第一章 向日葵(ひまわり)の季節 ⑧
「やばっ、超可愛いし、あたしやっぱり超絶美少女だわ!」
「うひいいいい! ナゾの美女がいきなり出現! どうなるあたしーっ!?」
同じ声、同じノリで騒ぐ二人の日向葵。はた目にはやはり姉妹にしか見えない。
ちょっと微笑ましい光景ですらあったが、僕の心は破滅のピンチだ。
「あ、あ、あ……。終わりだ、もうなにもかも終わりだ……」
「何が終わるというのでしょうか」
のんびりと後ろからついてきていたミドリコが、僕のそばにやって来た。
「いやだって、過去と未来が遭遇したら、タイムパラドックスで世界が壊れて……」
その言葉にミドリコは目を細め、やれやれといった表情でフーッとため息をついた。うんざりするほど人間くさい態度。
「その発言の分析が完了いたしました。貴方は先ほどのわたくしの説明をごく低レベルでしか理解していなかったようですね」
「え」
「あそこにいる二人の葵は、あくまでも違う世界に存在している別の人間です。サイエンス・フィクションにおけるタイムパラドクス、過去改変による矛盾の発生など起こるはずがありません」
「だ、大丈夫なの?」
「問題ありません。むしろ問題なのはこれしきの理解すら得られなかった貴方の知能のほうです」
……ホントにこいつはひと言多い。
二人の日向葵の様子を見ると、なぜか彼女たちは抱き合って身体を撫であっていた。
「よーしよしよしよし、あたしはやっぱりかわいいね~」
「よ、よーしよしよしよし、お姉さんもなんかあたしに似てかわいいね~」
動物でも撫でているかのような。
何やってんだあれ?
意味不明なスキンシップを続ける二人の横を通り抜けて、ひなちゃんと一緒にいた女生徒が僕に近づいてきた。
ストレートの黒髪を背中までのばした、正統派な感じの子。制服のリボンの色で確認すると、ひなちゃんと同じ一年生。もしかしてひなちゃんと一緒にいたバスケ部の子かな。
女の子はいちおう先輩である僕に一回頭を下げて、話しかけてきた。
「あの、さっき正門でお会いした先輩ですよね?」
「あっはい、そうです」
「あの人ってひなの親戚かなにかですか。すごく似ていますよね」
「え、えーとね……」
どうやら彼女はひなちゃんの友達なので、家族構成とかも知っているようだ。そっくりだけど姉なんていない、なら親戚か? と推理した模様。
しかし何と説明したものか困る。僕だって『未来からきた』なんてトンデモ話を聞かされたのは、ほんの小一時間前のことなのだ。
「さっき先輩はあの人と腕を組んでいましたよね」
少女の目つきが険しい。
「二股かけていたんですか、それも親戚となんて、汚らわしい!」
「えっ、ち、違うよ!」
僕はとっさにミドリコに助けを求めた。だが人型ロボは沈黙無表情。
「何が違うっていうんですか、私のひなに何するつもりだったんですか!」
なんだ『私の』って。
「とにかく誤解だって。二股とかそんなんじゃなくって、あの人は今日はじめてうちを訪ねてきて……」
「信じられません!」
彼女はプイっと横を向いてしまった。
どうしたらよいのか分からず、オロオロするばかりの僕。そんなちょっとした沈黙にミドリコが口をはさんだ。
「貴女は高遠りりあさんでしょうか?」
「は? そうですけどあんた誰?」
ミドリコは深々と頭を下げた。そして両手で自分の頭をつかむ。
「申し遅れました、わたくしこういう……」
「うわわ、ストップ、ミドリコさんストーップ!」
僕は必死にミドリコを止めた。こんな人込みで喋る生首なんて見せたら大パニック間違い無しだ。
「なぜ止めるのですか、この方法が最も効率の良い自己紹介なのですが」
「目立ちすぎるでしょ、大事な仕事でこっちに来てるんじゃなかったの!」
「この程度の人数に見られたところで任務に支障が発生する確率は低いのですが、そこまでいうのであれば止めておきましょう」
そう言ってミドリコは姿勢を正した。ふーっ、心臓に悪い。
「なんなの、あんた達」
