第一章 向日葵(ひまわり)の季節 ⑩
ミドリコは言うなれば家庭用電化製品、つまり家電である。悪口雑言をまき散らす漫才ロボではない、たぶん。
彼女が真の力を発揮したのは、葵さんのすすめでミドリコに夕食の支度をさせてからだった。
古臭い不衛生なキッチンだとか、設備や器具が貧弱だとか、相変わらず口の悪いことこの上ない奴ではあったが、完成した料理は絶品であった。
すごく旨い、そして珍しい。どこの国の料理なんだろう。
一応ご飯とみそ汁はあるんだけれど、みそ汁はダシが和風のそれとは違う。ご飯にも味がつけられているんだけど、何の味なのか僕の味覚では分析できない。
そしておかずは帰り道のスーパーで買ってきた肉、魚、野菜と果物が材料。これはもう全く理解を超えている。肉と魚と数種類の果物でできた煮込み料理……というとグロ画像のイメージがわくのだが、どういうわけか見た目もきれいですごく美味しかった。
ジャンル的には創作料理とか多国籍料理というのが近い気がする。けどそれともなにか印象が違う。すごく発想が斬新で未来的な――そう未来的な料理だった。
「そういえばミドリコのエネルギーってなに? 充電とかしなくて大丈夫?」
調理器具を洗い終えて台所の掃除をはじめたミドリコに、ふと思いついたことを質問してみる。当然というかなんというか、彼女は食事を必要としない。
「光発電によって常時充電しておりますので、この時代の家電のようにバッテリーが尽きるということはまず起こりません」
「え、そうなの?」
常時充電とは言うけど、部屋の明かりなんかで光量は足りるのだろうか。それに電卓なんかについているようなパネルも彼女の体には見当たらない。
「この疑似毛髪が、わたくしの電池モジュールですよ」
そういってミドリコは特徴的すぎる緑色の髪をかきわけた。なるほど、一番光が当たりやすい頭部に充電器が付いているのか(しかも取り外し可能だし)。
「OYO―MEⅢ型は宇宙空間での使用も想定されておりますので、0.1ルクス、星明りほどの光量でも実用レベルでの充電が可能です」
「星? 月ですらないの?」
「はい、この世界の製品はなにもかもコストパフォーマンスが悪くて非常に滑稽ですね。人間の生命力も経済力も有限だというのに無駄の多いことで」
……この程度の皮肉は気にならなくなってきたな、良いことなのか悪いことなのか。
しかしすごいことを聞いた。
おそらく今の話はロボットだけに限った話ではないだろう。家にあるすべての電化製品、街にあるすべての電飾や街路灯が自身の発する光で充電できるということだ。もしかしたら自動車や電車、大型船や飛行機まで動かせてしまうかもしれない。
それはもう完全に別世界だ。
なにかと悪い話題になる原子力発電所はもういらない。
それどころか火力も風力も水力も、発電所はみんないらない。
景観を損なう電柱も電線もいらない。
燃えて二酸化炭素をまき散らす石油もいらない。
高いお金をかけて太陽光発電システムを設置する必要もない。
それは究極のエコロジーであり、エコノミーでもある。
地球にもお財布にも優しい。
「すごいねー、良いなあ」
まったく正直な感想を口にする僕。ミドリコはもちろん無表情。
だけど、ただ一人。葵さんの表情だけは暗くなった。
「え、僕なにか悪いこと言った?」
葵さんは僕の視線を受けて笑顔に戻った。
「ううん、なんにもー。ホントマジすっごいよねー」
「うん」
なんで暗い顔になったんだ。良いことずくめのすごい技術じゃないか。どこに嫌がる要素があるっていうんだろう。
気になるけど、やっぱりまだ聞いちゃいけない話なんだよな。
ちょっと気まずい沈黙がおとずれた。
僕は何をしたらよいのか困って、掃除をしているミドリコの後ろ姿を眺めた。彼女はシュババババババーッ――と人の理解を超えたスピードで流し台を磨いている。
次の瞬間、ミドリコは首だけをグルン! と半回転させてジロリと僕をにらんだ。
「ギャッ!?」
「入浴の準備が整いました。ただちに全身を清めることをおすすめします」
