第一章 向日葵(ひまわり)の季節 ⑦
「よーしゲーセンいこうゲーセン、あたし音ゲーの天才だったかんね!」
「う、うん」
葵さんは超ハイテンションで僕の腕を強く引っ張る。ちょっと痛いけど嬉しい。
なんかもう、本当にこれは恋愛だ。わざとらしいくらい恋愛っぽい恋愛だ。
ひなちゃんとこんな風に街を歩くシーンを、僕は何度も妄想してきた。
思いもよらぬ形だけれど僕はついに夢をかなえたんだ。最高の気分だ。
「お二人に警告いたします。もう少し常識と恥じらいをもって行動するべきです。周囲の人々が貴女方に対して『リア充爆死しろ』『今すぐあの二人の頭上に隕石が落ちればいいのに』『氏ね、氏ね、氏ね』などの罵詈雑言を脳内で狂おしく叫んでいる可能性があります」
……このミドリコがいなければ、もっと幸せだったのに。
「それアンタがさけんでいるんじゃないのぉ?」
たちまち不機嫌になった葵さんがミドリコに言い返す。だがミドリコはクールに反論。
「機械であるわたくしが人間の生殖行動および関連する様々な行為に何らかの負荷を感じるはずもありません。只今の警告はこの時代における男女の嫉妬心を端的に表現した文言です。貴女はいまだにその程度のことすら理解できずにいるのですね」
いやあの、生殖行動ってそんな。
「ホンっとに口のわるいヤツ!」
「申し訳ありません、製作者の趣味です」
「フンガー! いやなやつ、いやなやつ!」
また漫才がはじまった。これ以上問題がこじれないよう、僕はなけなしの勇気を振りしぼって口をはさんだ。
「あ、あのっ、ミドリコの言う趣味ってさ、具体的にはどういうものなの?」
僕の問いかけにミドリコは一秒ほど沈黙、そして表情ひとつ変えず答える。
「わたくしのような容姿の美しい少女に、己の性癖を侮辱されるのが至上の悦楽である。という趣味です」
「生粋のドMかよ」
「いえ、わたくしの製作者の性癖は肉体的な蛮行を好みません。あくまで言語、表情、声色、ため息、鼻音などによる文化的な責め苦のみを愛するものですので、貴方の言う『生粋のドM』という定義には当てはまりません」
文化ってなんだっけ……。僕の知っている日本文化とは絶対にちがう気がする。
「ご希望とあればわたくしの製作者が個性的な性癖を抱くにいたった、惨めな思い出の数々をご説明いたしますが?」
「いいえ、結構です、ちっとも聞きたくないです!」
聞けばスラスラと答えてくれるだろうけれど、頭が痛くなるような内容しか言わないと想像がつく。僕はキッパリ断った。
「もう、そんなのほうっておいてはやくいこう、そいつとあんまりマジメにつきあってたら心がくさっちゃうよ!」
「う、うんそうだね」
葵さんが僕の腕を引っ張る。駅前はもうすぐそこだ。
「なっつかしいなあ~、そうそうこんな感じだったよねえ~」
ものすごく嬉しそうにしゃべりまくる葵さん。引きずられるようについていく僕。
チラッと後ろを見るとミドリコが静かについてくる。よく考えたらずいぶん失礼なあつかいをしちゃっているけど、彼女は変わらぬ無表情でふてくされた様子もなくついてくる。
ロボットなんだよな。本当に感情は無いんだよな。
自分の心にそう言い聞かせないといけないくらい、彼女の外見は人間らしい。TVのニュースやコマーシャルで人間みたいに会話のできるロボットを視たことがあるけれど、ミドリコの完成度はそんなものを圧倒的に凌駕している。
たった四年後にこんなものが存在しているわけはないよね。
僕は少しずつ、葵さんたちが住んでいる世界の状況が想像できてきた。
彼女たちが住む世界は確かに四年後なのだろう。だけど彼女たちの生活レベルは四年どころか、もっとずーっとずーっと未来のレベル。
なんでそんなにも時間差がついているかっていうと、やはり二人がこの世界に現れた理由と密接な関係が……。
「あーっ、センパイみーっけ! せんぱーい、ユウせんぱーい!」
そんな事を考えていたら、やけに離れた場所から葵さんの声が。
「あれ、葵さんいつの間に」
……って待て、そんなはずは無い。葵さんは僕の腕に抱きついている。
じゃあこの声の主って、現在のあの子しかいないじゃん!?
ドキドキドキ。
不思議なもので葵さんが今ここにいるというドキドキと、ひなちゃんに出会ったというドキドキは一緒くたにはならないみたいだ。
どっちもドキドキ。嬉しいんだけど胸が苦しい。
しかし次の瞬間に、ふと嫌な予感がした。
はて未来と現在の同一人物が出会うのって、SF的に超ヤバくなかったっけ。
このままだとタイムパラドックスで世界がぶっ壊れる!?
「あ、葵さん、やばいです、逃げましょう」
至近距離にいる葵さんに小声で話しかける僕。だが葵さんはそんな僕の配慮に一切まったく毛筋ほども気づいてくれなかった。
「うおおおーっ、世界一の超絶美少女はっけーん!! グッドイブニングあたしーっ!」
なんと葵さんは僕から離れてひなちゃんに突撃。
「ちょっとお!?」
僕の静止も間に合わず、葵さんはひなちゃんに飛びついた!