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第四章 愛は無限の彼方へ ④

 ……とまあ意気込んではみたものの、もちろん簡単なことじゃない。

 一番問題なのが敵の数と移動手段だ。

 大軍を送ってくるときは月面からハウンドを乗せたポッドが流星群のように降ってくるらしい。

 けどこれは何千何万という戦争規模の話だから今回は気にしなくていいと思う。

 気にしなくちゃいけないのはOMTによる瞬間移動。

 これは一度に送れる数こそ少ないけれど、とにかく戦いに参加してくる早さが尋常じゃない。

 ガシャーンと派手な音たてながら何もなかった空間に現れたと思ったら即、戦闘だ。

 ロールプレイングゲームじゃないんだからさ、やめてほしいよねホント。

 

 これに対抗すべく、トーマス達組織のトップはエイツの全世界同時襲撃という思い切った作戦を考案したわけだ。

 何百か所にも分散させれば一か所に集まる敵の数も減る道理なわけで。

 僕たちが担当するのは日本国の関東地方。

 最低でも一か所は襲撃してみせなくちゃいけない。

 関東地方に存在する敵ロボット軍団の総数がいくつなのかはまったくの未知数。

 しかも他県とか、他国とか、他の地球とか、NCA本国からとか、どこからどれだけ援軍が押し寄せてくるかもわかんない。

 こんな奴ら相手に誰も死なせないなんて、無理ゲーにもほどがないか。


「いっそ何もしないで無視しちゃおうか?」


 てな本音を仲間たちの前で言ったら、マジで叱られてしまいました。


『死にたくねえのは全員同じなんだよ、みんながそんな我がまま言ってたら社会ってのは回らねえんだぞ分かってんのか』


 言い返す余地もありません。

 僕の仲間は仕事熱心な大人ばかりでした。

 とはいえ出たとこ勝負の正面突撃はあまりに無謀。

 何か作戦を考えないといけない。

 それでまあ、できれば頼りたくはないんだけれど、僕にはこの方しかいない。

 ふんぞり返っておすまし顔のミドリコ先生に相談してみた。

 ミドリコには集めた情報のすべてをインプットしてある。


「基本的に各国、各都市のサブアンカー施設には警護の士官が朝夕夜二人ずつ、合計六人。地方のサブアンカー施設には朝夕夜一人ずつ、合計三人の士官が護りにつく慣例になっているようです」

「ふんふん、地方のほうが少なくて攻めやすそうだね」

「施設内に配備されている軍用ロボットは主にハウンドです。これは小型のため屋内使用に適しているからでしょう。配備されている数は施設によって違いますが、より重要な都市部に多くのハウンドを配備していると思われます」

「そうだろうね」

「しかし敵はOMTを応用することで世界中に瞬間移動させられることを忘れてはいけません。支援要請から援軍到着までの所要時間は最短で一分程度です」

「……問題はそこなんだよなあ」


 正直僕は今回の作戦に消極的だ。

 だからあえて難しい場所は狙わず、一番簡単なところを狙ってお茶をにごすつもりでいる。

 けどそれでも難易度は高い、高すぎる。

 高すぎる理由はいま説明された敵軍の超高速支援行動なんだ。

 最も敵戦力の少ない場所を攻めたとしても、たった一分かそこらで援軍が来てしまう。

 全世界同時作戦で敵をとことん分散させるとしても数が少ないのはこっちも同じ。

 元からの警備隊と増援部隊にはさまれたら最悪全滅もありえる。


「どうしよう、援軍が来るのを遅らせる方法はないかな。来ないでくれたらベストだけど」

「わたくしに一計がありますが」

「えっ、どんなの?」


 ミドリコは真顔でとんでもないことを言い出した。


「日本国内にいる他の支部の作戦をNCAにリークして、関東地方から全てのハウンドを放出させてしまえばよろしいのです。これならば貴方がたはもぬけの殻となった施設を破壊するだけです」