「首だけ動かすのやめてくんない!? 心臓に悪いんだけど!」
「申し訳ありません。清掃効率を落とさず、なおかつ礼儀を失しないためにあえてこのように行動いたしました」
首だけ回転させるのもじゅうぶん失礼だと思うけどな。
そんなことを考えていると風呂場の給湯器がピピピッ、ピピピッ、と電子音を鳴らした。お湯が溜まりましたよ、という知らせだ。
「失礼ながらお宅の浴場設備は時間設定が不完全ですね。わたくしの計算より八秒も誤差がありました」
「あ、そう」
自分の時間設定がずれている可能性は考えないらしい。傲慢というか機械的というか。
「浴槽には最低でも十分はつかって発汗をうながしてください。全身の毛穴という毛穴から老廃物と雑菌を排出することができます」
「ふーん」
「肌を洗浄する際は毛穴の汚れを落とす意識をもって、丁寧に多くの回数をかけて洗うべきです。そうすることで体臭の元を大きく減少させることができます」
「しつこいよ! 僕そんなに臭いか!?」
「申し訳ありません、製作者の趣味です。しかしながら新陳代謝の活発な十代の人間は、知らず知らずのうち全身に多量の汚物をため込んでいる可能性があります。初夏という季節柄、発汗が皮膚、体毛および衣類に吸着されたまま放置されやすく、周辺の人間に多大なる嗅覚的苦痛を与え、さらには貴方自身の社会生活にも損害を与えるという危険性が考慮されるためご忠告申し上げたのですよ」
「あっ、ハイ……」
一つ言えば十倍になって返ってくる。
言い争うのもしんどい作業だと思えたので、僕は素直に着替えを用意して風呂場に向かう。
礼儀上、お客様の葵さんが優先じゃないかと気づいたのは服を脱ぎすててしまったあとで、まあ仕方ないかと諦めて僕は風呂場へ入った。
「全身に多量の汚物をため込んでいる――か」
さすがにあんな事を言われては気にかかる。試しに左脇を指で探ってみると汗がたまってヌルヌルしていて、軽く異臭がした。
これはまずい。葵さんは気にならなかったのだろうか、それともあえて無視してくれていたのだろうか。
どちらにせよ徹底的に洗わなくては。
僕は浴槽に入る前にシャワーを浴びて、汗を洗い流し始める。
意識的に触ってみると、色々な部分がベタベタのヌルヌルだった。
髪、首筋、脇、両股……、だめだこりゃ。
こんなんじゃ嫌われてしまう。僕はもう気楽で無神経な一人ぼっちじゃないんだ、ちゃんとしないと。
今の僕にはその……、あ、葵さんが、いるんだから。
カーっと顔が赤くなるのを体感しつつ頭から湯を浴び続ける。
その時、出入り口のガラス戸がゴンゴン、とノックされた。
返事をする前にズバァン! と勢いよく開かれる。
「お背中お流ししまーっす!」
許可もなくズカズカと入ってきたのは葵さんだ。
身に着けているものはバスタオル一枚。
それ以外は何もなし、全裸。
「あうっ」
僕は間抜けな声を出したまま、何も言えず彼女の艶姿に見とれてしまった。
今日の放課後に見た体操着姿のひなちゃんは、いかにも子供っぽいあどけなさを残した体型をしていた。
いま目の前にいる葵さんは大人の魅力に満ちていて、なんというかこう、たった一枚のバスタオルで隠しきれるようなボリュームじゃなくなっていた。
肉付きのいい胸や太ももがバスタオルを押しのけてあふれ出しそうだ。女の子って、四年でこんなに変わってしまうのか。
「さあさあすわってすわってお客さん」
僕はすすめられるままイスに腰かけた。
頭の中はパニックだ。全身が硬直したままピクリとも動けない。
「フンフンフフーン♪」
葵さんは鼻歌まじりにそんな僕の背中を洗い始める。
「うっ」
くすぐったくて、僕は身をよじった。
他人に体を洗われるなんて、おそらく母とお風呂に入っていた幼稚園児のころ以来だ。
「あ、くすぐったい?」
「は、はい、ちょっと」
話しかけるためにちょっと後ろを振り返った瞬間、大きな胸の谷間が視界に飛び込んできて、思わず股間に強い衝動が芽生えた。
あ、まずい!
