第一章 向日葵(ひまわり)の季節 ⑤
なんかいい匂いがする。そしてちょっと息苦しい。
口元に、何だかやわらかい感触が――。
「ふんぐぅう!」
超ビックリした。それが第一印象。
人間の横顔が僕の顔にくっついていた。
意識が覚醒するとともにくわしい状況がわかってくる。
僕は自室のベッドの上に横たわっている。服は学生服を着ていた。
そして僕の上にいるのは先ほど泣いていた、ひなちゃんそっくりの女の人。
彼女は何と、何と――。
僕にキスをしていた。
「ぬななななな、なんッ、なんッ、何ィィィィ!?」
飛び起きて彼女から離れる僕。
彼女ともう一人、緑色の髪をした女はジロジロと僕を見ていた。
「ホントにおきちゃった」
「これは予想外の結果です。重要データとして保存しておくことにいたします」
「何事ですかこれは、あんた僕にいったい何を!」
「いやーえっとー、あはははー」
栗毛の女性は後頭部をポリポリかきながら笑ってごまかそうとする。
そんな仕草までひなちゃんに似ていた。
「貴方がいつまでたっても目を覚まさないので、『キスでもしたら目を覚ますのではないか』と私が冗談を言ったところ、この単細胞は真に受けて貴方に目覚めのキスをしたのです」
「目覚めのキスって、そんなんで目が覚めるわけないでしょ、どこのお姫様だよ!」
「さましたじゃん」
「覚ましましたよね」
「うっ、さ、覚ましたかもしれないけど……」
今の、僕のファーストキスだったのに。
そりゃ女の子ほど強いこだわりは無いかもしれないけど、いくらなんでも寝込みを襲われるなんて、そんな。
「残念ですがあなたの純潔はそのケダモノの毒牙によって奪われてしまいました」
「わざわざ深刻な言いかたすんなよっ、トラウマになるだろ!」
「申し訳ありません、設計者の趣味です」
どんな趣味だ。
一方、栗毛の女性は少し顔を赤くしてよくわからないことをつぶやいていた。
「いやー、二回めのファーストキスもあたしってこと? なんかフクザツな気持ちだわー」
なに言ってんだ。
初回に二回目も三回目もあるもんか。
「さて、くだらないことはさておき」
僕のファーストキスをくだらないとか言うな緑頭。
「貴方にはわたくしたちが何者であるか、何のために貴方のお宅を訪問したのかを知っていただかなくてはいけません。説明に相当の時間がかかりますが、よろしいですか? よろしいですね?」
「いやぼく受験生なんで、いきなりはちょっと……」
「こちらの天然ボケ女はある組織の重要な極秘プロジェクトに参加している末端の下ッぱの最下層エージェントなのです。そしてわたくしはダメダメな彼女をサポートする最新型超高性能未来式お手伝いロボット……」
ちったあこっちの話も聞けや!
「ちょっと、だれが下ッぱだってのよ!」
「あなたです。ちなみにわたくしは末端の下ッぱの最下層と言いました。物事は正確にお願いします。貴女は本当にそそっかしい性格ですね」
「ムキーッ、腹たつ、腹たつ、このポンコツロボ!」
「わたくしに欠陥などありません。わたくしはすべての面においてパーフェクトです。貴女の身の回りの世話はすべてわたくしがしております。任務の補助までさせておいて、いったい何の不満があるというのです、欠陥があるのは貴女の思考力の方ではありませんか?」
「そ、の、た、い、ど、が欠陥品だっていうのよムッキー!」
いつまで続くんだこの漫才……。
いい加減うんざりしてきた僕をのけ者に、二人の女性はギャーギャーやかましい即興漫才を続けた。
そして数分後。
「もーいろいろめんどうくさい! とにかくまずは自己紹介っ!」
栗髪の彼女は目の前に指をだすと、空中でシャカシャカ動かした。
「はいっ、コレをみて!」
そして見えない何かをひっくり返す動きをした……ような気がする。
「……はい?」
今のパントマイムは、いったい何?
「…………?」
「…………?」
僕と彼女はお互い頭の上にハテナマークを浮かべたような表情で見つめあった。
意味不明な行動に沈黙する僕を見かねてか、緑頭の人型ロボット、ミドリコが口をはさむ。
「葵、彼はNPCを保有していないのでその資料を観ることはできません」
「あ、そっか、ゴメン!」
女性は自分の頭をコツンと叩いた。
NPCってなんだろう。ゲーム用語のノンプレイヤーキャラクターじゃないよね、きっと。
「えーっ、それじゃどうしよう?」
「紙資料は作成しておりません。言語による説明が最善ではありませんか」
二人は僕の理解できない話をしている。口ぶりからすると彼女たちが当たり前に所有しているものを、僕は持っていないという事のようだ。たとえるなら僕がスマホも携帯電話も持っていないので、連絡先の交換ができずに困ってしまった、という風な。
「よしっ、じゃあ自己紹介!」
女性は元気よく右手を上げると、ようやく名乗った。
けど……。
「あたしは日向葵十九さいです。未来からあなたに会いにやってきました!」
「……はいい?」
あんまり面白くないぞ、その冗談。
「あーユウさんあたしのいうこと信じてない!」
「いや、そりゃちょっと……」
当たり前だろう。そんなSFネタをおいそれと信じる人間なんているわけない。
「あたし本当にひなだもん、ユウさんだってさっきひなちゃんっていったもん!」
「あ、あれは既視感で」
「デジャヴじゃないってば、もー」
彼女はムキになってグイグイ顔を近づけてくる。
きれいな顔だ、可愛くって、美人で。こんな人とキスをしてしまったのかと思うと全身が真っ赤になってしまう。僕は恥ずかしくなって顔をそらした。