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第二章 四年後は二百年後 ②

 到着したのは山奥の廃ホテルだった。いたる所があれてボロボロ、窓ガラスは半分以上が割られていて、外壁にはカラースプレーで描かれた下品な落書きが並んでいる。

夜ならば典型的なホラースポットになるんだろうけど、いまは朝なので『ひどい所』という印象しかない。


「昨夜、捕獲したブツをここに隠したんだよ」

「はあ『捕獲』したのに『ブツ』ですか」


 僕はいまだ車内にいる後部座席のミドリコを見た。


 ――わたくしはこういう『物』です。


 そう言われたあの時の衝撃は、おそらく一生忘れない。

 緑頭の『物』さんは、寝ぼけ眼の葵さんを支えて自動車から出てきた。

 やれやれという迷惑顔もしっかり欠かさない。


「ふあ~あ、ここどこ、どこの国?」

「四年前の鏡界にある日本国です。昨日時田悠との出会い頭に危うく殺害しかけたのをお忘れですか」


 おい、お前のせいで死にかけたんだよミドリコ。人のせいにすんな。


「ああそっか。七時にまたあう約束してたんだっけ」


 キョロキョロとあたりを見回す葵さん。僕を見つけると、ふやけた笑顔で手を振ってくれた。


「ああ~おはよ~ユウさ~ん」


 まだ寝ぼけているなこりゃ。七時どころかもう九時過ぎだよ。

 フラフラと頼りない足取りの葵さんを左右から支えつつ、僕たちは廃ホテルの奥に入っていった。

 案内されたのは二階の最奥の部屋。その部屋の中央に、金属で作られた動物のようなものが横たわっている。


「あ、昨日の……」


 一見して、昨夜のテレビニュースで報道された『動物みたいな物』だと想像がついた。


「知っていたか、話が早くて助かる」


 岡持さんが説明してくれる。


「昨夜落下してきたこいつを我々が捕獲したんだ。爆発事件というのはこいつが海上に墜落した衝撃によるものさ」

「えっ、でもどこも壊れていないですよね」


 窓から入ってくる陽の光にメタリックなボディが輝いている。損壊どころか傷一つない。


「降下ポッド、つまり乗り物に入った状態でこいつらは降ってくるのさ。ポッドのほうはあいにくと海の底なので我々には手出しできない。たぶん今ごろ海上保安庁か何かが調査しているんじゃないかな」

「ああ、そうなんですね」


 それにしてもなかなか興味深い形をしているロボットだった。

 全体のイメージとしては大型の猟犬に似ているといえる。

 でも頭がない。尻尾もデザインがひどく機械的だ。

 そして四本の脚から車輪が出し入れできるようになっていて、ちょっと子供用の乗り物みたいな雰囲気もある。


「舗装されている場所は小型車両として、そうでない悪路、険路の場合は四足獣のように活動できる設計だと、わたくしのデータにあります」


 ミドリコが解説してくれる。


「NABW―NO11、通称『ハウンド』。NCAの陸戦用兵器です」

「NCAって、何?」

「ネオ・コンサバティブ・オブ・アメリカ。二十三世紀の北アメリカ大陸に存在する国家の名称です」

「えっ、ネオ? 二十三?」

 

 なんだかよく分らん単語がポンポン飛んできて、頭に入らない。


「NCAの本格的な行動は貴方の時間軸では約一年半後に開始される予定になっております。今回の事件は何らかの実験、または愚かな失態によるものと推測されます」

「……ふーん?」

「迫りくる危機を未然に察知する機会を得た、という面では今回の事件は貴方がたの鏡界にとって非常に幸いだったといえるでしょう。しかし作戦開始の日時が早められる可能性も出てきてしまったことは災いであるといえます。悠、貴方は早急にわたくしたちの説明を理解し、わたくしたちの協力者となって二つの世界に貢献するべきです。よろしいですか? よろしいですね?」