高遠りりあと呼ばれた少女はこの上もなく不審そうに僕たちを見ている。
そんな彼女にミドリコは急接近し、ジーッと凝視しながら確認(?)を始めた。
「高遠りりあ十六歳、日向葵と同じ高等学校に通う友人。得意スポーツはバスケットボール」
本人を目の前にして無表情に語るその姿は、なんとも気味が悪い。高遠さんも一歩下がって露骨に顔をしかめた。
「きっ、キモっ、マジでなんなの気持ち悪いんですけど!」
ミドリコはお構い無しに言葉を続ける。
「趣味は女性の体臭を嗅ぐこと。特に後ろから抱き付いて後頭部や首筋の臭いを嗅ぐことを好む。その様子からついた悪名が『吸血鬼リリア』」
「何だそのゲームキャラみたいな名前」
「うるさいっ、何言ってんのよこんな所で!」
真っ赤になって叫ぶ高遠さん。でも否定はしないみたいだ。
マジですか……。そういう趣味はちょっと嫌だな。
彼女はキッとこちらを睨みながら怒鳴る。
「何よその目、男には興味ないんだから関係ないでしょ!」
いやそういう問題じゃないんだが。
「アーアーアーッ! そんなことどうでもいいでしょ、今はあんたたちの話でしょ、汚れた二股ヤローを処刑するのが先でしょ!」
「だから二股なんてしてないってば!」
混沌とした言い争いが激化してく中、騒ぎを聞きつけて二人の日向葵が近づいてきた。
「リリアちゃんっ!」
笑顔で抱きつく葵さん。表情にも行動にも、まったくためらいが無い。
「ちょ、ちょっと、いきなりなんですかアンタ」
高遠さんは受け止めつつも不満タラタラ。
「ホラホラ~いいからかいでかいで~、百聞は一見にしかずっていうでしょ!」
そう言って葵さんは自分の肩あたりを彼女の顔に押しつける。
鼻では聞くことも見ることもできませんよ。なんて揚げ足取りをしたくなったが、まあやめておこう。
「もう、何だってのよ」
好物(?)を押しつけられた高遠さんは、迷惑そうにしながらも葵さんを『吸った』。
「えっ」
ほんの一息で高遠さんは顔色を変えた。
「そんな、嘘でしょ」
もう一度吸う。葵さんは何やら勝ち誇っているようにも見える。
「ひな!?」
「うんっ!」
高遠さんはもう一度、スーッと音がするほど葵さんを吸った。
「ひなだわ、あなたは間違いなくひなだわ!」
「うん、そうなの!」
抱き合いながら大騒ぎしている女二人。まあ日常的に見かけない事もない風景なので周囲の人々はチラチラ視線をやりながらも、無言で脇を素通りしていく。
吸血鬼の謎な能力に驚いているのは、僕一人だ。
「……なんでこの子、いきなり葵さんの正体に気づくわけ?」
「彼女の嗅覚は、常人のそれをはるかに上回るのだそうです」
ミドリコが僕の隣でクールに解説。
「中学生時代、修学旅行中の夜、高遠りりあは目隠しおよび両手両足を縛られた状態でクラスの女子全員の匂いを嗅ぎ、完璧に名前を言い当ててみせたそうです」
「マジでモンスターかよ!」
っていうかなぜ縛る必要があったのか。匂いを当てるだけなら目隠しだけでいいじゃないか。
「そこはホラ、もりあがりすぎて悪ノリしちゃったんですよね~」
若いほうのひなちゃんが僕の疑問に答えてくれた。
「ユカタのオビで目かくししてー、みんなでキャーキャー言ってるうちにだれかがりりあちゃんを縛りだしちゃって~」
「へ、へえ」
僕の脳裏に、浴衣姿のりりあちゃんが拘束されて布団に転がされている絵が思い浮かぶ。
「縛ったのはアンタでしょうが! わたし忘れてないんだからね! あと変な妄想するなこのヘンタイ男!」
やったのはひなちゃんかい! ちなみに僕は変態ではない、たぶん。
「あ、おぼえてたの? えへへへ」
頭をポリポリかきながら笑うひなちゃん。
マジ可愛い。
とか言っている場合じゃないな。
「で、センパイ、この人けっきょくだれなんです?」
「あ、えーと、ね……」
「別の世界からやってきた十九歳の日向葵です」
ミドリコがアッサリ白状してしまった!
この人たち情報管理が雑すぎ!