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カエルの悪あがき  作者: 夜鷹亜目
井の中の蛙編 其の壱
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第一話

 蛙が仰向けに死んでいた。

 アスファルトの上、恥ずかしげもなく股をお天道さんに向けて死んでいた。


 車に轢かれたのだろう。せんべいみたいな薄さで、死んでいた。

 俺はそんな蛙を一瞥だけ送って目を逸らした。誰がこんな蛙をまじまじと見る? 物好きでも二秒で飽きる。けれど俺の胸中に浮かぶのは別の思い。それは――。


「――って、あれは、かわいこちゃん!」


 目を逸らした先には見目麗しい後姿の女性。こりゃ据われてない膳でも食わぬは恥晒し。

 つーわけで、俺はカエルがくたばっていた小路から躍り出て、人が行き交う大通りを歩く彼女の背後に忍び寄ると、小さく咳ばらいをしてから声をかけた。


「やぁお嬢さん。僕というミツバチを誘うなんて、君はなんてイケない花なんだ」


 ファサっと瞼にかかる前髪を払いながら微笑みかける。と、彼女は足を止めて振り返ってきた。なるほどやはり美女だ。俺の目に狂いはない。……が、その美女の動きは無機質めいていて、なおかつ俺に向けて浮かべた笑顔も無機質そのものだった。


「何か御用でしょうか?」

「いや……お勤めご苦労さん」


 白けてしまい、軽く返事をして俺は歩き出した。

 ちらりと後ろを窺うと、彼女――いや『それ』は、俺と反対方向へ進み出していた。

 あれは『アンドロイド』だ。外国は元よりこの日本にもアンドロイドは存在する。


 とは言え、まだまだ一般家庭には高価すぎる代物であるため余り見かけない。特に、私有地外で行動を認められたアンドロイドは極々少数。六月初旬の現在、今年路上で俺が見かけたアンドロイドは十体にも満たない。

 運が悪かった。折角ナンパしようとした相手がアンドロイドだったなんて。カエルの死骸を見て気分を害されていたとはいえ、大槻渡、一生の不覚。と。


「あの、すみません」

「ん?」


 澄んだ声に振り返る。と、くりくりっとした瞳が印象的な、ツーサイドアップの美少女が俺を見ていた。先ほどのアンドロイドではないし、無機質めいた印象も無い。しかも装いは夏物のセーラー服。間違いない。JKのかわいこちゃんだ。

 俺はルーティンのように淀みなく前髪を払いながらクールに微笑む。


「おおジュリエット。僕と言う月の引力に誘われてしまったのかい。僕もまた君を惹きつけてしまうイケないムーン。どうせならここいらでお茶でも一緒にしばきに――ってちょい待ち! どうして立ち去るのさ!」

