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第一章 向日葵(ひまわり)の季節 ④

 何はともあれ僕は道を歩いていた。

 

 心はすり減ってボロボロだったが、身体は健康そのものである。迷う事も立ち止まる事もなく、僕の足は二年通い続けた通学路を忠実になぞり、夢遊病患者のように歩き続ける。そしていつの間にか見飽きた住宅街に足を踏み入れ、住み慣れた我が家の前にたどり着いていた。

 

 足がいつもどおり歩き続けたように、手もまたいつもどおりの動きをはじめる。左手でスチール製の安っぽい門扉を押し開けながら、右手はポケットの鍵を探った。

 

 そうやって手足が忠実に自分の役割を果たそうとしている最中、主人である僕の精神は絶望と懊悩が渦を巻き、出口の見えない暗闇の迷宮をさまよっている。

 

 そもそも何かを期待したのが間違いだったのではないか。


 あの子と僕ではいかにも不釣り合いだ。根暗な僕とひなちゃんが並んでいても、先輩と後輩以外の何者にも見えないだろう。


 二人っきりになれる環境がそもそも奇跡的なのだと、理解していたはずなのに。

 それなのに、それ以上を欲しくなってしまった僕がバカだったのだ。


 僕は何を期待していたのだろう。

 どんな結末を求めていたのだろう。

 バカだ。本当にバカだ。


 こんなに辛い気持ちになるんだったら、いっそあの子と出会わなければ良かった。

 いつもどおりの陰気な十代として生きていれば、こんなに辛い想いをすることだけはなかったのに。


 でも出会ってしまった。愛しい彼女に。

 大輪のヒマワリみたいに明るくおおらかに笑うあの子に、僕は出会ってしまったのだ。


 彼女の姿を思い浮かべるだけで、胸の奥が熱くなる。

 黒く冷え切った心の中に、白くて熱い感情が流れ込む。

 まるでブラックコーヒーの中にミルクを回し入れているようなイメージ。

 胸の奥に出来上がったミルクコーヒーは、苦くて、ぬるくて。


 あまりの不味さに、またつぶやきがあふれ出た。


「ひなちゃん……」

「はい!」


 えっ?


 あろうことか、またもや後ろからひなちゃんの声が。

 でもそんなはずは。彼女は今ごろ部活の真っ最中なのに。

 僕が驚き振り返ると、そこには二人の見知らぬ女性が騒いでいた。


「うわーっ、やっちゃったあ!」

「……少し様子を確認してから話しかける作戦ではなかったのですか?」

「だって、なつかしいかっこうで、なつかしい思い出が、なつかしいよびかたで……ウェーン!」


 なぜか片方が泣き出してしまった。泣きまねじゃなくて、本当に大粒の涙を流している。


「どっ、どうしたんですか」


 たずねながら、僕は二人の女性をまじまじと見つめた。

 一人はなぜか涙を流している大学生くらいの女性。栗色の髪を背中まで伸ばし、あまり見かけないデザインの服で着飾っている。


 もう一人は、なんとも派手な緑色の髪をしたショートヘアーの少女。

 彼女はそんな独特すぎる髪の毛をしているくせに、化粧もせずアクセサリーもつけず、どこか機械的な印象を受けた。


 泣き続ける栗毛の女を、緑頭はなぐさめる気配もなくジッと見つめ続けている。

 少し異常な光景だ。泣いている彼女を見ているうちに僕はかわいそうな気分になって、おそるおそる近づいた。


「あの、どうしました、何かあったんですか」


 手を差しのべるのも気が引けるので、僕は微妙に離れた場所から彼女の顔をのぞき込もうとする。


「…………ヒック」


 彼女は顔をおおっていた手をどけて、僕の顔を見る。

 目と目があった瞬間、僕は強烈な既視感(デジャヴ)を覚えた。


「えっ、ひなちゃん?」


 似ているなんてレベルじゃない。ひなちゃんの顔を少し大人にしたとしか言いようのない、瓜二つの顔。


 もしかしてひなちゃんの御家族だろうか、と理性が無難な答えを導き出したその時。


「会いたかった……、会いたかったよユウさん!」


 彼女は泣きながら僕に抱きついてきた。


「えっ? はっ? ええっ?」


 泣いている女に抱きつかれるなんて、もちろん初めての体験だ。僕の顔は真っ赤になった。

 彼女はもう二度と離れないとばかりに強く抱きついてくる。

 首筋にこすり付けられる涙が、熱い。


「な、何がどうなって……?」


 この人、確かにユウって言った。僕の名前を呼んだからには人違いで抱きつかれたとかじゃなさそうだ。

 でもこの人、いったいどこの誰だよ?

 僕の予想ではひなちゃんのお姉さんだ、でも泣きながら抱きつかれるおぼえはまったく無いんですけれど……?


「仕方がありませんね」


 わけもわからずただ抱きつかれるままにしていると、緑色の髪をした少女が僕に向き直った。


「その愚劣なメス猿は、生まれも育ちも日本国ですが日本語がドヘタなのです。頭が限りなく悪いのです。代わりにこのわたくしがあなたに状況を理解させてさしあげます。よろしいですか? よろしいですね?」


 丁寧な口調で無礼千万なことを言う緑頭。

 彼女はまず深々と一礼して、そのまま両手を自分の頭に当てた。


「わたくし、こういう『物』です」


 スッポォン! と、シャンパンの栓でも抜いたかのような快音が鳴る。


「ひぃええぇぇぇっ!」

「ご覧のとおり、わたくしは人間ではありません」


 なんと彼女の首がすっぽ抜けた。首なし女の腕の中で、首だけ女がしゃべっている。


「わたくしは人型汎用家庭ロボットOYO―MEⅢ型。個体名はミドリコでございます。そしてそちらの錯乱したメス猿は――おや」


 僕はあまりの衝撃に目の前が真っ暗になった。

 だってすっごいホラーだよ、首だけ女がしゃべったんだよ!

 僕のチキンハートが耐えられるわけ無いだろう!


「ちょ、ちょっとー! いきなり死んじゃいやー! ユウさん目をあけて!」


 栗毛の女性の声がすっごく遠くに聞こえる。遠くなっているのは僕の身体じゃなくて意識のほうだ。

 ああダメだ、もう、いしき、が……。

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