第三章 クレイジーサムライと呼ばれた男 ④
夕方八時過ぎ。僕はナインツの町に戻ってきた。
次に葵さんたちに会えるのは日曜日だ。
それまでに年上の部下たちには調査方法を考えておいてもらう。
僕は一人で駅前の公園に立ち寄った。
何となく真っすぐ家には帰りたくない気分。
一人だ。
ミドリコとハウンドは葵さんにまかせてエイツに置いてきた。
理由は二つ。
一つは親に納得してもらえる自信がないこと。
もう一つはハウンドを回収しにナインツ側のNCA軍が接近してくる危険があること。
僕のハウンドはエイツに隠しておいて、すでに壊れたか日本政府に回収されたと思わせておくことにする。
それでもバレて襲われるかもしれないけれど、そこまではちょっと対処しきれないよね。
疑心暗鬼になりすぎてはもうナインツに住めなくなってしまう。
昨夜葵さんたちがはしゃいでいたブランコが目について、僕は乗ってみることにした。
キイ、と小さな金属音。
目の前には二人が飛び乗って格闘していた鉄柵がある。
たった一日でずいぶん世界の印象が変わっちゃったなあ。
葵さんがすぐ話したがらなかった理由がわかるよ。
この周辺はすべて例のガラスケースみたいなものでできた隔離空間になってしまう。
物も人も全部別のものに変わってしまうんだ。
僕は右のこぶしで左の手のひらを殴った。
パシッ!
守れるのかこの世界を、僕なんかに。
エイツの人たちは自分たちのことで精一杯だ。
結果としてエイツもナインツも守れるよ、という作戦なら協力してくれるかもしれないが、 エイツを犠牲にしてでもナインツを守るということは絶対にしないだろう。
ナインツにいるのは、今は僕一人。
心細くてたまらない。
仲間が増やせるかどうかトーマスに相談してみよう。
色々考えながらなんとなく空を見上げると、視線の先に月が見えた。
あそこに敵が。
あちらも基地から見下しているんだと思うと、なるほどミサイルでもぶち込んでやろうかという気になってくる。
自然と目つきが鋭くなるのを感じた。
「あーっ、センパイ見つけた~っ!」
「学校サボって何やってんですかまったく!」
大声を出しながら駆け寄ってくる女子高生ふたり。
「あっひなちゃんと、えーと、吸血鬼」
「ブッ殺しますよあんた! 高遠りりあ!」
そうそう吸血鬼リリアだった。
「今日はひとりなんですかあ、未来のあたしは?」
「ああうん、今日はあっちの世界にいるよ。今日は僕もあっちの世界に行ってきたんだ。四年後の未来に」
「ええええ、いいなあ~あたしも行きたかったなあ~、センパイさそってくださいよ~」
クネクネ身もだえしながら抗議してくるひなちゃん。
責める顔もかわいい。
こっちのひなちゃんの方が表情や動きが明るいな。
あっちの葵さんもじゅうぶん明るい性格だと思うんだけど、こっちのひなちゃんと比べると少し陰がある。
どうしてそうなってしまったかというと、やはりNCAのせいで色々なものを奪われてしまったからなんだろうな。
本当はあっちの僕がそばにいて彼女を支えなきゃいけなかったんだけど、きっとそうしていたと思うんだけど、あっちの僕は爆発テロに巻き込まれて死んでしまった。
葵さんの陰は、きっと世界中の人々が背負わされてしまった陰なんだ。
「どうしたんですかあ? なんか元気ないですよ?」
「ああいや、ちょっとむこうで色々ビックリするようなことがあって」
言うべきか、言わざるべきか、大きな問題だ。