「いえ、話しかけるお相手を間違えてしまいました。それでは」

「間違えてないよ! ジュリエットが話しかける相手はこのロミオだよ!」


 しかし美少女はスタスタと歩き去ってしまった……と思ったら、近くを歩くサラリーマン風のおっさんに声をかけ始めた。

 足を止めたおっさんに告げた、少女の言葉が俺の耳に届く。


「あの、道を教えて頂きたいのですが」


 俺はすかさずクラウチングスタートの構えを取ってから駆け出した。そしておっさんと美少女の間にサッと手を繰り出す。


「話は聞いたぞジュリエット。このロミオを差し置いてこんな鬼畜外道なおっさんに道案内を頼むだなんて俺は悲しいぞ」

「き、鬼畜外道? 君、初対面の相手に失礼だと思わな――」

「黙れロリコン! 娘ぐらいの年の子に色目を使いやがって。恥ずかしいとは思わんのか!」

「言っていることが滅茶苦茶すぎるだろう!」


 眉間に皺を寄せるおっさんを、俺は自分の顎に手を添えながら見返す。


「ふーん。じゃあ何か、この女の子には何の魅力も感じないのか? 一切これっぽちも?」

「そ、それは」

「はい言い淀みました、はい決定です! はい、ローリーコーン、ローリーコ――」

「ぐっ、もういい、勝手にやってろ!」


 おっさんはそそくさと去っていった。正義は必ず勝つのだ。

 俺は清々しい気持ちで振り返る。


「さて、道案内なら俺にお任せ――ってまた立ち去ってる!」


 先ほどよりも足早に立ち去ろうとする少女。慌ててその後を追い、怒らせ気味の肩をポンポンと優しく叩く。


「道案内してほしいんでしょ? 俺がするから待ってよジュリエット」


 すると彼女は勢いよく振り返り、心底怒ったような顔で金切り声を上げた。


「先程から何のつもりですか! ストーカーですか? 警察を呼びますよっ!」

「おぉう。どうどうどう。一度落ち着こう? ほら、吸ってー吸ってー、吐いてー」

「ラマーズ法なんてしません! 本当に警察呼んで欲しいんですか!」

「ひっひっふー! ひっひっふー! ひっひっひーのふっふっふー!」

「……必要なら、救急車呼びましょうか?」

「ひっふ――ノンノンノン。止めてくれ、止してくれ。君からそんな冷たい視線を向けられても、俺のこの熱いハートは――冷めないぜ? ひゅー! ひっひっひゅー!」

「どうやらもう手遅れのようですね」


 鼻白んだ様子で再再度立ち去ろうとする彼女を、何とか我に返って呼び止める。


「ちょい待ち。制服姿で朝っぱらからここいらを歩いてるなら、目的地は学校でしょ?」

「そうですけど……」

「学校の道に迷ってるってことは転入生? まぁ良いけど、生姜谷は学校が多いから迷う人が結構いるんだよねー。しかもそこらを歩いている人も違う街から来ている人ばかりだから土地勘のある人も少ない。だが、君はツイている。何故なら俺に出会えたから!」

「何でそんなに自信満々なのですか」


 白い目を向けてくる彼女に、俺は自分の胸をポンと叩く。


「それは、俺が生姜谷にある学校の生徒だからだよ。大体の学校の場所は把握してる」


 すると少女はぱちくりと目を瞬いた。


「え。生姜谷の学生ということは、もしかして『表現者』ですか?」

「まぁねぇ」と言って鼻っ柱を人差し指で払う。と、彼女は華やぐような声を上げた。

「私も、表現者なんです!」

「ほう。ま、生姜谷の学生ならそうだろうね。それで、どこの学校が目的地なのかな?」


 腕組みをしたまま、余裕に満ち満ちて見えるであろう顔つきで尋ねる。と。


「国立芸才学園です! 本日から転入することとなりまして」

「……」


 言葉を失し、そのままUターンすると歩み始める。が、肩を軽く掴まれた。


「ちょっと、どうしたんですかいきなり」

「ん。いやぁ。用事を思い出してね。あぁそうだ、今のご時世ネットで地図を確認すれば良いんじゃないかな。俺なんかに聞かなくても正確に目的地へ辿り着けるよ、うん」


 本当は最初っから思っていたが、道案内ついでに連絡先でも交換できれば良いなぁげっへっへと企んでいたため口にしなかったのだ。

 けれどそんな企みも無駄となった。何故なら彼女が国立芸才学園の生徒だから。

 しかし少女は俺の助言に対し微苦笑した。


「私、極度の方向音痴で。女性は結構多いって言いますけど、私も地図が読めないんですよ。だから、誰かに詳しく教えてもらえたらって――ちょぉ!」


 歩き去ろうとする俺の肩を今度はむんずと掴んできた。俺は顔を背ける。


「痛いです。止めてください、勘弁してください」

「何でいきなり他人行儀になっていらっしゃるんですか! 先程までのぐいぐい来るテンションはどこにいったのですか!」

「人違いです。警察呼びますよ」

「どうして臆面もなくそんな事言えるのか、最早怖いですね……でも、分かりました。良いです。他の人を頼りますから」


 街中。人は引っ切り無しに行き交う。しかし学生の姿は無い。それもそうだ。こっちの区画は学校が少ない。芸才学園も最寄り駅の反対側だ。確かに彼女、方向音痴みたいだ。

 俺はスマホを取り出し時刻を確認する。もう始業時間も近い。運よく芸才学園の住所を知っている人間がここを通り、道を教えてもらったとして間に合うかどうか。


 迷子の子猫ちゃんは、案の定誰に声をかけるべきか戸惑っている様子だ。

 俺は意を決し、あるいは諦めて、彼女に声をかけた。


「いいよ。連れてってやる」


 少女はムッとした顔で睨んできた。


「構わないでください。貴方に頼らなくても辿り着いてみせます」


 意地張っちゃって。顔は焦りからか仄かに赤らんでいるし、目元だって涙ぐんでる。そりゃそうか。転校初日に遅刻なんてしたら絶望だろう。しかも、あの芸学だしな。

 さりとてそれを指摘するつもりもなくて、嘆息交じりに彼女の背を押しながら歩き出した。


「な、何を」

「良いから。ついてこい」


 次第に彼女は自ら歩くようになって、俺は彼女の背中から手を離して先を歩いた。

 暫く無言のままだったが、道中気になったことを口にしてみた。


「にしても、芸学ね。つーことは、選ばれし人間なわけだ」


 無視されても構わなかったが、返事があった。


「どうなのでしょう。私は『三大表現』を専攻していません。だから、それ程期待を寄せられては無いと思います」

「ふーん。でも、わざわざ転入してきたってことは、腕に自信があるんじゃないの?」


 言ってから、意地悪な質問だろうか、とも考えたが、けれど彼女の顔を盗み見て改めた。


「いえ。自信はありません。私が転入した理由は一つだけです」


 まるで宝物を目にした少年、もしくは宝物そのもののようなキラキラと輝く瞳を彼女は見せて。


「私は、会いたい人がいるんです。ただ、それだけです」

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