第二章 四年後は二百年後 ④
自動運転の車は実に乗り心地よく、スムーズに道を行く。
ありふれた田舎道から少しずつ発展した街並みに入ると、いたる所が破壊され黒焦げになった、まさに戦災地という風景にかわってしまった。
ここで本当に戦争があったんだ、という生々しい雰囲気に、僕は気分が悪くなった。
何十年も昔の遺跡なら、これまでにも見たことがある。
だがここは、まだあまりにもリアルなまま、残骸が残りすぎていた。
「うっ……!」
吐き気で口をおさえた僕を、葵さんが気づかってくれる。
「だいじょうぶ?」
「う、うん、なんともないです」
戦争で傷ついた街並みをそのまま一時間ほど移動し、僕たちは岡持さんたちが住むという街のそばまで来た。
「うわ……!」
しかし街、というよりは超巨大なガラスケースといった雰囲気の『それ』に、僕はただ驚き、圧倒されてしまった。
「これが未来の街ですか……!?」
縦横十キロメートル、高さ二百メートルにもおよぶ巨大な美しい箱。
素材はわからないけど、まさか見たままのガラスじゃないと思う。
それが街をすっぽりおおいつくすようにそびえ立っている。
ちなみに許可証がないと中に入れないそうだ。
現代のアメリカでもそんな感じの高級住宅街があったっけ?
外から見た感じだと豪華なお屋敷があり、緑ゆたかな公園があり、スポーツ施設があり、レストランがあり、ヘリポートがあり――となんでもそろっている感じ
道を歩いている人たちもみな、現代人とはセンスが違いすぎるんだけど、華やかで高そうな恰好をしていた。
そしていたる所に例の動物型兵器『ハウンド』が鎮座している。警備体制も万全だ。
こんな巨大で手の込んだ空間をわずか一年や二年で作ってしまうなんてね。そういう部分でも驚かされる。
そして外。
美しく巨大な隔離空間から少し離れてみると、それはまるで別の国のように廃れていた。
意外と、ここに来るまでに見てきたような破壊された建物は少ないようだ。
「けっこうこの辺は昔のビルとかが残っているんですね」
「ああ。俺たちの技術で作った家なんぞ、奴らにとっちゃ不便で危険で住めねえみたいだからな。爆撃でキレイさっぱりブッ壊して、いつも通りの超技術で更地にしちまったのさ」
「あ……そうですよね」
壊されていない建物は、意図的に壊さなかったのではなく『結果的に』残っただけ。
自分たち専用の《綺麗なガラスケース》を作るために、過去に建っていたものはすべて破壊され、土地は奪われた。
残りはいらないから好きにしてくれたまえよ、って感じなのかな。
好きにしてくれ、ったってひどい有様だ。
僕の鏡界では活気に満ちていた駅前商店街なのに、すべてシャッターがおりて閉店していた。どれも外装が朽ちて汚れているところを見ると、完全に廃業してしまっている。
街をゆく人々も疲れた顔を痛んだ衣服で包んで、背中を丸めて歩いている。
ちょっと路地裏をのぞいてみると、悪臭ただようホームレスの巣に変わり果てていた。
これはいわゆる格差社会だ。恐ろしいほど明確に世の中が壊れている。
ここは日本じゃない、別の国だ!
僕は衝動的にそう思った。そしてその感情が僕なりの愛国心からくるものだと気づく。
違うと思ったんじゃない、思いたかったんだ。
僕のイメージの中にある日本は、もっとましな、平等性のある国だったはずだ。
辛い気分にひたりながら街を見ていると、通りの奥から騒がしい声が近づいてきた。
「不平等を是正しろ!」
「政府は国民主権の原則を守れ!」
「WE WONT TO JOB(私たちに職を)!」
楽園のような隔離空間の外側で、大勢の大人たちがプラカードを掲げて行進している。
労働者デモってやつだ。はじめて見る。
彼らはゲート付近を警護している軍服姿の外国人の前で、大声をあげて訴えだした。
無表情で直立している軍人さんは、見た目も服も日本人とは思えない。
足元で伏せているハウンドの群れを見てもわかるとおり、例のNCAという国の人たちなのだろう。
『ミナサン解散してクダサーイ』
ハウンドの群れから拡大音声が流れてくる。無線スピーカー機能もあるようだ。
『ミナサンのしている事はゴ近所迷惑デース、解散してクダサーイ』
「まずいな、離れるぞ」
岡持さんが僕の手を引いて、急ぎその場を立ち去ろうとする。
「いま巻き込まれるわけにはいかねえんだ」
意外なことに岡持さんは少しおびえているようだった。
葵さんとミドリコもまったく異論を言わず足早についてくる。
そんなに危険なのかな、あの人たちがやっていること。
僕は手を引かれながら後ろを振り返った。
「不平等を是正しろー!」
大人たちは軍の放送を無視してデモを続けている。
正直、ご近所迷惑だという軍人さんたちの主張も間違ってはいないような。
だが次の瞬間。騒々しかった群衆のデモ活動は突然静まり返った。
「えっ?」
僕が見たものは、糸が切れた操り人形のように倒れていく数十人もの日本人たちの姿だった。
幸か不幸か倒れなかった人たちは、仲間たちが死んだように動かなくなったのをみて、悲鳴を上げながら逃げていく。
「あ、あれ、岡持さん、あれ!」
「さっき言っただろ、何も見えねえ、何もできねえ、あれがブラックアウトだ!」
NPCによる五感遮断、強制拘束。
「で、でも、あの人たちそんなにひどい事はしてませんでしたよね!?」
大勢で道をふさいだり大声を出して騒いだりしたのは、たしかにご近所迷惑かもしれない。
でも人に暴力も振るわない。物も壊さない。他の国みたいに爆竹投げたり腐った卵を投げつけたりもしない。
それなのにいきなりあんな強引な手段を使うなんて!
