第四章 愛は無限の彼方へ ②
あれやこれやと議論しているうちに岡持さんの家に着いた。
このあたりは緑も多く、未来の雰囲気がないので気分が落ち着く。
岡持さんが言っていたこともまんざら嘘ではなさそう。
「おう、今日はずいぶんと可愛らしいのを連れてきたな」
岡持さんの態度には非難と困惑の色があった。
すいませんね。確かに男中心の組織とはカラーが違います。
ともかく中に入れてもらうと、今日はトーマスはもちろん誰も来てはいなかった。
「普段はいつもこうなんだよ、何度も集まっているとさすがに不審がられるからな」
今日は暗号通信による定例会を行うようだ。
葵さんと岡持さんは頭にNPCが入っているからそれぞれの画面で見れるからいいけれど、僕と女の子二人は僕のスマホで見るしかない。自然と女の子二人に顔を近づけられる形になって、違う意味で緊張した。
で、定例会はトーマスに依頼された調査任務の結果発表からはじまった。
意外なことに僕の年上部下たちは早くもサブアンカーの場所を数か所特定し、外観を撮影したムービーまで用意してあった。
「もしかしてみんなって優秀な人たちだったんですか!?」
『おほめにあずかり光栄ですぜリーダー殿』
誰かが皮肉っぽい声で返してくる。
しまった、ついミドリコみたいな暴言を。
「し、失礼しました。これがサブアンカー施設なんですね」
一見するとゴミ処理場みたいな印象。
なぜそう思ったかというと広い施設の中央あたりに細長い煙突のようなものがニョキっと伸びているからだ。
スマホでみると爪楊枝みたいな細さだけど、実際には太さも高さも相当あるだろう。
「もしかしてこの煙突みたいなものの中身って鏡だらけですか」
突然ミドリコがハッとした表情になって口を開いた。
「なぜわかったのですか、貴方なのに!」
「……ずいぶん責めかたが変わってきたね」
僕のリアクションが冷めていたせいか、ミドリコはすぐ無表情に戻った。
「はい、貴方がどのように責められるのが好みなのか、データを収集し続けております。貴方はエイツの時田悠よりも精神が安定しているため、より強めの刺激を検討しております」
「責められないのが一番好みなんだけど?」
「またご冗談を」
「冗談じゃねえし!」
つい叫ぶ僕。
「ユウ、会議中だから漫才は後にしてくれるか」
僕はうっとのどを詰まらせる。しまった、ついいつもの漫才ノリに引き込まれた。
『ふむ、時田が驚くのも無理はなかろう。素晴らしいスタッフたちではないか』
やけに偉そうな少年の声。トーマスも参加していたのか。
『引き続き調査を継続してくれたまえ、より多く、より詳しくだ』
素晴らしいとほめられた男たちは、画面の向こうでそれぞれに返事をしている。
『さてそれでは失礼するよ』
「え、もう終わり!?」
まだ十分もたっていないんだけど。
『無駄に時間を費やすのは人生の浪費ではないかね?』
あ、言いぐさが欧米人っぽい。
『それとも何か提案でもあるのかね?』
「はい、彼女たちに協力してもらいたいことがあるんです」
僕は左右に座っているひなちゃんと高遠さんを紹介する。
「僕は、この二人をヒロインにしてドキュメンタリー映画を作ろうと思うんです」
『……』
画面の向こう側が静まりかえった。
一番に声を発したのはやはりトーマスだ。
『……君たちの住むナインツに宣伝するためかね? それともNCAの非道を他の未来国家に公表して世論を動かそうとでも言う気かね?』
トーマスはあまり興味がなさそうだ。声色が冷たい。
「ついででナインツに宣伝するのも良さそうですね。でも僕の考えたのは他のことです」
画面の向こうがざわついてきた。
ちょっとドキドキするなー。
バカにされるんだろうなー。
でも言わないと。
「OMTで三百年後とか四百年後の世界に行って、そこの人たちに世界を解放してもらうんです。映画は説明に説得力を持たせるための道具です」
「いや待てユウ、OMTで行けるのは前後二百年までだぞ」
きたきたツッコミ来た、一番手は岡持さんだ。
「大丈夫です。ここからじゃなくてNCAにあるOMTで未来に飛べばいいんです、二百たす二百は四百でしょ。OMTはそもそも未来を知って危険を避けるための物だと聞きました、過去に行けるなら未来にも行けます」
「ええ……?」
次のツッコミはトーマスだ。
『四百年後の国家にとって何のメリットがあるというのかね?』
うん、それも考えてありますよ。
「地球九個ぶんの超巨大市場を得ることができます。イカレた連中を排除して、まともに商売できる人たちと貿易をするんです」
さらに他の男からも声が飛ぶ。
『未来の国ってNCAが過去世界を侵略したっていう事実のもとに存在しているんじゃねえの? 過去を変えることに賛成してくれるのか?』
「あなたはOMTの理屈を誤解しています。完全に独立した別の世界なので、過去が変わるということは起こりません。だから現在のNCAはこんな無茶なことをできるんです」
プッ、と室内から失笑する声が聞こえた。ミドリコが嫌らしい笑みを浮かべている。
貴方も同じようなことを言ったでしょうにってか、ずいぶん地味な責めかただな!
「さあ他には、何か言いたいことがある人はいませんか!」
言いだす前は緊張していたが、今はむしろ興奮状態だ。
さあドンドン来い!
「センパイかっこいい~」
!?
