文化祭実行委員への道 9
私は大学2年生だった。
そのとき、中学の同窓会をした。
オギは、大学の部活が忙しいらしく、
同窓会をパスした。
圭一、は。私と同じ学部に進学していた。
彼の大学は、関東圏にあった。
私はずっと、圭一と話をしていた。
同じ学部のため、話題に事欠かなかった。
「藤咲、今でも思い出すんだ。」
圭一は切り出した。
「地区第二次予選に一緒に出ただろう。」
「ああ。そうね。私たちだけしか居なかった。」
私は微笑した。
彼のアップに私は付き合い、
私のアップに彼が付き合った。
お互い、お互いのウエアとシューズを持ち、応援しあった。
弱小陸上部ゆえ、だった。
靴が臭いから、と恥ずかしがった圭一は、
自分のスパイクをシューズケースに入れて
私に持たせた。
私はそんなの気にしないわ
かいであげる。と笑った。
それでも、ね。と圭一は言った。
彼は自分のスパイクを私の手から取り上げ、
シューズケースに入れてから、
私に渡した。
少年は紳士の素質を持っていた。
私たちは二人とも、この地区二次予選で敗退する。
県大会へは出場できなかった。
「馬鹿だよな、うれしかったんだ。」
圭一は笑った。
「そう。」
少年は、もう少年、ではなかった。
恥らうことを彼はしない。
なぜ、しないのか。
それは遠い昔のことだからだ。
もう終わったこと、だから、だ。
もう、あのときには戻れはしない。
「藤咲は知らないだろうけど、
お前、もててたんだぜ?」
初耳だった。
「何、オギ以外に私のこと好きな
酔狂な奴が居たの?」
へええええ~と感心をした。
初耳、というのは面白い。
「垣原、覚えてるだろ。。」
垣原!!!思い出すだけで笑いがこみ上げてきた。
垣原は同じ西校に進学した。
文化祭実行委員の
根っからのお祭り男、だ。
「何よ、3枚目ばっかりじゃない。
そういうのまでカウントする訳??!!」
爆笑した。
「あの人たちは、笑いのセンスを
私に求めてたとしか思えないわ。」
私はひぃひぃ笑った。
「ひでえよなぁ。。。」
圭一は笑った。
「圭一君は、付き合っている人、いる?」
圭一はすっかりナイスガイ、だった。
肩幅は広く、ひげなんぞ伸びた
あおぞりの後さえ目立ち(?)
はしないものの、ひげがあることは分かる。
少年の頃の面影はあるものの。
すっかり、イイ男、だった。
背もぐん、と伸びた。
指先が骨っぽく、手も大きくなった。
体の一つ一つがあの頃とは違っていた。
「ああ、いる。」
…でしょう、ね。
こんな好青年を
都会の婦女子がほっておくわけがござんせんわ。
わたしは苦笑した。
「藤咲、は?」
「嫌なこと、聞くのね?」
わたしはつん、とした振りをした。
「嫌ってお前、人のこと聞いといて、
自分のこと聞かれるの、嫌なのかよ。」
圭一は笑った。
「いない、わ、ね。
子どもの頃から、ずっと、よ?」
私は笑った。
圭一の目が不思議そうに私を見つめる。
「オギとは付き合わなかった?」
「第二ボタンのこと、言ってるの?
ああ。あれは時効だから言うけど、
他のオンナノコにあげる為だったの。
私のためのじゃないわ。」
圭一は大きなため息をつき、言った。
「おおお~い!!ひでえな。
ホント。何で言わなかったんだよ。」
声もひときわ大きくなる。
物静かな圭一からのトーンからすると
ほんとに、やや大きめ、だ。
「そうね、最低ね。」
私は肩をすくめた。
「でも、オギが居なくてよかったわ。
オギが可愛そうでしょ?