「だから言っただろ!」
岡持さんは前を向いたまま、獣がうなるように言った。
「あいつらは俺たちの事なんてなんとも思っちゃいねえんだよ!」
倒れた人々は別の作業ロボットによってカーキ色の装甲車みたいなものに運び込まれていた。
ぐったりと力なく横たわる人々はまるで死体のよう。
表情は無く、目は半開き、口からはよだれを流したまま。
見てはいけない恐ろしいものを見てしまったような気がして、僕は目をそらしてしまう。
結局、僕たちは街の中心部から少し離れたエリアまで逃げた。
ここもまだ駅近で店が多いエリアだったはずだけど、無残にシャッター街と化している。
「どうしてこんな……」
言うまでもないセリフだったけど、それでも言いたい気分。
「貴方が生まれる以前にも日本国内で起こったことですよ、悠」
ミドリコが嬉しくもない話をしてくれた。
「大型スーパーマーケットの台頭により個人商店が淘汰された時代が存在します。安価な輸入木材の増大により国内林業が壊滅的打撃を受けた時代も存在します。小麦パンの消費増大によって米飯の消費量が三分の二に減少したというデータも存在します。時代の勝者と敗者が同時に存在するのが自由経済というものなのですよ。未熟な高校生でしかない貴方はまだ学習していない可能性が高い情報ですが、より高度な学部に進めばいずれは……」
「もういいよっ!」
グダグダと鬱陶しい解説を聞きたい気分じゃない。
「何だってんだよ」
僕はちょっとおかしいくらい腹が立っていた。
「未来ってさ、要するにすごい時代なんでしょ。エネルギー問題とか無くなってて、空中に画面がうつるコンピューターが使えて、タイムマシンみたいなモノまで作ったんでしょ。なのになんでこんな事するのさ、何が欲しいっていうんだよ、僕たちの持っている物なんて何の価値もないだろ!」
「ユウさん、もうちょっと小さい声で言ってよ、おまわりさんが来ちゃう」
葵さんになだめられて、僕はようやく落ち着く。
「……ごめんなさい」
僕は頭を下げてから、ハッと大事なことに思い当たった。
「僕の家は? それにみんなの家はどうなっているの?」
「あたしの家はそのまま。オカモっさんはもともと一人ぐらしだからあんま関係ない。でね、ユウさんの家は」
葵さんは言いにくそうに教えてくれた。
「もうべつの家がたってる。ユウさんのお父さんとお母さんは、えーとね? ユウさんがいなくなってからね? 田舎に帰るっていってひっこしちゃったの」
「…………!」
「あ、ユウさん!」
僕は言いようのない強い感情にかられて走り出した。
不幸中の幸いだったのは、このあたりははそれほど極端な破壊のあとがなかったことだ。十七年生きてきた土地を僕は全力で走り抜ける。
走って、走って。
息が続かなくなってきたころに、僕は自分の家があるはずの区画にたどり着く。
そこはもう見慣れた住宅地ではなくなっていた。
僕の家も、左右のお隣さんも、さらに裏側の家々もすべて無くなっていた。
かわりにあるものは、緑豊かな大庭園と豪華で立派な和風のお屋敷。
「ここは僕の家、だったんだぞ」
胸の奥を冷たい風が吹き抜けていった。
「ふざけんじゃないぞ」
変わり果てた街。
跡形もなくなった我が家。
殺されてしまったこっち側の僕。
地球そのものが侵略されてしまったという話に比べれば、あまりにも小さな、取るに足らない出来事だ。
それはわかっている。
わかっているけど受け入れがたい。
胸の奥を激しい不快感が渦巻き、どうにも冷静でいられない。
僕は右手で自分の胸を力いっぱいつかんだ。
肉をかきむしる痛みもこの心の痛みを打ち消してはくれない。
この感情は何だろう、そう、悔しさだ。
知らないところで他人に好き勝手されてしまったことが、とてつもなく悔しいんだ!
「ユウさん」
「ユウ」
いつの間にかみんなが追いついていた。
「こんな所じゃ話もできない。とりあえず俺のアパートに行こう」
「……はい」
僕は跡地に建っている立派なお屋敷を、最後にもう一度見上げた。
「こんな家に住める金持ちもいるんだね」
「当然でしょう。未来人の好事家か、時代の流れに乗じた現代人か。いずれにせよ敗者がいれば勝者もいるのが競争社会というものです」
ミドリコの言葉に僕はフン、と鼻を鳴らすのだった。