僕は前かがみになった。まずい、前のほうがまずいことになった!
「コラ逃げるなー」
葵さんは笑いながら脇腹あたりを洗い始める。くすぐったいを通り越して、性的な快感を刺激される。まずいところがより激しくまずいことになった。
「も、もういいですから、あとは自分でやりますから!」
「ダーメーあたしがやるのー」
逃げようとする僕の背中を葵さんが捕まえる。
生々しい感触に包まれて、僕はもう臨界寸前だ。
葵さんは少しの間そのまま僕の背中を抱きしめ続けて、そしてぽつりとつぶやいた。
「やっぱりちょっと小さいね」
「えっ」
そのひと言で僕のものはシュンとなった。
「こっちのユウさんまだ十七だもんね。体つきも身長もこれからもっと大きくなるんだもんね」
「あ、ああっ、身長のことね、身長の話ね!」
チン長の話じゃなかった。
「ねーユウさん」
「はい?」
「ユウさんがこれからどんな大人になるのか、イメージしたことある?」
「い、いやあ」
どんなって言われてもしょせん僕だし、どうせたいした展開は無いよ。
「きっと地味な未成年から、地味な大人に変わるだけなんじゃないかと」
僕の背中で葵さんはクスッと笑った。
「まー、いつもの性格はそんなにかわらないかも」
でしょーね。
「でも体はちょっとたくましくなるんだよ。大学に行ってからずっとジムにかよって体をきたえてたんだって」
「へえ」
これは意外。
「ちょっとしたシンキョーの変化だっていってたけど、なんかあったのかな?」
「ああ……」
僕にはその『心境の変化』とやらの正体がすぐに分かった。
失恋だよ、もちろん。
ひなちゃんとの縁が完全に切れてしまったと思った僕は、辛さをごまかすために何でもいいから逃避行動を求めたのだろう。
それで何かしらのきっかけを得て「心身を鍛えよう」というマッチョイズムにはまって、忘れるためのトレーニングに没頭したんだな。
けど思いもよらず彼女と再会できた、というところか。
「ねえユウさん」
「はい」
さっきと似たような会話の流れ。でも違う。
「いま好きな人って、いる?」
心臓が爆発しそうなほど、胸が高まった。
すごいよね葵さんは。僕の十倍も百倍も積極的で行動力がある。
僕が何か月たってもできなかったことを、葵さんはあっという間にできちゃうんだ。
「……い、います」
しぼり出すような声で答えた。
僕を抱きしめていた両手を、僕も握りしめる。
言いたい。言わなくちゃ。どんなに今さらでも、分かりきっていても。
「ずっと――っていうほど長くはないかもしれないけど、でもずっと、あなたの事を想っていました。生まれて初めて、恋をしました」
「……あたしも。ユウさんのこと、大好きだよ」
僕の背中を何か水分のようなものが伝った。
もしかしたらそれは涙だったのかもしれない。
何を意味する涙なのか。きっと複雑なものだろう。
葵さんは鼻をすすり、うって変わって明るい口調になった。
「ねえ、しよっか?」
「はい?」
何を。
「エッチなこと」
えっという間もなく、イスに座っていた僕は後ろに振り向かされた。
葵さんはもう、バスタオルすら身に着けていなかった。
生まれたままの姿で僕たちは抱きしめあう。
「大人の、恋だよ」
僕たちはキスをした。
今度は無理矢理じゃなくて、お互いの同意で。
五秒くらいかな。唇を重ねたまま、僕たちは抱きしめあっていた。
僕は湯にも入っていないのに早くものぼせ上っていた。
意識も視界もぼんやりする。
この瞬間にベッドの上で目覚めて、あ、なんだ夢だったのか。みたいな展開が一番自然なのではないかとさえ思えてしまう。
でも夢じゃないんだ。このぬくもりも柔らかさも、本物なんだ。
まさに夢心地。幸せな興奮をかみしめる僕であったが。
「んん?」
葵さんが突然不機嫌そうにドアのほうをにらむので、僕の夢も覚めてしまった。
まさかガラス戸の向こうにミドリコが……と思ったが違う。誰もいない。
「邪魔っ」
葵さんは空中に向けて手を振った。空飛ぶハエを追い払うような動作。でもハエも蚊もいない、何だろう。
「まったくこんなときに、やーねーユウさん」
葵さんは笑顔で僕に向き直る。
だがすぐにまた不機嫌になった。
ブン、ブンブンブン!