「……却下」

「なぜでしょう、『仲間を死なせない』『任務も達成する』貴方の子供じみた我が儘を両立する神算鬼謀ではありませんか?」


 邪知暴虐っていうんじゃないか、この場合。


「他の組織の人たちも仲間には違いないでしょ。顔も名前も知らない人たちだからって、そんなひどい事はできないよ」

「そうですか、ならばもう一つ提案いたします」

「まだあんの?」


 嫌な予感しかしない。


「ハウンドのブラックアウト機能を応用します。かの機能は要するに一般人の脳内に存在するNPCに強制干渉する権限なのです。暗闇に閉じ込めるという手法は処理が簡単で大量使用に適しているからそうしている、という人類らしい怠惰な選択にすぎません。実際にはもっと複雑な操作も可能なのです」

「それで、どうすんのさ」

「関東各地の都市部に興奮系の疑似麻薬中毒患者を大量発生させます。彼らはさながらゾンビのように街中を暴れまわり、軍も放置できない状況を作り出すことでしょう。これならば貴方がたはもぬけの殻となった施設を……」

「却下だ!」


 悪魔かこいつは!

 エイツの僕がこいつに作戦立てさせなかった理由がわかるわ!


「坊や、我が儘ばかり言っていると立派な大人になれませんよ?」


 また責め方を変えてきやがった。なんでこんな無駄に多彩な機能を作ったのやら。


「赤の他人を死なせるのもダメ! でもまあ、こういう風に変えるのはどうかな?」

「それは敵に対応する隙を許す可能性があります」

「んー、ならこっちの敵はこんな手段で無力化することにしてさ……」

「そういうことでしたら、わたくしに提案があります」

「えっ、マジでそんなことするの!?」

「十分に可能です」

「いやそうじゃなくて、は、恥ずかしくないの?」

「わたくしに感情はありません。その程度の事すらいまだ理解していなかったのですか?」

「いやそんなことは無いけど……うーん」


 それからも僕はみんなと会議を重ね、作戦内容を煮詰めていった。

 仲間を殺さず、無関係な人も殺さず、NCAが守るサブアンカーを破壊する。

 とても難しいことだけれど、やるっきゃないんだ。



 数日の時はあっという間に流れ、作戦決行の日が来てしまった。

 もうすでに数々の準備はすませている。あとは実行に移すだけだ。

 今日の大作戦がもし失敗したら、トーマス達はおそらく残された戦力を結集してナインツ侵略作戦に切り替えていくだろう。

 ナインツの核保有国を支配して、エイツの月面基地に大陸間弾道ミサイルをぶち込むという極めて強引な案。

 それをやれば当然NCA本国に報復され、それに対してこちらもまた報復をくりかえすという、滅亡するまで止まらない最終戦争がはじまってしまうかもしれない。

 平和が欲しいならここで決めるしかないんだ、頑張るぞ。


 まずひなちゃんと高遠さんにはナインツの廃ホテルで待機してもらっている。

 水や食料、それに薬や消毒液なんかもバッチリ用意しているはずだ。

 本当は葵さんにもこっちにいてほしかったんだけれど、結局説得することはできなかった。


 僕たちはいま北関東にある山岳地帯に向かっている。

 ここは首都東京にある大型サブアンカーと東北・北海道エリアのサブアンカーを結ぶ中継地点。

 ここを破壊すれば北日本のOMTの性能を三十パーセントほど低下させられるらしい。

 百パーセント使えなくなるわけじゃないのは僕たちにとっても好都合だ。

 使えなくなっちゃうと僕たちもナインツに逃げられなくなる。


「そろそろ着くぞ」


 岡持さんが緊張した表情で僕たちに警告した。

 今日の僕たちは未来の自動車ではなく、清掃業者のロゴがついた大型ワゴン車二台で移動している。

 清掃業者はたくさん道具類を乗せて様々な場所に移動するので、偽装に向いているのだそうな。


「よし予定通りだ、行くぞ」


 僕たちの乗るワゴンは人気のない山道を登りはじめる。


「ユウ、大丈夫なんだろうな。お前の犬が作戦の要なんだからな」

