文化祭実行委員への道 4
文化祭のスローガン、が決まった。
ステージ担当の役に就いた私は、
いうなれば、副実行委員長のようなものだった。
司会を鈴木圭一がし、私は書記、をした。
36HRは圭一と私という逸材を
文化祭実行委員会に排出する
超大貢献(?!)クラスだった。
私の、黒板に書く字の速さは折り紙つきで、
多分、学年一早かっただろう。
高校に行っても、私と同じようなスピードで
処理をする人間には会ったことはない。
つまり、それだけ、あわてモノ。ということだ。
私の放課後は
文化祭の日まで、ほとんど、
圭一の隣で過ごすことになる。
話すのは事務的な内容ばかりで、
色っぽいことなど、ほとんど無い。
私が読んでいる本の名前を教えてあげると、
彼は微笑みながら、でも、ため息をついた。
「藤咲、やっぱり、お前、藤咲、だな。」と。
安岡正篤なんざ、
死んでも、中学生が読む本ではない。
でも、私は読んでいた。
とうちゃんが読んでいたからだ。
説明など、一言でよかった。
「人間学、の本、なの。」(にやり)
それだけで、圭一はその先の内容を
追求することをあきらめた。
圭一は微笑が似合う少年だった。
オギのようにぎゃはぎゃは笑う、のとは違う。
どちらが好みか、といわれたら、
中学校3年生のわたしは
圧倒的にオギ、だった。
ときどきオギは
超バカな遊びを開発した。
わたしも一緒に実は行ったのだが、
中学3年生のオンナノコがやるとは思えない
小学生チックな遊びで恥ずかしいので、
ここには書かない…。
きっと絶対、他のオンナノコはそんな遊びはしない。(とほほ)
でも、奴と付き合いたい、
と思ったわけでもない。
私はそういうことを同級生に対して
要求したり、思うオンナではなかった。
それに、他のクラスの友達がオギを好きだったので、
奴の情報を私はリークする諜報作業員
としての役割も担っていた。
それをオギは多分今でも知らないと思う。
圭一と私は図書室からグラウンドを見下ろした。
2年生が、ハードルの準備をしている。
私は、下級生に大きく、大きく、手を振った。
1年生の女子が気づいて、
「藤咲せんぱ~い!圭一せんぱ~い!!」
と手を振る。
横を見ると、
圭一がちょっとテレながら手を振っていた。
少年は、こういうところが優しい。
かわいいな、と思った。
「恥ずかしかった?」
と私は、圭一に聞いた。
「グラウンド…。」
「え?」
「走ってたんだよなぁ…。」
圭一の専門は400Mだった。
400Mは一番キツイ種目だ。
短距離のスピードを持続させ、
かつ、中距離のスタミナも併せ持たなくてはならない。
厳しい種目だ。
私達は、大会が近づくと、スパイクの紐を結び、
針をくつの裏にねじりこんで埋め込み、
グラウンドに立った。
もう、3ヶ月以上前のことだ。
アスファルトの上を歩くとカツカツと音がする。
大会のステージは、整備されたトラック。
私達の土のトラックとは違う。
記録はいつも、
その大会に行くたびに伸びた。
環境が整備されていたからだ。
「ああ、そうだね。」
私達の間を、かぜがすうっと。通り過ぎた。
文化祭まで、後、1週間。
かきいれどきだ。
「さ、戻るか。」
圭一は笑った。
私達は、実は西原先生に
図書室にあるという模造紙をとりに来ただけなのだ。
そのついでに、下級生に愛想をふりまいた。
そんな、グラウンドを見ていて
暇つぶしをする時間など、
そうそうあるわけでもない。
でも、心がほっとした。
受験のプレッシャーや、実行委員としての
作業、に私達は心を砕いていたから。
そういうほっとできる時間が必要だったのかもしれない。
今思い出しても、
ベランダに彼を誘ったのが私だったのか、
あるいは、彼だったのか
よく覚えていない。
覚えているのは、一緒に夕方のグラウンドを彼とともに
見晴らした事実だけだ。
鈴木圭一を思い出すのは
やはりこういった些細な場面、だ。
静かに、でも、確かにあった日常。
でも、その一つ一つが静かにあたたかく
残っているのは一体
どういう記憶の作用なのだろうか…。