第二話
それから程なくして、目的地へと着くと、俺は後ろを振り返り。
「ついたぞ。ここが――」
「はぁぁ。凄い。凄いです。ここが、芸才学園」
俺が紹介しようと思ったのに。なんて野暮なことは、彼女の顔を見て飲み込んだ。向日葵のような笑顔を見てしまえば、微笑んで見守ることしかできまいて。
でもそうだな。芸学の生徒がここを初めて訪れれば感嘆し、目を奪われて、そうでなくとも彼女のようにドキドキやワクワクを胸にすることだろうさ。
国立芸才学園。通称芸学。
芸学が学園と名称されている理由は、その形態にある。
芸学は二つの高校と二つの大学に分けられており。元々は四つの大学を一つの学園にまとめたからそのような形態となっているのだ。
だからこそ、正門は『三つ』ある。四つでは無く、三つ。
向かって右の門を越えれば、側道の種々様々な桜が出迎えてくれる。時節柄殆どが枝葉のみを晒す中、今は高嶺桜の亜種だけが咲き誇っていた。校舎へと繋がるその道は、常に何らかの桜が咲いていることから『万年桜道』と呼称されている。
そして一際大きな中央の校門、通称『中央門』だが、これが少し特殊で、校門を越えれば二手に道が分かたれているのだ。
右の道は竹林に囲まれており、左の道は蛙や亀や鯉の住む池に囲まれている。いずれも厳かで、静謐な雰囲気を漂わせている。これらの校舎へと繋がる道は、個別には『右和道』、『左和道』と呼ばれている。
万年桜道と右和道は高等部の校舎だ。単純に成績によって選別され、優れた高校生が右和道を歩む。そして左和道は大学へと通じているのだが、大学における選別の基準は特殊で、一概に生徒個人の成績が判断基準では無い。その上で、左和道を歩む生徒は劣り組と蔑称されたりもする。
とは言え、芸学に通えるだけで非凡な才能を秘めているのは間違いない。生姜谷には、駅から三キロ圏内に都合二十二の高校や大学が構えているが、その中でも芸学は生姜谷はおろか全国でも最難関の教育機関である。
そんな芸学に通う生徒の更に一握りが左の校門を潜る。校舎へ至る道には、ただ赤レンガが敷き詰められているだけで、この道を――『無道』と呼ぶ。
四つの校舎やそこへ至る道がそれぞれの特色を表すような風体をしており、かつ巨大な面積を有している。故に彼女のように校門の手前で感嘆する生徒もままいるものだ。
「それで、君は高校生で良いんだよな?」
「はい……そう言えば、自己紹介がまだでしたね。私の名前は――」
「あー。やめいやめい。袖触れ合うも他生の縁とは言え、もう会うことも無いだろうさ。俺みたいな些末な存在を忘れ、君は自らの才能を実らせることに注力すべきだ」
本心からの言葉だったが、彼女は訝り気だ。
「先ほどまでナンパ男を絵に描いたような様相だったのに、どういう腹積もりなんです?」
「言葉通りだよ。信じてもらえないなら結構。それで、君はどっちの道を進むんだい?」
高校生なら、万年桜道。あるいは、右和道しかない。
少女はそれら二つの道を見比べるようにして眺めてから。
「確か、この右和道だったはずです」
「そうか。じゃあ、行ってらっしゃい」
彼女の背を軽く押した。
踏鞴を踏みながら振り返る彼女に、恭しく一礼をする。
「前途ある若者よ。ボーイズビーアンビシャス」
「私、ガールですよ?」
クスッとおかしそうに笑う彼女。そこに、かのクラーク博士は少女も含めた若者へその言葉を投げかけたのだと説明する気にもなれず、俺も黙って笑みを返した。
程なくして、彼女はお礼の言葉を口にしてから翻って歩き出した。中央門を潜り、右和道を優雅に軽やかに。
彼女が校舎へと入るのを確認して、空を仰いだ。
空は青かった。まるで門出を祝うかのよう。
あの蛙は無様に死んでいた。よくある光景。よくある結末。
けれど、どうして蛙は車道に出て死ぬのだろう。バカだから? 浅はかだから?
……あるいは。
俺は鼻を鳴らして歩き出す。
偶には行ってやろう。向かってやろう。無道と呼ばれる道を、歩んでやろう。