悩む僕に高遠さんが聞いてきた。
「ちょっと質問良いですか。未来の世界であんた私に会いました?」
「え、いやそういえば会ってないよ」
「未来のひなには会ったんですよね、あの緑色の変な女も」
「うん、向こうで色々な人を紹介してもらったけど……」
「だったらなぜ私には会えないんですか、おかしいじゃないですかそんなの」
「そんなこと言われたって」
日向葵のそばには必ず自分がいるはず! って思い込んでいるのもちょっとおかしいとは思うけど、まあ本人の感覚では会えるのが当然なのだろう。
そういえばこの子に対する葵さんの反応、ちょっと変だったな。
「何があるんですか、未来の私に」
「いや知らないんだってばホントに」
「私も連れて行ってください、あの時のひなは絶対にどこかヘンでした。気になってしょうがないんです」
気持ちはわかる。僕も昨日の夜は眠れないほどだった。
僕に知る権利があったのだからこの子たちにもと、そう思う。
「先に言っておくけど向こうの世界はひどい状態だったよ。たぶん楽しい経験なんてちっともできないと思う。それでも行きたい?」
「はいっ」「もちろん!」
断れないな。こんなにかわいい後輩たちの頼みは。
次に行く予定は日曜日であることを告げて、僕たちはそれぞれの家に帰ることにした。
……したのだけれど。
ひなちゃんが、なんだか妙に近い距離で僕の顔を見つめてくるのです。
下からジーっと。
「な、なにかな?」
初恋の人にこんな近距離で見つめられたら、もうドキドキが止まらない。
「センパイさっきの顔、もうしないんですかあ?」
「顔?」
「なんかアニメみたいなシリアスな顔していたじゃないですかあ。ちょっとカッコよかったです」
「えっ!」
は、はじめてこっちのひなちゃんにほめられちゃった!?
ひなちゃんってそっち系が好みだったのか!
どうりで暖簾に腕押し糠に釘、ピクリとも僕のことを男としてみてくれなかったわけだよ!
「ほ、本当に!?」
「はいっ」
超かわいい笑顔でうなずいてくれるひなちゃん。
うわああああすっごく嬉しい!
まさか欠点だと思っていた部分をほめてもらえるとは思ってもみなかったよ!
「ウソでしょ、あんな凶悪なツラのどこが良いっていうの」
……ああうん、こういう人のほうが多いよねそりゃ。
容赦ない高遠さんの声が、興奮した僕のハートをほどよく冷やしてくれるのでした。
ガッカリ。
帰宅して、家族と夕食を食べて、お風呂入って、リビングで家族とちょっと会話して。
そんないつものことをしていても、やはり頭の中はエイツのあれこれで一杯だった。
「ちょっと悠ったら、そんな顔をするのはやめなさい」
いつの間にかまた目つきが悪くなっていたらしい。母に叱られてしまった。
「学校で何かあったの?」
家族にはまだ言えない。
状況を理解させるのもかなり面倒だろうし、どうせ危険だから何もするなとか言われるだけだ。
「いやまあ、ちょっとね。自分で何とかするよ」
顔を手で隠して、僕はリビングを出た。
「ふう……」
深呼吸をひとつ。目のあたりを軽くマッサージしていつもの顔に戻る。
ひなちゃんにはほめてもらえたけど、これはきっと良くない傾向だ。
朱に交われば紅くなるっていうのかな。
エイツの人たちが僕のことを危険人物だという目でしか見ないから、僕もついついそういうイメージをなぞってしまう。
エイツの僕がどんな人物だったか知らないけれど僕は僕だ。
テロリストでも革命家でもない、そうだろう?