「いやちょっと、ちょっと待ってよ!」


 ベラベラベラベラといつもの調子でまくしたてるミドリコに、僕はあわてた。

 前提となる知識が全然足りていないんだ。

 こんな調子でセリフを並べられても理解が追いつかないって。


「あなたたちは、僕に何をさせたいわけ?」

「わたくしたちの協力者となって、作戦成功のために様々なサポートをお願いしたいのです」

「う、うん、まあそうだろうね。それで、具体的にどんな作戦なのかな、今ここで聞いちゃってもOKなのかな?」


 まあ無理だろうと思いながらも、僕は一応聞いてみる。

 かなり重要な機密事項だろうから、聞けたとしても浅い、簡単な部分だけだろうと。

 そう思っていた。

 しかしミドリコはぶっちゃけた。とんでもないことをぶっちゃけた。



「核ミサイルで月を破壊することです」



 ……人間って、ビックリしすぎると何も言えなくなっちゃうんだね。

 硬直しちゃったよ僕。

 なぜ月を? しかも核ミサイルだと? それはそっちの世界? こっちの世界? なんのために? そもそもそんなこと可能なのか? 

 次から次へと疑問がわいてくる。


「ってミドリコ! お前いきなりぶっちゃけすぎだろ!」


 大男の岡持さんが責めるも、感情を持たぬロボットは動じない。


「これがもっとも効率の良い説明なのです。昨日からデータを収集し続けておりましたが、この鏡界の時田悠も陰気な顔で鬱々と物思いにふけるタイプの人間です。ねじくれた性格でおかしな勘違いをされる前に真実を突き付けたほうが安全確実だと、統計上の結論がでました」


 悪かったな、陰気でねじくれていて。


「そうは言ってもなあ。すまんなユウ」


 岡持さんが苦い顔で話に割って入る。


「い、いえ、でも何だってそんなことを」

「まあその、あれだ。敵の重要拠点があるからだよ」


 彼はなかばやけくそといった表情になってしまった。


「何となくわかるだろ? そんな場所に有効な打撃を与える方法なんて、この時代にはほとんど存在しないんだよ。相手もそれをよく知っている。だから俺たちの世界でロケットの打ち上げができる施設は全部壊されちまった」


 この人たちに色々と説明されて初めて知ったんだけど、いわゆるICBM、大陸間弾道ミサイルというのは一度大気圏を突破して移動し、再突入して地上に降ってくるものらしい。

 そういう理屈であるから、ロケット打ち上げができる施設とICBMそのものがあれば、重力の壁を突破して月面基地を直接攻撃できる――かもしれない。

 というのが彼らの考えだった。

 まあ、彼らの狙いはわかったけど。


「……ぼ、僕にそんなこと出来るのかなあ?」

「不可能に決まっているではありませんか」


 即答しやがったよこの性悪ロボット。


「貴方は核保有国の政府関係者でもなければ軍人でもありません、なので可能性はゼロです。できる事といえば部屋を一時利用したり名義や金銭を拝借する事ぐらいでしょうが、未成年者である今の貴方にはそれすらもほぼ期待できません」


 完全に馬鹿にされた言われように、さすがにムカッときた。


「だったら何で僕のところに来たんだよ」


 ミドリコは視線を横にいる人物にそらした。


「葵の独断ですよ。どうしても貴方に会いたいと駄々をこねたのです」

「あ……」


 僕と目があうと、葵さんは力なく笑った。


「あ、あはは、やっぱりイヤだったかな、こんな話」

「いや、そんなことはないけど……」


 今さらこの出会いを無かったことになんてしたくない。

 けれど、こんな話に僕が役立てるとはとても思えないんだ。会いに来てくれた葵さんには悪いけど、こんな普通かそれ以下の未成年にすぎない僕なんかじゃ……。


「まあまあ、勘違いしてほしくないんだが」


 空気が重くなるのを嫌ってか、岡持さんがフォローに入る、


「実際問題、仲間がたくさん必要なのは事実だ。そしてユウ、君を誘おうと言いだしたのは葵だが、最終的に賛同したのはみんなの意思だよ。見知らぬ他人よりも、気心の知れたかつての仲間のほうが良いってね」