葵さんは何度も何度もハエを追い払うように手を振る。同時にどんどん機嫌が悪くなっていく。
「なんだってのよしつこいわね!」
ついには怒鳴ってしまった。
その声に呼ばれるように誰かの足音が近づいてくる。
足音の主はミドリコ。
彼女はノックもせずに更衣室のドアを開けて侵入し、すりガラス越しに話しかけてきた。
「葵。六十五秒前から四度もエマジェンシ―コールが鳴っています。低脳の貴女にはわからないのですか?」
「わかってる! あんたテキトーに言ってごまかしてよ!」
「これは貴女の義務です、葵。映像データを確認してください」
そんな言葉を最後に沈黙がおとずれた。
映像を確認しろとか言うが、ミドリコは浴室に入ってくる気配もない。そして我が家の浴室には防水テレビやタブレットなどはおいていない。
しかし葵さんはミドリコのほうを向いたまま無言。ミドリコもまた無言。
本日数回目のよくわからない状況(何となくSF的な想像はできるんだけど)になった。僕は雰囲気にのまれて口をはさめず、なんだか間抜けな空気を出しながら葵さんを抱きしめ続る。
「はあ!?」
葵さんが驚きの声を上げた。
「なんなのよこれ、こんなんありえないでしょ!」
彼女は空中にある『何か』をつかむ動作をして、叫びながら立ち上がる。
「しかしこれは事実、この鏡界で先ほど起こったことです、葵」
「ウソでしょー!」
葵さんの表情は深刻だ。どこかおびえている風でもある。
「どうしますか、葵」
「……行くわよ、行くっきゃないでしょもうっ!」
彼女はガラス戸を勢いよく開ける。
「あ、葵さん!」
彼女がどこか遠いところに行ってしまう。そう感じた僕は思わず大声で呼び止めていた。
振り返った葵さんは、なんだか複雑な表情になる。
「あ、あの、僕に何かできることは」
葵さんではなくミドリコが返答した。
「ありません。現時点でのあなたには核心となる情報を与えないことになっております」
「け、けどなにか大変なことがあったんでしょ? あんな口約束なんてもう……」
食い下がる僕の口を、葵さんがキスをしてふさいだ。
「ゴメンね。でもユウさんはここでまってて。こっちでもユウさんに何かあったら、あたしなんのためにこっちに来たのかわかんなくなっちゃう」
そう言って葵さんの身は離れた。
「朝までにはもどってくるから! ユウさんはおフロはいって、戸じまりして、それからえーと、えーと、とにかくフツーにしてまってて!」
そう言い放ち、葵さんは風呂場を飛び出していった。
残された僕はただ立ち尽くし彼女の出て行った更衣室のドアを名残惜しく眺めるのみだ。
しかし次の瞬間。予想外の物音に驚愕した。
ガッシャアアアアン!
ガラスのようなものが豪快に砕ける大音がした。
「え、葵さん窓ガラス割っちゃったの!?」
僕は腰にバスタオルを巻きつけて飛び出した。
何やってんだよもう、悪ノリしすぎなんじゃないのか!