何がブラッディユウだよ、そんなものに僕はならないぞ。
けど、同時に思う。
『だったらどうするつもりだ、普通の奴ならここは逃げの一手だろう。逃げもせず戦いもしないのなら、お前はいったい何をするつもりだ。ボーっと座っているだけで幸せがやってくるような状況だとでも思っているのか』
わかっている。
じっとしていられる状況じゃない。
けど周りが僕に期待しているのは大量殺人のテロリストになることだぞ。
そんなことダメに決まっているじゃないか。
『それが僕の未来だ。持って生まれた才能だ。普通の人間は《自分に何の才能があるのか》なんて知らないんだぞ。知らないせいでみんな悩んだり苦しんだりするんだ。知っているだけ僕は幸せ者なのかもしれないぞ』
いらないよ、そんな才能。
二階への階段をのぼりながら自問自答をくりかえす僕。
相手の声は妄想が作り出した《エイツの僕》だ。
会ったこともない故人を思い浮かべて勝手に否定の材料にしていた。
こんなの卑怯だよね。
でもこうでもしなきゃ僕は周囲の同調圧力に流されてしまいそうで。
期待されればそれにこたえたくなる。
期待を裏切って失望されたくない。
自分よりよっぽど年上の男たちを従えて、畏怖と尊敬のまなざしを集めたい。
僕も男だ、それはある種の夢なんだよね。
けどそれは本当の願いじゃない。
本当の僕はもっと平和的でおだやかな作戦をたてて、メッチャかっこよく誇らしげに決めたい。
『あるわけないだろ、そんな方法』
ですよねー。
僕はベッドに寝転がった。
受験勉強をしなきゃいけないんだけど、そんな気持ちにはとても。
眠くもないのに寝転がっているせいか手持ち無沙汰になる。
何となく布団を抱きしめた。
何度目かのため息が出る。
「葵さんを抱きしめたいなあ」
これにはエロい意味もあるし、エロくない意味もある。
心のよりどころが欲しい。
ここが自分の居場所だっていう感覚。
この道を行くんだっていう決意。
この人と愛し合っているんだっていう確信。
そういう何かが、今の僕には必要だ。
今の僕は本当に中途半端で、宙ぶらりんで、芯とか核とか呼べるものがない。
何かの正解にたどりつきたい。
正解なら何でもいい。
でも何が正解なのかが分からないから、あっちにフラフラこっちにフラフラして、結局元の場所にいる。
だから、っていうと不純みたいだけど、こんな時は葵さんに居てほしい。
あの人に愛されているんだっていう実感が、僕の心の中心になってくれる気がするんだ。
大切な温もりがある、これを守りたいっていう気持ち。
これを絶対に失いたくない。
「葵さん……」
『コラッひなを離せこの変態ッ!』
「うわっ!」
脳裏に例のちょっと危ない吸血少女の顔と声がうかんで、僕はベッドの上でのけぞった。
「……なんか白けたな」
僕は起き上がって愛用のノートパソコンを立ち上げた。
いつまでも丸暗記していられるほど記憶力は良くない。
忘れないうちに見聞きしたことを記録しておこう。
昨日の放課後、葵さんとミドリコが僕の家に来る。
目が覚めると僕の部屋、世にも奇妙な自己紹介を受ける。
外へ遊びに行く。
街中でひなちゃんと高遠さんに出会って公園でちょっと遊……。
「ん?」
そういえば高遠さんは未来でどんなことになるんだろう?
葵さんは真剣な顔で高遠さんを抱きしめていたな。
高遠さんもそうとう気になるみたいだ。
聞いてみようか、ミドリコに。
僕はスマホを手に取る。
このスマホはハウンド同様、ミドリコがよく分らない魔改造をほどこしてあるのだ。
鏡界を越えても通信ができるようになっているらしい。
この部屋は勝手に細工がなされているので問題なく使える。
僕は簡単な文章を送ってみた。
『高遠りりあさんがエイツでどうなっているのか、教えてくれない?』
数秒で返信。
さすがの速さ。
『童貞のくせに浮気性とは、見事なまでの軽薄さですね』
やかましい!
いらん文章と共にファイルが添付されていた。
黙って指示に従えないのかあいつは。
ファイルを開くと、実に刺激的な文章が目に飛び込んできた。
《高遠りりあは高校卒業とともに結婚し、音信不通となる》
ええええええええ!?
あの反抗期まる出しの、男嫌い全開少女が結婚!?
《相手男性は不明、住所その他連絡先も不明。高遠家の一族および学校関係者、友人関係すべてに一切の情報が与えられていない》
ああこれはきっと葵さんたちの情報を参考にしているんだな。
《高遠りりあは『未来社会健全化育成プログラム』の対象に選ばれた。専門施設での課程を修め、日本国内の農業従事者のもとに嫁いだ可能性が九十パーセント。伝統工芸職人のもとに嫁いだ可能性が九パーセント。その他の可能性が一パーセント》
えっ何それ。社会健全化?