オギにはそれを聞かせたくないの。
特に、圭一君、あなたの前で、ね?」
圭一は何のことだ?とけげんそうな顔をした。
「オギには、あなたに対する
アドバンテージが無かった。
あるとしたら、そうね。
人懐こさ、かな。
でも、きっと何をしても、最終的には、
あなたに、彼は叶わないわ、圭一君。
私には分かってた。
何かの勝負をするにしろ
私に好かれているだろう、
っていう事実ぐらいしか、
その程度しか、オギは本質的には
あなたには勝てない。
多分、唯一の切り札だった。
そういうものを持つ経験をさせてあげたかった。
それだけよ。」
「わっかんねぇよ。」
圭一はちょっと声を大きくして笑いながら言った。
わかんねぇ。おれにはわかんねぇよ。藤咲、
お前、まさにミステリーオンナ、だ、と。
「オギ少年のプライドを砕きたくなかったの。
どぅ ゆー あんだすた~ん??」
私は笑った。
今度は通じたようだ。
「ほほぅ。で、俺のは砕いても、いい、と?」
彼はおどけて、眉根を寄せた。
「そういうわけ、じゃないよ。
でも、終わった、こと、でしょ?」
圭一は、ちょっと言いよどんだ。
かつて思いを寄せた女は
男にとって特別だ。
そんなフレーズが
私の脳裏をよぎった。
ああ、彼の中では、
過去の私はそうだったのかもしれない。
終わったこと、というのは
残酷な一言、だった。
「だけど、ショック、だった。」
圭一は聡明な男、だ。
こういうときもきちん、と立て直してくる。
そして、
相変わらず、素直なのは、
圭一の方だった。
私、ではない。
私の彼への好意は、
彼の私に対するそれほど、
はっきりとはしていなかった。
そう、あの塾に居たときに、
彼が、一緒の高校にいきたいと
告白したときのように。
卒業式で言いよどんだときのように。
私にとって圭一との記憶は
ほのか、に。ぼんやりと
その愛情をうれしく思った。
それを思うと胸が温かくなった。
そういう素朴なものだった。
そういう大切な記憶だった。
「圭一君。」
「ん?」
「お礼、言わなきゃ。」
「何。」
「ホントは、中学3年のとき、
その場、その場で言いたかったの。
まとめて言うわ?
文化祭実行委員になってくれてありがとう。
私、ほんとに心強かった。
私の代わりに、実行委員長になってくれてありがとう。
私してもよかったけど、ホントはできるか心配だったの。
私が特進科の内定のとき、
悔しい思いをしたときに励ましてくれてありがとう。
ものすごく支えになった。
とっても感謝してる。
中学3年生の私には言えなかった言葉よ?
でも、ずっと言いたかった。
…言いたかった…。のよ。」
私は彼の目を見つめて言った。
微笑みながら、言った。
「そういうところ、相変わらずだな。」
酒に酔ったからなのか、
彼は目をそらして、
少し顔を赤らめた。
少年の日の圭一が少し、今の彼に重なった。
全くあの日の彼を失くしたわけではなかった。
あの日々の先にこそ、今の圭一がある。
鈴木圭一と私は、夜の街に出た。
三々五々、みんな別々の道を行く。
私たちは、帰途に就いた。
気がつけば、そんな酔狂な人間は
彼と私だけだった。
いつもこんな感じで、
圭一と私は、どこか、
他のみんなと一つ違った道を
選びがちな傾向があった。
部活にしろ、文化祭の実行委員にしろ、
そして、進路選択にしろ、だ。
私たちが先に出たのは、
私は早々に入った研究室での早朝実験があった、し。
彼は、次の日、もうバイトが入っているのだそうだった。
駅で、家族が迎えに来るのを私たちは待った。
「じゃあ、また。」
今度は圭一の母親が先に来た。
私は彼女に頭を下げた。
私たちは、その言葉をかけて、別れた。
また、なんて、いつあるんだろう。
ぼんやりと駅にたたずみ、
私は一人、圭一のことを考えた。
彼はきっと今の、私のように
かつて思ったように、
私のことを思いはしないだろう。
何しろ、彼女、がいるのだから…。
折角知った過去の甘い思いも、事実も、
現実に比すれば
何年も前の遠くで上がった花火に同じ。
もう、ないもの、だ。
私の現実はもう、そこにはない。
私はゆっくり瞳を閉じた。
なんだ。今、彼に恋をしているのは、
私のほうではないか。
私はこのタイムラグにおかしみを感じ、
一人微笑んだ。
鈴木圭一は、もう、私の隣にいたあの鈴木圭一ではない。
私たちは、遠く遠く、隔たってしまったのだ。
過去の記憶を抱いて、この夜、私は眠った。