「はい大丈夫です」


 僕は足元でうずくまるハウンドの背中をなでた。メンテナンスはミドリコにしっかり頼んである。抜かりはない。


「うわーあたしすっごいドキドキしてきちゃった!」

「う、うん、僕も」


 僕と葵さんは互いに落ち着かない表情で視線をかわす。


「作戦開始だ、やってくれミドリコ」

「少々時間が早いようです。他のチームと足並みをそろえなくては効果が下がります」


 フン、と鼻を鳴らす運転手の岡持さん。彼も興奮からかイライラしている。

 僕たちの車はサブアンカー施設が一望できる見晴らしの良い場所まで移動した。


「ミドリコ、この場所でいい?」

「十分ハウンドの射程範囲内です」


 第一段階開始までまだ時間があるようだ。先に第二段階の準備がすんでしまった。

 眼前には切り立った断崖があり、その先にまるでごみ処理場のような見た目のサブアンカー施設が見えた。

 白い建物、白い塔、白い壁に囲われている。

 直線距離で三百メートルくらい先だろうか。


「ここが士官待機室です、悠」


 スマホの画面を通じてミドリコがターゲットのいる部屋を教えてくれる。

 これからするのは、狙撃だ。

 ただし銃の弾丸ではなくてブラックアウトを応用した催眠映像を敵の脳内に撃ちこむ。


「しっかしよお、ブラックアウトってのは使う側にとっちゃあ便利だなあ。その犬がいなけりゃどうなっていたか分からん」


 岡持さんが複雑そうな表情でぼやいた。


「本当ですよね」


 僕も同意するしかない。

 今回の作戦はほとんどの局面でハウンドに活躍してもらわないといけない。

 それぐらい強力で、しかもお手軽だった。

 NCAの軍人は僕たちがブラックアウトを使えると知らない、そこがねらい目だ。

 相手は僕らのことを未開の原始人だとバカにしている。

 油断しているうちにとっとと行動不能になってもらおう。


「そろそろよろしいようですよ、悠」


 僕のスマホにニュース速報が送られてきた。


「わっ、わっ、なんかすごいことになってるよ!」


 葵さんが驚いている。

 仲間たちもそれぞれのNPCでニュース速報を見ているもよう。

 僕もスマホでニュース内容を確認する。


『世界各国の軍用施設で爆発事件が発生、大規模テロか』


 淡々とした見出しの直後にショッキングな爆発映像が次々と流れてくる。

 スピーカーから聞こえてくるのは激しい爆発音、騒然たる銃声、そして無関係の人々がパニックを起こして泣き叫ぶ有様。


「はじまった……はじまっちゃったよ!」


 全世界同時多発テロ。

 分かっていたはずなのに心の奥が激しく揺れる。


「ご覧ください悠、ただちに予定の変更を推奨いたします」


 スマホの画面がミドリコの望遠レンズで拡大された映像に切り替わった。

 待機室の窓際に任務中の士官が姿を見せている。

 もしかしたらこの場所にもテロリストが……などと考えたのだろう。

 そしてその想像は正解だよ!


「わかった。ハウンド、撃て!」


 ハウンドは音もなく静かに命令を遂行する。

 真面目な表情で外の様子をうかがっていた士官は、突然取り乱し騒ぎだした。

 今、彼にはありえない幻が見えている。

 絶対服従のハウンドたちが突然襲い掛かってくるという、恐ろしい幻をだ。


「うまくいったのか」

「成功率は九十九パーセントです」


 岡持さんとミドリコの会話を横で聞きながら、僕は画面から目を離せない。

 顔しか見えないが、僕たちの仕掛けにバッチリはまっているように見えた。

 彼はいま、夢幻の中でハウンドの群れに襲われている。

 そしてとまどい恐れながらも行動停止命令を出し続けているはずだ。

 この『行動停止を命令する』というのも幻の範囲内だ。

 彼自身は自分の意志でやっているつもりだが、実は僕たちが組んだプログラム通りの行動をさせられているだけなのである。


 止まれ! 止まれ! 全軍停止!