《『未来社会健全化育成プログラム』とは未来において反社会的行為をおこなう人物の両親、あるいは祖父母を隔離・再教育して別の配偶者をあてがう計画の事である》
なんだって。
《未来の鏡界において高遠りりあの子供、あるいは孫が凶悪犯罪者か反社会勢力の一員になったものと思われる。そのため『未来社会健全化育成プログラム』の対象に選ばれた》
嘘だろ、なんだよそれ。
《最も可能性の高い結婚相手に農業従事者が上げられた理由は、他の社会問題との関連である。食料自給率の上昇、後継者不足問題の解決、人口過密地域から過疎地域への人口流動などに効果が期待されている》
「ふっ、ふざけんじゃねえぞ!」
ガタァン!
急に立ち上がった勢いでイスが倒れた。
だが知ったことか。
なんだそれは、まさか良いことをしたっていうつもりなのか。
本人が犯罪者になるからっていうならまだしも、子供や孫の罪だって?
しかも勝手に決められた結婚相手を押しつけられる?
それでいて取ってつけたように世の中のむずかしい問題を解決できるんですよ~ってバカか!
この国には基本的人権の尊重ってものが有るはずだろう!
だからか、だから葵さんはあんな顔で抱きしめていたのか。
一番の親友を遠いどこかへ連れ去られたから!
これはひどいよ、あんまりだ。
NCAの連中はこんなひどいことして心が痛まないのか。
他の未来の国は、NCAがこんなことをしているって知らないのか。
それともやめろよって言えないくらいに、NCAは怖い国なのか。
どこにもいないのか、「こんな悪いことするなよ」って言える大人たちは!
『だから、僕たちがやるんだろ』
また妄想のユウがしゃべりだした。
『誰かなんて人はいない。いつかなんて時はこない。何かなんて手段はない。だから自分の力で勝ちとるしかないんだよ。世の中ってそういうものだろ』
そうかも知れないけど、その方法が殺しあうことしかないのか。
徹底的に殺しあえば勝っても負けてもとんでもないことになる。
破壊されつくして無価値になった地球を見て、生き残ったNCA人たちは未来に帰っていくだろう。
そいつらが帰っていく姿を見て僕たちは喜べるのか。
焦土となった地球で僕たちは何をして暮らすんだ。
それはやっぱりおかしいよ。
誰かが途中で止めるべきだ。
「誰かが、でもどうやって!」
勢いあまって心の声が口から飛び出す。
つばが飛んでスマホの画面を汚した。
「おっと」
ティッシュでつばをぬぐった時だった、まるで天啓のように一つの可能性に気づく。
「……あっ」
このスマホは無限鏡界につながっている。
どこまでも続く合わせ鏡の世界が先にある。
どこまでも、そうどこまでもどこまでもだ!
いけるかもしれない、でもやっぱり普通の方法じゃだめだ。
なにかとても気の利いたやり口で人の心を刺激しないと。
それは何だ、考えろ考えろ。僕だったらどうだろう、僕だったらどんなことで心を動かされるんだろう。
僕はどんな時に心動かされた? 最近だと何だ?
直前に高遠さんのことですごく腹がたったな。
昨日葵さんにあってから色々な意味で興奮しっぱなしだったな。
この感覚をリアルに他の人たちに伝えられないだろうか。
そんな方法ってないかな。
それから数時間、僕は悩みに悩みぬいた。
でも意外と苦痛じゃなかった。
方向性が定まったから、僕の向かうべき正解が何なのかハッキリと理解したから。
そして眠気と疲労でクタクタになりながら、僕は一つのプランを完成させた。
世界を救うという目的のわりにはあまりにもアホな、気の抜けたようなプラン。
僕はクレイジーサムライでも血まみれのユウでもない。
僕は好きな女の子の顔も満足に見れないようなヘタレの弱虫で、囲碁将棋という文化系部活の部長だったはずだ。
だから僕はミサイルでもテロでもなく、文化の力で戦いたい。
ある意味この時代に、僕たちの二十一世紀にもっともふさわしいやり方で。
「どうよこれ!」
僕は誰もいない空間に、汚い書き込みがズラズラ並ぶ紙を見せつける。
『……頑張りな』
脳内のユウは、苦笑いして消えた。