「いいぞいいぞ~やっちゃえユウさん!」
日向葵がダブルではやし立てる。
僕は両手で顔をかくした。
また目つきがヤバくなっていたらしい。
落ち着け、落ち着け。
相手は味方なんだ、敵じゃないんだ。
言い負かすために言うんじゃなくて、理解してもらうために言うんだ。
『そんなにうまい事いくんですかね?』
「絶対の保証なんてありません。けど殺し合い以外の道も探るべきだと思うんです。色々と難しい問題を重ねることでも、NCAの政府や軍人たちは行動しづらくなっていくんじゃないでしょうか。僕たちの二十一世紀ってまさにそんな時代だったと思うんです」
『もっと未来の国を頼っても、また侵略されるんじゃたまんねえぞ?』
「もちろん相手の国は選びますよ。というか時代とか世界情勢そのものも選びます。僕たちは二百年後から四百年後まで、好きな時代の好きな国を自由に選べるんです。しかも何か国でも相手を増やせるんです。NCAと戦うのとはそこが思いっきり違うんですよ」
高遠さんも参加してきた。
「ド素人が作った映画なんかで世の中変わったりするんですかねえ?」
「うん、自信はある。っていうかさっきのことで絶対いけるって確信した」
「は? なに言ってんですか?」
僕は高遠さんにあることをお願いした。
「はあ!? イヤです絶対イヤです、あり得ないし!」
「ゴメンね、本当にゴメン。でもこのままじゃ君のお母さんはずっとあんなままなんだよ?」
「……勝手にすれば!」
ひどく強引にだが許可をもらえたので、僕はミドリコに指示を出した。
数日前『葵さんの私生活を記録したデータがある、それを僕に見せようか』みたいなことを言ったように、ミドリコには音や映像を記録する機能もある。
それはエイツの僕がミドリコを盗んだ時から続く膨大なもので、ドキュメンタリー映画を作る上では宝の山といえた。
今回はその長い長い記録の中から最新のもの、ナインツの高遠りりあさんとエイツのお母さんが出会った時の様子を再生してもらう。
『りりあ、無事だったのねりりあ!』
『お、お母さん、ちょっと!?』
号泣するお母さんの姿を見て、余計な口をはさむ者はいない。
短いが中身の濃い動画再生ののち、重くて緊張感のある静けさがおとずれた。
「エイツでの高遠さんはですね、えっと、なんていうプログラムだっけ?」
「……未来社会健全化育成プログラム」
答えてくれたのはミドリコではなく高遠さんだった。
彼女はものすごい表情で画面をのぞき込んでいる。
噴火直前の火山というか、直撃寸前の隕石というか、この世のすべてを破壊しかねないほどの激情を瞳にたたえていた。
「はい、そのプログラムによってどこかも分からない土地で、無理矢理結婚させられているようなんです」
引き離された母娘。思いがけぬ再会。
だから母親は我を忘れてこんなにも泣きわめく。
画面の奥から熱いため息がした。
鼻をすする音。何かをたたくような物音まで聞こえてくる。
彼らもまたNCAの被害者たちなんだ。
いやな記憶を思いださせてしまったかもしれない。
「どうでしょうか皆さん。葵さんと高遠さんの二人をヒロインにして今のような映像をまとめた映画を作りませんか。二人は見た目も可愛いし、これからひどい目にあうのをやめさせたいっていうコンセプトにぴったりだと思うんです。必要な映像はミドリコの中にたくさんあります。足りないならちょっと時間のずれた鏡界を探して撮影してくることも可能です」
シン、と場は静まりかえった。
物を言いづらくなった空気を破ってくれたのは、この場で身分のもっとも高いトーマスだった。
『よろしい、やってみたまえ時田。他のグループからもメディア関係の知識人を用意しようじゃないか』
「あっ、ありがとうございます!」
『ただし、現在の任務に支障をきたさない範囲内でだ。あくまで手段の一つという枠組みで作成を許可しよう。なにぶんその手の宣伝活動というものは、手間ひまがかかりすぎるというのがお約束だからね』
うっ、バレてた。
このやり方、たしかに時間がかかりすぎるっていう欠点はあるんだよね。
映画そのものを作る時間、発表する時代と国を選ぶ時間、世論に訴えかけて実際の行動にうつしてもらうまでの時間。
もしかしたら最終的な結果が出るまでに十年以上かかっちゃうかも。
あわよくば葵さんたちを危険なことから遠ざけようという計算もあったんだけど、それは失敗したみたいだ。
『ナインツの時田、君はもしかするとエイツの時田より変わった男かも知れないね』
皮肉めいた口調でトーマスが言う。
『あのクレイジーサムライは、悩んではいたけれど結局自己の才能を発揮することで世の中に抗おうとしていた。君は同じ才能を持っているのにそれをかたくなに否定し、ねじ曲がったユニークな答えを出してくる』
「それは、たぶんだけど、結局のところ他人ごとだからかもしれません」
自分でも驚くほど冷たい評価だった。善人だからとか、そんな立派な理由じゃないんだ。
「僕自身が侵略されたわけじゃないんです。僕にだって実は許せないとか殺してやるっていう気持ちはあるんですよ。でもそれ以上に人殺しになんかなりたくないっていう気持ちのほうが強いんです」
『なるほど、置かれた環境の違いか。期待しているよクレイジーボーイ』
「なんだそれ!」
失礼な呼び名を言い残してトーマスはいなくなった。