 かつての、仲間だってさ。

 やれやれ僕の予想は悪いほうにばかり当たるみたいだね。


「そっちの僕も、あなたがたの仲間だったんですか」

「うん、そうだ。本当にいい奴だったよ」


 岡持さんはしばしうつむき、意を決した瞳で僕を見つめた。


「去年の事だ。こっちの君は爆弾テロに巻き込まれて、一緒にいた葵をかばって、亡くなった」

「爆弾テロって、それじゃあんた達が」

「勘違いすんなよ!」


 怖いくらいの迫力で彼は叫ぶ。


「俺たちとはまったく関係のない連中だ! 何でもいいから暴れられればいいっていうイカレた連中がやらかした事だ!」

「そ、そうですか」


 それは良かった。いや良くはないけど不幸中の幸い。


「それじゃあ、僕に何ができるんでしょうか。できる限りの事はしますよ」


 岡持さんは僕の言葉に目を伏せる。


「すまない、恩にきる。とりあえず君の自室を逃走ルートに使わせてもらおうと思う。ミドリコからもう準備は完了していると報告を受けているが」 

「準備だけではなく、試運転も完了しております」


 はて、何のことだろう?


「逃走ルートっていうと、つまり避難場所という事ですね」

「いや、ちょっとニュアンスが違う。何らかのトラブルがあった時、君の部屋に逃げこむことにするからビックリしないでくれ、ということなんだが」

「それなにか違うんですか」


 僕は首をひねった。僕の言っている事と岡持さんの言っている事って、同じだよね?

 そこでミドリコが顔をヌッと突っ込んできた。


「わっ」

「岡持のお粗末な発言を正確に理解するためには、OMTという二十三世紀の機械について理解する必要があります」

「オーエムティー?」

「はい。オポジット・ミラー・トランスポーターの略です。日本語では無限鏡界移動装置と意訳されております」


 オポジットミラーって、たしか合わせ鏡の事だ。

 それと鏡界という言葉、さっきから何度か聞かされている。


「合わせ鏡の向こう側にある世界から来たという説明は記憶していますね? さすがにそれは忘却しておりませんね?」

「お、覚えているよ、それくらい」

「本当ですね? 見栄を張っているのではありませんね?」

「そういうのもういいから! 僕、そういうプレイに興味ないから普通にしゃべってよ!」

「そうですか。OMTとは合わせ鏡の向こう側に多数存在する世界、『鏡界』を行き来する機械とその技術体系のことです。我々はOMTの技術を応用することで瞬間移動に近しい移動手段を有しております。昨夜、貴方の部屋で大音を立てて訪問した理由がそれです」

「あっ、あのガラスが割れる音!」


 昨夜二回聞いた、ガラスが派手に割れる大音。あれはそのOMTとかいうものを使った音だったのか。


「その通りです。OMTを使用して他の適当な鏡界に移り、再びこの鏡界に戻ってくることで間接的な瞬間移動が可能になります。貴方の部屋にはすでに到着地点とするべく機器を設置しておりますので、さっそく今から正式に逃走時の脱出口として登録させていただきます」

「えっ、機器の設置? そんなことしたっけ?」

「あなたが気絶して葵に起こされるまでの間に、すでに設置完了しておりました」


 こいつ、勝手なことを。

 それにしても、新しい情報があまりにも多すぎてかなり混乱気味なんだけどさ。みんなの言う話を総合して考えてみるとさ……。


「つまり、あなたがたの世界――四年後の鏡界は、二十三世紀の未来人から侵略されたってこと?」

「うん、そうだよ」


 葵さんが暗い顔で肯定した。


「二年前のあの日、なんもかんも変わっちゃった。世界がまるごとぜーんぶ。この鏡界にのこっている『今』は、もうあんまり残ってないの」

「んな……」


 とんでもない話だ。でもきっとウソじゃない。

 ミドリコという人間そっくりの超高性能ロボット。そして床に横たわる大型犬のような兵器。

 こんなもの、今の時代じゃフィクションの中にしか存在しない。


「だから『自分たちの手で核ミサイル』ですか? 他の武器でとか、他の国がとか、そういう段階じゃあ全然なくなっちゃってるってことで?」

「ああ、そうなんだ」


 岡持さんがみんなを代表して答えた。


「ユウ、君に一度、俺たちの鏡界に来てほしい。『君たちの未来』がどうなるかを知ってほしい。そして『俺たちの今』を変える手伝いをしてほしいんだ」


 正直な気持ちとしては怖いから遠慮したいと思った。好奇心よりも不安感のほうが勝る。

 でも断れる空気じゃない。

 僕はきっと見るべきだ。葵さんが生きる世界を。自分がいなくなった後の世界を。


「はい、お願いします」


 僕のこの一言で、異世界小旅行は決定された。

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