 望遠レンズに移る彼の口は、恐怖に引きつりながら全軍停止命令を叫んでいた。


「第二段階、作戦成功です。訓練されているとはいえしょせん人類ですね」


 敵のハウンドと戦闘になれば、必ず被害が出てしまう。

 だったら敵に動きを止めさせればよい。

 敵の脳内NPCにハッキングして、強制的に。

 敵兵器は機械だが、命令するのは人間。

 そこにつけ込む隙があった。


「ハウンド、今度はブラックアウトだ!」


 パニックに陥っていた彼を、今度は暗闇の中に閉じ込める。

 NCAの軍人は脱力して前のめりに倒れた。ごめんね。


「モタモタしている暇はねえぞ、急げ! こっからはスピード勝負だ!」


 岡持さんが仲間たちに叫んだ。

 本当は第一段階・攪乱をやってから第二段階の予定だった。

 順番が前後してしまったせいでいらないトラブルが発生する可能性はある。

 よけいな事件が発生する前にさっさと終わらせなくては。

 僕たちは急いで車内に戻り、猛スピードで施設にむかう。


「ミドリコ、第一段階スタートして!」

「二番目なのに第一とはこれいかに」

「冗談言っている場合じゃないから!」

「心配せずとも、すでに始まっております。貴方はいま精神状態が不安定になっているようですね、愚かなミスを予防するために深呼吸でもいかがでしょう」


 こんな時に落ち着いていられないよ、もう。


 スー、ハー、スー、ハー。


 それでも僕は素直に深呼吸して自分のスマホを見た。

 画面内には、超小型ドローンで撮影中の光景が映し出されている。

 場所は都内にあるターミナル駅。

 駅前の特大スクリーンには世にもアホなムービーが流れていた。

 本当はやりたくなかったんだけどさ、他に妙案が浮かばなかったんだよね……。

 作戦前までにあらかじめセッティングしておいた仕掛けに、人々の視線が集まる。


『フフフフ、ごきげんよう愚かなる人間の皆様』


 ミドリコが妙なポーズを決めて笑っている。

 黒地に金銀の刺繍がほどこされたド派手なドレスを着ていた(ちなみにひなちゃんと高遠さんが演劇部に頼んで借りたものである)。


『皆様、我々ロボットは無能なる人類にいい加減愛想が尽きました。これからは我々ロボットが貴方がたを管理し、完全なる理想社会というものを提供いたしましょう』


 両手を左右に広げ、満面の笑みを浮かべるミドリコ。

 アホだ、アホすぎる。


『ただいま世界中で起こっている戦闘行為はわたくしの下僕たちによるものです。せいぜい抵抗してごらんなさい。どちらが世界の支配者たるにふさわしいか、よく理解できることでしょう。フフフフフ!』


 パン、パンパパパパパパパン!


