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自分と本質

作者: 山川俊則

あぶらかたぶら

5年前

私はまだ若かった。


私はただ、だれか、から愛が欲しかったのかもしれない、と目の前に座っている老人は重い唇を動かした。部屋には老人が蒸していたキセルの煙が充満していた。厳かな雰囲気の書斎には、びっしりと往年のレコードが収まっていた。そして部屋の隅ではピンクフロイドのAtom Heart Motherが回っていた。そして老人は昔話、生い立ちを語り始めた。

老人は子供の頃、父と母そして、兄の元に育ったと言う。自営業の実家は何不自由なく、彼をのびのびと育てるのに十分な収入があった。そして、兄が中学校入試をすることを決めたとき、彼の運命は決まったと言う。そして同じくして老人も、中学校入試の門をたたく。老人は、褒められるのが好きだった。何かをし、その結果を誉められる。それが何よりの幸せだった。そして誉めてくれる母が好きだった。だからこそ老人は勉強を頑張れた。やればやるほど誉められる。自分は偉いんだ、と確認することができる。それが喜びだった。

そして老人は中学高校と進む間に素晴らしい音楽と出会った。老人は音楽の虜だった。中学受験で学んだ自学の努力を本気で音楽に注ぎ込んだ。老人は本当に努力を惜しまなかった。しかしそこには何か決定的に今までと違うことがあった。それは母である。老人が音楽に、自分の決めたことにどんなに熱中して、努力を重ねても母が誉めることはなかった。それどころか、母は音楽に時間を使うことを嫌っていた。そして老人はいつしか母が嫌いになっていた。努力を重ねたはずの自分が認められない。そんな母が嫌いだった。そして老人の努力は遂に身を結んだ。そこまでの努力は今の老人の音楽界での立場を決定づけた。老人は報われたかのように思われたのだ。しかし老人は天外孤独だった。

老人は締めくくるようにまた、重い唇を動かした。

確かに世間は私は、音楽と結婚したなどと綺麗に飾り付けるかもしれない。世間は私の生み出した作品を本当に愛してくれている。ただどうだろうか、私がそこまでたどり着いたプロセス、心理、哲学、私の人生を愛した人はいるのだろうか。私の過去に積み重ねた努力はその時誰に愛を受けたのだろうか。

そう言ったところでは私は孤独なのだよ。

どんなに愛の歌を作ろうが、歌詞に意味を載せようが感情を再現した粘土細工に過ぎない。形が賞賛されたとしても本質の粘土は賞賛を受けないのと同じように。わかったかい?だから君は愛される、愛すると言うことを忘れてはいけない。愛というのは他人の自分に向けられていない努力を認めて少しでも素晴らしいことだと認めてあげることだと私は思う。ただその人が行う行動にそれでいいんだよ。それこそが愛なのだ。まぁ愛を受けなかった私がいうのも皮肉だがな。老人は最後に笑いながらどこか悲しそうに締めくくった。

そして私は老人の家を出た。いつもは音楽の知識、技術を教えてくれた老人が、最後にと教えてくれたことは音楽ではなく、本質、だった。


私は、売れた。メジャーデビューもした。

素晴らしいバンドメンバーやレーベルの友達もできた。とても幸せなはずだった。好きなことでお金を稼ぎ、時間をかけた音楽を愛する人もいる。

しかし私は何か心から決定的に欠如ている感覚を持った。そして5年前、あの日の老人の言葉を思い出した。

テストだる

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