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第一章 向日葵(ひまわり)の季節 ⑥

「にげないで、ちゃんとみて!」


 彼女は両手で僕の頭をつかまえて、自分のほうに向き直らせた。


「ホラ、ひなだよ、日向葵だよ?」


 鼻と鼻がくっつきそうなほどの至近距離で向かい合う僕たち。興奮しすぎて頭がパンクしそうだ。

 ちなみにホラ、と言われても近すぎてかえってよく見えなかった。


「話が進みません離れてください葵。発情するのは夜だけでじゅうぶんでしょう」


 ミドリコが無礼千万なことを言いながら僕たちを引きはがした。そして僕に話を向ける。


「融通のきかない貴方にもご理解いただけるよう、段階的に情報を開示いたしますのでご静聴ください。よろしいですか? よろしいですね?」


 感情のこもらない目でジーッと見つめられると怖い。なんだか背筋が寒くなってきたので素直にうなずくことにした。


「このメス猿はまぎれもなく日向葵です。こちらの世界の日向葵と『ほぼ』同一の存在だと断定してしまっても、『実質的に』問題はないものと思われます」

「ほぼ?」

「はい。現在この場は貴方にとっては『現在』でありましょうが、我々にとっては『四年前の世界』なのです。それは理解できますか?」


 僕はうなずく。もちろんそのくらいの『設定』は察している。


「しかしこの世界に存在する葵と、ここにいる葵の四年前の姿が、完全無欠な意味で同じとは断言できないのです。もしかしたら体脂肪が十キログラム多かったかもしれません。胸囲が五センチ小さかったかもしれません」

「なんで体重がおもいのに胸がちいさいのよ!」


 四年後のひなちゃん(仮)が激しくツッコミをいれた。緑頭は動じない。


「例えば、の話です。身長が一メートルだったかもしれません、二メートルだったかもしれません。体重が二十キロだったかもしれません、百キロだったかもしれません。貯金がゼロ円だったかもしれません、百万円あったかもしれません。すべてが仮定の話であるからにはどのような条件であったとしてもそれは……」

「わかった、わるかったごめん、話をつづけて」


 四年後のひなちゃん(仮)は相手の口数の多さにうんざりして、あっさり降参した。それにしても嫌味たっぷりでよく喋るロボットだ、首だけの姿を見ていなければ人間だとしか思えない。

 それはさておき、緑頭の人型ロボットが語る話は、ちょっと予想していなかった方向へ走りだした。


「葵は単細胞なので先ほど『未来からきた』と不正確な説明をしました。正確にはこの世界の四年後ではありません。『時間が約四年ずれている別の世界』から参りました」


「……なんか違うのそれ?」


「パラレルワールドです。合わせ鏡の向こう側に存在する別次元の世界です。こちらの世界にも異世界を冒険する物語が存在しているでしょう。男が女に入れ替わっていたり、魔法や超能力を使う世界になっていたりする物語が存在しているのではありませんか」


 ……なんだか別方向のうさん臭さがただよってきたぞこの話。


「同じような世界なのに環境が違う。これらはいわば『横』にならんだパラレルワールドなのです。このわたくしと葵は、時間が約四年ずれている『縦』にならんだパラレルワールドから参りました」


 SFかと思っていたらファンタジーだったよ彼女らの『設定』。


「こちらの世界に着いてすぐ確認しましたが、我々の世界の四年前とほぼ変わりありません。深刻な差異はない可能性が高いという計算結果が出ましたので、予定通り貴方のお宅を訪問したというわけです」

「へ、へええ」


 訪問って、僕が家の中に入れたわけじゃないんだけどね。この人たちが勝手に入っただけなんだけどね。


「というわけで、これからよろしくねユウさん!」


 四年後のひなちゃん(仮)が僕の右腕に抱きついてきた。

 む、胸が……、温もりが……、匂いが……!


「そ、そそそそれで、こっちの世界にどんな御用が?」


 はげしく動揺しつつも彼女らにあわせて会話をつづける。二人の言うことを丸ごと信じたわけではないが、話を打ち切って追い出すほどでもない感じ。


「あなたに会いにきたんだよ」


 満面の笑みをうかべる四年後のひなちゃん(そろそろ違う呼び方を考えよう……)だったが。


「葵、わたくしたちは遊びに来たのではありません」


 横から冷たく言われて、彼女は急に表情をかたくした。


「……私は、ユウさんに会いにきたんだもん」


「では引き続きわたくしが説明を」


「やめて!」


 彼女は急に大声をだした。かなりシリアスな声色だった。


「まって、もうちょっとだけ時間をちょうだい」

「これは貴女が望んだ任務です、葵」


 緑頭の表情は変わらなかったが、口調には明らかな非難の色がある。しかし彼女は食い下がって諦めない。



「一日だけ、一日だけこのままでいさせて、一生のおねがい!」


「貴女には重要な任務があるのですよ葵、私情に溺れて男と遊ぶなど言語道断というものでしょう」


「わかってる、けど!」


 緑頭の機械はなかなかわがままを許してはくれなかったが、必死に食い下がる彼女のしつこさに、ついに妥協した。


「まあ、本日はもう日が暮れてしまいました。わたくしのような超高性能ロボットと違い、脆弱な貴女がた人間には十分な休息が必要です」


「えーっと、つまり?」


「二十四時間の黙秘、という常識のかけらも無い戯言は許容できません。ですが明日の朝七時まで……という条件を守れるなら、任務への支障を最小限に抑えることが可能です」


「やったーっ!」


 葵さん(こう呼ぶことにしよう)は僕の頬にキスをした。ちょっと湿り気をおびた柔らかい感触は、もちろん初めての体験だ。

 なんでこうなっているのかちっとも分からないのだけれど、四年後の僕たちはどうやら恋人同士になるらしい。


 ついさっきまでこの時代のひなちゃんは僕のことを異性として、まったく意識していなかったのに。僕はいったいどんなミラクルを起こしたのだろう?


 どうも四年後の葵さんは複雑なお仕事を抱えているようだけれど、それと関係があるのだろうか?


 わけの分からないことばかりだけれども、それでも彼女の笑顔はやっぱり可愛くて、元気いっぱいで。その大輪のヒマワリのような魅力は僕が恋焦がれたひなちゃんの笑顔だ。

 ちょっと甘いかもしれないけれど僕はその笑顔を見て、葵さんたちの話をとりあえず信じてみることにした。


 この笑顔が別人の物まねだとは思いたくない。

 そして何より、永遠に失ったと思っていたこの笑顔が僕だけに注がれているという、夢のような出来事が本当に嬉しくてたまらなかったんだ。


 とりあえずコーヒーでもいれようかと台所に行ったところ、テーブルに現金と母の書いた置き手紙があった。


『お父さんの会社の方が急にお亡くなりになりました。いつ帰れるか分からないのでこのお金で何か食べておいて下さい』


 二階でさんざん大騒ぎしていたのに親が何も言ってこない理由はこれだった。たぶん深夜まで帰ってこないだろう。

 べつに隠すことでもなかったので葵さんたちに告げたところ、彼女は飛び跳ねるように立ち上がった。


「じゃあデートしよう、この街、すっごくひさしぶりなんだもん!」


 葵さんは未来で転校でもしたのだろうか? 

 彼女がそんなことを言うので僕は快諾。三人で夜の街にくり出したのだった。

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