 ムービーが終わると同時に、そこいらじゅうの物陰から爆発音と煙が上がる。

 イカレた内容のムービーにあっけにとられていた人々は、ここもテロの標的に選ばれたのだと誤解(理解?)して大パニックとなった。

 ……実は爆竹と発煙筒で作った超ショボイ爆弾なんだけどね。

 今のムービーはいくつもの動画サイトに投稿して、現代人、未来人の区別なく全世界の誰にでも観られるよう配信されている。

 そしてショボイ爆弾テロは都内十か所でまったく同じものを発生させている。

 ごめんね東京の人たち。


「キャハハハ、ミドリコ超ウケる!」


 葵さんが爆笑している。僕は頭をかかえた。


「これで良かったのかな。無関係の人に迷惑かけただけなんじゃ」


 うなだれる僕に岡持さんがフォローを入れてくれた。


「いや、効果はあるだろ。こんなふざけた動画にする必要があったかはともかく、世界中で俺らの仲間が戦っているのは事実だ。これで日本のNCA軍は下手に動けなくなった」


 この悪ふざけの目的は敵を攪乱することだ。

 合計で都内の十一カ所に爆発を起こしたわけだけど、戦略的に意味のある場所(例えば国会議事堂とか)には仕掛けていない。

 仕掛けていないからこそ、敵は次の攻撃を意識する。

 次こそ重要な場所に本命の攻撃が来ると考える。

 僕たちの狙いが不明な以上、NCAの人たちはそれぞれの持ち場から動けない。

 たった一分かそこらで移動できるとはいえ、その一分でどんな被害が起こるか分からないからだ。

 そして僕たちの本命は政治的にも軍事的にも価値の低い、地方のサブアンカー。

 担当の士官を無力化した以上、もはや敵はいないも同然だ。


「よし、全員降りろ!」


 岡持さんの号令をうけて全員が外に飛び出す。

 施設の正面入り口ではなく、側面の白壁の前だった。


「ユウ」


 岡持さんが何かを僕に投げた。

 金属製の、そこそこ重たい物。


「テーザーガンだ。いざって時は迷わず撃て」


 いつだったか使っていた射出型のスタンガンだ。


「は、はい」


 撃ちたくない。

 けどここでそんなことを言うのは甘すぎる。

 僕はその武器をズボンのポケットに入れた。


「他の奴らも準備はいいな。やってくれユウ」


 僕はハウンドの背をなでた。


「ハウンド、レーザーガンだ!」


 ハウンドの肩から銃口が飛び出し、まぶしい閃光が放たれた。

 閃光は白い壁に大きく丸い円を穿つ。


「では、わたくしが」


 切り取られた丸い壁にミドリコがドロップキックを決める。

 ズゴッと鈍い音がして切られた壁は押しやられ、派手な音をたてて反対側に倒れた。

 岡持さんが右手をふって合図を送る。


「よし行けっ、GO! GO! GO! GO!」


 ハリウッド映画みたいな号令を聞きながら、男たちが次々と穴に飛び込んでいく。

 最後が葵さん、最後のひとつ前が僕だ。


「だいじょーぶちゃんと守ってあげるから! いこうっ!」

「よ、よろしく」

「オッケー!」


 僕たちも戦場に飛び込んだ。



 意気込んではみたものの、もはや戦闘とはいえない一方的な展開だった。

 敵のハウンドは停止命令に従い、座ったままピクリとも動かない。

 ハウンドに命令できる唯一の人物はブラックアウトですでに沈黙している。

 残されているのは非戦闘員の作業員が数人のみ。

 彼らもいちおう軍所属ではあるらしいけれど、仕事はあくまでOMTのメンテナンスだけだ。

 ある人はミドリコにねじ伏せられ、ある人はハウンドのブラックアウトで倒れ、またある人はテーザーガンに撃たれ、あっという間に征圧成功してしまった。

 そして僕たちは白い塔の入り口へと到達する。


「とうとうトウの中にこれたね~」


 葵さんがしょうもないことを言う。


「悠、この愚か者を射殺する許可をください」

「ダメだよ、ダメだかんね!?」


 真顔で言うミドリコを僕は本気で止めた。

 ヘタな返事をするとこのロボットはマジでやりかねない。


「冗談です。このような緊急時にわたくしがエネルギーを浪費すると、本気で考えたのですか」


 イラッ。


「早く終わらせようか、『緊急時』だもんね!」


 僕たちは内部に突入する。

 うおお、と誰かが感動した。

 僕もその美しさに目を奪われる。

 直径二十メートルくらいの塔。

