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文化祭実行委員への道  作者: 松波愛
5/11

文化祭実行委員への道 5



私たちはステージの上にいた。

委員長の圭一は、実行委員長としての話をするために、

掲示担当の真壁雅子を従えて、パイプ椅子に座っていた。

私、は司会、だった。


前日、圭一は

ノートのきれっぱしをひらひらさせて

私のところに近づいてきた。


「藤咲、あいさつ文。」

と言った。

私は顔を上げた。

自分も司会の原稿を上げていた。

字が結構よたっている。

加除訂正が重なり、ぐちゃぐちゃだ。


「ああ、実行委員長の言葉、ね?」

「そ。」

彼は笑った。


「添削しろってか?」

「ま、ね。西原先生、忙しそうでさ。」

「で、私かい。」


「直し、減る、だろ?」

少年は私の目を覗き込んだ。


私は彼の原稿に手をいれた。

それが昨日のことだった。


始めのあいさつ、

委員長の言葉。

司会をよどみなく私は進めた。

私と圭一はアイコンタクトを取った。

「出番よ?がんばれ。

ま、圭一君なら大丈夫だろうけど?」

私はそういう思いを贈って、微笑んだ。


私が検討したその内容を

彼が今、澄んだ声で語りかけている。

これまでの道筋。


この日に向けて発表者が努力をしたこと。

クラス一丸となって作り上げてきた合唱への想い。


今日がその花が開かせる時なのだ、と。

実行委員はそのために文化祭の成功に向けて

全力を挙げてサポートすること。

いい文化祭を作り上げよう。

それを作るのはあなた自身なのだ、と。

彼は、鼓舞するように、語りかけた。


私はそのスピーチが始まったとたん、

ある瞬間を思い出した。


この夏、地区の第一次予選のことだ。

圭一は、400mに参加した。

上位の地区大会、つまり第二次予選にでるためには

3位までに入賞しなくてはならなかった。


私は、既に、女子800Mで、2位で予選通過。

走り幅跳びで、標準記録突破、の2本で、

地区第一次予選の通過を決定させていた。

当時私たちの陸上部は弱小、で。

エースと言えるのは、地区の第一次予選を通過できるのは、

圭一と私ぐらいしかいなかった。


400m。決勝。圭一は弟4位につけていた。

第三コーナー。直線に入る手前。

私は仲間と、ゴールにたどり着く、直線の前にいた。


「圭一くーん!!ラストォ!ファイトォ!!」

陸上部独特の

一般的な、フアイト!と語尾を上げる言い方ではなく、

「ファイ・トォ!!」と私は言った。


周りの仲間も口々に圭一のラストへの応援の言葉を言った。

小林先生も声を枯らしていた。


彼は最後のストライドを大きく開いた。

接戦を制し、第3位。


私達は、地区第二次予選にエントリーした。

みんな、圭一が3位でゴールしたその瞬間に飛び跳ね、抱き合った。


その瞬間を思い出した。

応援している、こと、に変わりは無い。


委員長の話、は終わった。

会場いっぱいの拍手が鳴った。

私は、自分の文章の力、を知っていた。


うぬぼれ、ではなく。

多分、それは圭一も知っていたのだと思う。

西原先生のなおしはほとんど入らなかった、と

圭一は笑った。


開会式終了後、の休息で保護者の方が、

「委員長の子の話よかったわね。」

と言っているのが私の耳に入った。

私は、彼のスピーチの成功を知って微笑んだ。


私はその後の司会も、

なんら問題なく進めた。

緞帳が下り、

圭一と雅子は緞帳の中に消えた。

私は、諸注意を言い、司会の座から降りた。


これから、スポットライトを浴びるのは、参加者。

私達はそれを演出する、助ける、黒子、だ。

そして、私は、ステージ担当として、

指示を担当者に送る。

何のことは無い。

今までのリハの確認と、

ものの出し入れ、

タイムキーピングの進行状況を

見るだけだ。


それだって、担当の西原先生が

そばについているんだから、

私も、移動手伝い要員の一人に過ぎない。

圭一も、一緒に、出し入れの手伝いをした。


私達は、時には同じ袖から、

あるいは両側に分かれて、

ステージを見ていた。

中学校3年間の最後の文化祭のステージを

私達は、二度と、緞帳の下では見られない。


時間は当然、予想通り押してしまった。

予想通り、とはいえ、

少しあわてた私に西原先生が言った。


「いいの。藤咲。これで。

そういうハプニングはつき物。

大丈夫よ?一通り、終わればいいの。」

私はその言葉に安心した。


隣に圭一がいて。

「うん。藤咲、大丈夫。みんな楽しそうだし。

成功しそうだね。」

彼も、微笑んだ。

私も笑顔になった。


私は呼吸が楽になり、袖で見ることを楽しみ始めた。

参加者一人一人が輝いていた。

圭一と私は、同じ袖側にいたとき、顔を見合わせて、

と微笑んだ。


私は自分の袖側に彼がいないと、

どこかで、ステージの向こう側に圭一がいないか、

探すようになっている自分に気がついた。

彼を見つけるとほっとした。


彼はどうだったのだろうか。

私と同じ気持ちだったのだろうか。

もしかしたら、ステージであり、

文化祭という舞台を通して、

私は、鈴木圭一という少年に

ずっと前から会っていたはずなのに、

ぼんやりと感じていた彼の存在を

確たるものとして、知るようになったのかもしれない。


一番大きい存在だった、

笑いとエロの同志、「オギ」

とは全く違った存在感で。


あるいは、それは特別な好意、だろうか?

駄目。

…意識すると、惹かれてしまう。

馬鹿なこと考えるんじゃないわ。

そんな色恋をしている暇は私には無いのよ。

コントロールができなくなる。

私は不器用な自分に、苦笑した。

そして、その気づきを押し殺した

ことを今、思い出した。


私は、自分の目標である、

志望校推薦獲得、だけを

見よう、と心に決めた。


こんなときにそんなことを

決めるだなんて

全く、酔狂な話だ。


こうやって、そういったまともな可能性、の芽を

あるいは私は

自分で、摘んでいったのかもしれない。


でも、それが、私、だった。

中学3年、11月の私、だった。




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