰だ。それに最強魔術師候補ってなんだよ」
「ここは言ってみれば三途の川、生と死の間です。あなた何も覚えてないんですか?」
「……覚えてねえよ。気付いたらここにいた」
「そうですか、まあ追々思い出すでしょう。あと私のことはエレシュキガルとでも呼んでください。見ての通り女神様です」
エレシュキガルと名乗った女は、意味もなくその場でくるりと一回転して胸を張った。服の裾が持ち上がって丸見えになったTバックを履いた尻や、突き出されたデカい胸といったところにばかり、つい目がいってしまった。
「真面目そうな顔して結構エッチですね。転生する前にヤることヤっちゃいましょうか?」
「お前みたいなビッチは嫌いだ。最強魔術師候補とやらの説明をしてくれ」
「そんな悶々とした状態で説明が頭に入りますか? 今なら体力無限、時間も無限のボーナスステージなのに」
「早く説明しろ」
あのコスプレじみた服を脱がせて、やることやってしまいたいというのが正直なところだったが、俺はこいつのやたらと積極的なところが気に食わなかった。
そんな俺を見て、エレシュキガルは肩をすくめてため息をついた。
「はいはい、分かりましたよ。今あなたがいたのとは違う世界に、自分で自分に魔術をかけて自殺した魔術師がいます。まだ死んでからそんなに時間は経ってません。そこで、その死にたてほやほやの身体にあなたの魂を流し込もうというお話です」
「それで俺に何の得があるんだ」
「全てはあなたの行動次第。ちなみに生前の魔術師さんは、森の中の小屋で毎日完璧に覚えてる魔導書読んで、木の実食べて暮らすスローライフを飽きもせず送ってましたよ」
「それならさっさとあの世に送ってくれ。そんなつまらん生活はしたくない」
エレシュキガルがまたため息をつくと、俺に近づいてきた。特に動かずにいると、こいつは俺に胸を押し付けながら背伸びして耳元で囁いてきた。
「あなたの行動次第と言ったのに。実は魔術師さん、王宮から度々スカウトが来ていたんですよ。しかもそのスカウトというのが、とびきり綺麗で剣の腕も立つ女騎士さん。彼女、生前の魔術師さんにはベタ惚れだったみたい」
「……俺がそんなんで釣れると思ってんのか」
「思ってます。だって、もうこんなにビンビンにして」
エレシュキガルは俺の股間をさすった。俺はその手を払い除けた。わざとらしく手を揺らすこいつにむかっ腹が立ったが、スローライフ以外の可能性があることに興味が湧いた。
「一応聞いておくが、そいつの”最強”というのはどういう意味なんだ」
「文字通りです。魔術師として上回る存在は誰もいません。王宮が何度も何度も懲りずにスカウトするぐらい、国家レベルの重要人物でした」
「俺はそのスカウトを受けてしまってもいいわけか」
「もちろん」
俺はかなり乗り気になっていた。そんなすごい奴になれるなら、死ぬ前よりかなり良い生活が出来るだろう。死んでしまったことすら覚えていないということは、どうせ大した人生ではなかったはずだ。
ただ最後に一つ気がかりなことがあった。
「そいつの力を俺はちゃんと使えるのか?」
「はい。魔術師さんが持っていた魔術の知識と技術はあなたに引き継がれます」
「それなら……その話乗った。こんな場所にいるってことは俺はもう死んだんだろう? なんかすごい奴に乗り移ってやり直すのも良いな」
エレシュキガルは満面の笑みを浮かべて俺を見上げた。そしてその銀色の目を指差しながら、再び顔を寄せてきた。
「じゃあ転生の儀式をしましょうか。儀式といっても大したことじゃありません。私の目をしっかり見てキスしてくれれば、それであなたは最強の魔術師です」
「……それ本当に儀式か?」
「なんか魔法陣描いておどろおどろしいことするのだけが儀式をじゃありませんよ。ほらチューしてください、チュー」
俺はエレシュキガルにキスした。エレシュキガルの目が銀色の光を放ち、俺の視界は銀色に染まった。ぼんやりしていく頭にどことなく冷たい声が響いた。
「せいぜい、良い人生を。あなたの欲望のサポートはしますから」