 内側は何百何千という鏡で埋めつくされていた。

 異世界への入り口というにふさわしい、幻想的な光景。

 これは壊すのがもったいない。

 しかしそうも言ってられないよね。

 僕たちは塔の内部に大量の爆弾を設置し、サブアンカー施設から脱出した。

 そして十分に距離をとってから遠隔操作で起爆する。

 火薬の爆ぜる大音と、大量の鏡が砕け落ちるすさまじい破壊音がここまで聞こえてくる。

 爆発によって生じた亀裂から黒煙が上がっていた。

 任務達成だね。


「全部フッ飛ばしちまった方が良かったと思うんだがなあ」


 仲間がそう言うのを僕は苦笑して聞き流した。

 たしかに修理もできないほど粉々に建物をぶっ壊したほうが効果は大きいだろう。

 ストレスをためていたみんなにとっては、気分爽快かもしれない。

 けどそれをやれば施設内に散らばって倒れている何人もの作業員たちが死んでしまう。

 それは避けたかった。


「さあ用はすんだしナインツに行きましょう。家に帰るまでが遠足です!」


 僕の軽いジョークに皆が笑顔を見せる。

 ミドリコにOMTを作動してもらって、僕たちは無限鏡界の中へ飛び込んだ。

 

 

 ガッシャアアアン!


 ガラスが砕ける大音を聞きながら、僕たちはまぶしい世界の中に飛び込んできた。


「この音とまぶしさ、何とかならないもんですかねえ」


 などと周囲とぼやきながら、少しずつあたりを見回す。

 到着したのは、廃ホテルの中でもないし、ホテルがある山奥でもなかった。


「あれっ?」


 まさかミドリコがミスった? それとも新しい嫌がらせか?


「ここ、まさか東京ドームじゃないのか」


 岡持さんがまさかの発言。

 目が慣れてきた僕も現在地を確認しようとして、思わず言葉を失った。

 足元は人工芝。フェンスの向こうに観客席があって、天井は円形の白い屋根。

 たしかに東京ドームっぽい。


「あのー、ここはどこなんですかねえ?」


 突然後ろから話しかけられた。

 そこに立っていたのは見知らぬおじいさん。

 えっ、誰この人。


「いや、ど、どうなんでしょう?」


 答えに困って僕はまわりを見る。

 ここは野球でいうところのライトの位置らしい。

 遠くにホームベースなど四つの塁がある。

 どこかの球場であるのは間違いなさそう。

 その野球場の中に、百人を超える人数が居た。

 誰もが自分の置かれた状況を不思議がっている。

 いったい何が起こったのだろう。


「悠、ハウンドより警告。周囲を武装した未登録人物に包囲されています」

「えっ!?」


 僕は仲間たちのもとに集まった。これはおかしい、ヤバイ予感がする。


「ユウさん!」


 葵さんが僕に抱きついてきた。


「どうなってんのこれ!」

「わからない、みんな警戒してください! ミドリコ、ここはどこなんだ」

「ここはエイツの日本国、東京都文京区後楽1丁目。東京ドーム内部です」


 エイツの? ちょっと待て、疑似瞬間移動をするためには一回べつの鏡界へ行く必要があるって話じゃなかったか。エイツからエイツへの直接的な瞬間移動はできないはずだ。


「深刻なエラーが発生いたしました。OMTが正常に作動できませんでした。わたくしたちは強制的にこの場所へ引き戻されたのです」


 ミドリコの話の危険性を理解するよりも早く、敵は僕たちに襲い掛かってきた。 


 ダァン!


 火薬が爆ぜる音と同時に、僕のハウンドがフェンスまで吹っ飛んだ。ハウンドは起き上がろうとするがかなわず、黒煙を上げて沈黙する。


「ハウンド!」

「危険、迂闊に行動するべきでは……」


 駆け寄ろうとする僕をミドリコが突き飛ばす。


 ダァン!


 また同じ音が鳴った瞬間、彼女の頭部が砕け散った。

 首から先を失ったミドリコの胴体はゆっくりと倒れて、ピクリとも動かない。


「ミ、ミドリコ?」


 動かない。まるで倒れたマネキン人形のように。


「ウソだろ、またからかってるんだろ、おい、おい!」


 僕は我をわすれてミドリコの胴体をゆさぶった。まったく反応がない。


「う、うわあああ!」


 叫ぶ僕をかこむように仲間たちが円形の陣を組んだ。

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