階段を上った音は聞いていない、だから僕は一階の全部屋をまわる。
……しかし、割れているガラスは一枚も無かった。
「あれ?」
おかしいと思いつつも、二階も確認する。やはりどこのガラスも割れていない。
「気のせいなはずは無いよな」
かなりの大音だった、聞き間違いなどあり得ない。確かに二人が浴室を出て行ったすぐあとに、ガラスが砕ける大音がしたのだ。
「どういうこと?」
疑問に答えてくれる人は誰もいない。悩んでいるうちにだんだん肌寒くなってきたので、僕は風呂場に戻った。
「お風呂入って、戸締まりして、か」
こんなことをしている場合じゃない気がするのに。
葵さんは今きっと大変な思いをしているはずなのに。
僕はただじっと風呂に入っている。
すごく自分が情けないと思った。
風呂上り。僕はのどが渇いたので台所にむかう。
「うわっ、すごいなこれ!」
驚きのあまり、ひとり言にしては大きすぎる声が出た。
台所がまぶしく光り輝いている。築十数年のキッチンがまるで新品のよう。
ミドリコがやたらとシャカシャカ激しく動き回っているのは見たけど、あんな短時間でどうやったらここまで奇麗に掃除できるんだ。
「とんでもないな、あのロボット」
つぶやきながら冷蔵庫を開け麦茶を取り出し、まずは一杯飲み干す。
続いてコップとボトルを左右に持ち、リビングにむかう。
ソファに座り、テレビをつける。
頭の中は葵さんたちのことでいっぱいなのに、体に染みついた動作は遅滞なくすすむ。
人間というのはつまらないところばかり便利にできていた。
テレビのリモコンをいじくり、適当にチャンネルを変える。
こんな心境でも見なければいけない番組なんて、存在するわけもない。ただ惰性でテレビをつけ、チャンネルをいじっているだけだ。
そんななかニュース番組が映った時に、ふと手が止まった。
なにか緊急事態が起こったらしい。
『○○県東京湾沿いの海水浴場で爆発事故のようなものが発生したと警察発表がありました。詳細はいまだ不明です』
それは自動車なら二時間ほどの距離にある、わりと近場の海水浴場だった。
テレビ画面の向こうでは、爆発によってまき散らされた海水が砂浜を越え、数十メートル先の民家まで水浸しになった、という報道がなされている。
どうやら陸地ではなく陸地近くの海でおこったようだ。
「爆発って、なんでそんな場所で?」
時間はちょっと前、僕が風呂場に入る前後のことだ。
タイミング的に葵さんが飛び出していった理由が、これなのではないかという気がした。
証拠はない。だけどこれだという実感があった。
この事件と葵さんはきっとつながっている。僕は食い入るようにテレビを見た。
起こったばかりの事件なのでテレビ局も大変なのか、いささか慌ただしく、段取りの悪い感じで番組は進む。
『現場の最新情報がはいりました。事件のありました○○県の△△海岸付近で、中型サイズの謎の動物が市外に侵入し住民を騒がせていると報告が入りました』
「えっ」
爆発じゃなくて今度は動物? 何だそれ?
アライグマやイノシシが街を荒らすというニュースは定期的に見かける。爆発でビックリした獣がパニック起こして山から降りてきた、ってオチかな?
報告を受けた司会者たちもちょっと戸惑っているように見えた。
画面が切り替わり、目撃者が撮影した動画に切り替わる。
テレビ画面に小さく映されたそれは後ろ姿だった、大型犬くらいのサイズだ。
色は銀色っぽい。画質が荒くて断言はできないけど、生き物というより機械のように見える。
獣はほんの数秒画面内に映っていただけで、サッと跳ぶと見えなくなってしまった。
「ロボットの、犬……」
ニュース番組の司会者たちは何の動物でしょうね、などと毒にも薬にもならないことを語り合っている。だが僕の目にははっきりとアレが機械に見えた。
僕はミドリコの存在を知っているから。だからあんな速度で動くロボットが実在する可能性をすぐに考えられる。他の視聴者たちはどう思ったことだろう。
それ以降は目新しい情報もなく、同じ内容を二度ほど繰り返した後で本来予定されていたニュース内容が始まってしまう。僕はテレビを消した。
「葵さん、大丈夫かな」
ミドリコがちゃんとフォローしてくれるだろう、とは思うんだけどやはり心配だ。具体的に何をしに行ったのかも分からないけれど、漠然とした不安感で胸がいっぱいになる。
苦しい。
でもきっと葵さんのほうがもっと苦しんでいるに違いない。
僕は何にもしていない、バカみたいだ。
 





