第一章 向日葵(ひまわり)の季節 ②
切なくも楽しかった昼休みはあっという間に終わり、午後の授業もつつがなく終了。僕はさっさとカバンの中に荷物をまとめて教室をあとにした。
朝錬なし。放課後練習なし。廃部寸前のダメ部ならではの直帰コースである。
昇降口から外へ出ると、ギラギラとまぶしい陽光が全身に襲いかかってきた。
「うへえ、あっついなあ……」
右手で影を作りながら空を見上げる。
気象庁の梅雨明け宣言はまだ出ていないような気もするが、雨雲なんかどこにもありゃしない。絵に書いたような夏の青空だ。
十七歳、高校生活最後の夏。
いわゆる青春まっさかりのはずなんだけど、僕の場合はどうなんだろうね。
胸の奥に寂しさがこみ上げてきて、ため息があふれ出た。
一緒に遊ぶ友達もほとんどいないし、スポーツは好きじゃない。学校行事に熱中する事もなければ、夜遊びに夢中になる事もなかった。
だから青春らしいといえるのは、ただ一つ。何となく続けていただけの囲碁将棋部で、ひなちゃんと出会えたことだ。
人生を楽しむための努力さえしていなかった僕にとって、今の状況は一生に一度くらいのラッキーチャンスだと思う。
部活という名目のもと、週に何度も二人きりの時を過ごすことが出来るこの奇跡。
しかも彼女の顔もろくに見られないという情けなさ全開の僕にとって、下向いて指だけ動かしていればいい囲碁と将棋は本当にありがたい。何から何まで、神がかり的に都合が良いのだ。
でもこの奇跡の日々も、そろそろ終わりが近づいていた。
もう六月下旬。他の生徒たちは夏休みが来る日を指折り数え始めている。
しかしそれは僕とひなちゃんのお別れの日が近づいていることでもあった。
うちの高校は三年生の一学期末で部活動を引退する決まりだ(運動部は公式戦が終わるまで)。それからは受験や就職活動のために時間を割かなければいけない。
とすると一年生のひなちゃんと三年生の僕が二人でいられるのも、あと一ヶ月足らずということになってしまう。
あと一ヶ月。期末試験の時期なんかも含めると、実際に会える回数はもっと減ってしまう。
残り何回だろう。
十五回くらいかな。
それっきりお別れなんて嫌だあ……。
悲鳴みたいなかすれ声が、僕の口からあふれだした。
「ひなちゃん……」
「はい」
真後ろから幻聴の返事が聞こえた。僕の妄想力は近ごろ高まる一方だ。
「ああ君は声まで可愛いね……」
「えっ、いやーそれほどでも」
「いやいや、君は足の爪先から頭のてっぺんまで可愛いさ」
「マジですか、わはー! てれちゃいますよお!」
ドンッ!
と、突然背中を突き飛ばされて、僕はハッと我にかえった。
嘘。
マズイ。
すっっっごく、嫌な予感がする。
今、誰に背をたたかれた? なにげなく誰と会話していた?
僕の後ろに立っている人って、誰だ!?
生きた心地もせぬまま振り返ると、やっぱり、彼女だった。
「センパイ、あたしをほめたってなにもいいことないですよー」