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第一章 向日葵(ひまわり)の季節 ⑨

「ええっ、そうなんだ!?」


 ひなちゃんもそんな簡単に信じないで! 普通そんなことあり得ないから!

 僕はだんだん頭が痛くなってきた。おかしな人間たちが出会って騒いでわけわかんない展開になっている。


「どうしてこっちに来たの、アクション映画みたいな感じ? 歴史を変えようとする悪者と闘ってるの?」

「それは明日の午前七時まで公開できない情報です」


 あ、そこは秘密なんだ。

 でもそれなら始めからヒントを与えるようなことは、言わないほうが良くない?


「えー、教えてくれたっていいじゃんー?」


 初対面のミドリコの手をとって、ブラブラゆすりながら甘えるひなちゃん。

 この人懐っこさが彼女の強みだが、相手は血の通わぬロボットだ。ミドリコは例によって冷たい毒をはいた。


「わたくしは公開できない情報だとお伝えしました、葵。あなたはこちらの世界でも話を聞けないそそっかしい性格なのですね」


 ひなちゃんはムッと表情をかたくした。


「は? なんかアンタ感じわるくない?」

「お任せください」


 なぜか緑頭ロボは得意げだ。


「わたくしはいかなる状況下においてもあなたを侮蔑し精神的苦痛を与えることができます。あなたがどのような発言に怒りをおぼえ、苦痛を感じるか、あらゆるデータがわたくしの中におさまっておりますのでどうぞご安心ください」


 そんなの威張ることじゃない。

 横で聞いている僕まで腹が立ってくる。直に言われたひなちゃんはさぞ……と思っていたら、予想に反して彼女は笑い出した。


「あっはははは、あなたおもしろーい!」

「そうでしょう。わたくしは本来あなたなどには一生手の届かない超高性能未来型お手伝いロボットなのです」

「あははは!」


 なぜかひなちゃんはミドリコを好意的に受け止めた。

 根っから明るいひなちゃんは、この毒舌すらも冗談として受け止めてしまったのか。


 さてそれからもさほど意味のない賑やかな会話が続いたわけだけれども、葵さんがどうも二人と別れたくなさそうな雰囲気だったので、僕たちはズルズルと五人(四人と一体とすべきか)で行動した。

 大人だったなら一緒に夕食でも――と誘うところかもしれないけれど僕たち未成年はそこまでお金を持っていない。それに帰りが遅くなっては親の小言がうるさいという面もあって、僕たちはすぐ近くにある公園に立ち寄った。


「わはー、こんなトコに公園なんてあったんだっけ?」


 葵さんはブランコを囲う鉄柵に飛び乗った。よっ、とかほっ、とか言いながら見事にバランスを維持している。僕にはちょっと出来そうもない身軽さだ。


「あー、あたしも中にはいるの初めてかもしんなーい」


 ひなちゃんも同じ柵にヒョイと飛び乗った。

 この人、というかこの人たち、と称するべきか。二人ともすごいな。

 月光の下でたわむれる二人の日向葵にみとれていると、横から視線を感じた。

 高遠さんが僕をにらんでいる。


「私にはあんなこと出来ませんから!」


 いや、やれなんて言わないよ。あんなの誰にでもできることじゃないでしょ。

 ジャンプ力だけじゃなく体幹のバランスとかいうのも優れていなきゃできないはずだ。


「頭が軽い分、身も軽いのでしょう」

「ミドリコ、お前ね……」


 なんてこと言いやがるんだ、そう言おうとして振り向くと、ミドリコは二人の日向葵を指さしていた。


「このー年下のくせにナマイキな!」

「現役アスリートにかなうとおもうかぁ?」


 二人は鉄柵の上でつかみあい、互いに相手を突き落とそうとしている。


「何やってんだあ!」


 さすがにやりすぎだ二人とも。僕は思うより先に駆け出していた。 

 図ったかのようにピッタリ同時に足を滑らせる二人。


「ぐほあっ!」


 組み合いながら滑り落ちる二人の肩が、僕の薄い胸板を直撃した。

 非力の僕に女の子を二人も支え切れるはずがなく、僕はそのまま下敷きに。


「ひな!」


 りりあちゃんが上の二人に声をかける。


「大丈夫、この男に変なところ触られなかった!?」


 心配する点が違う!


「ぐほっ、げほっ」


 激しくせき込む僕の背に、ミドリコがつぶやく。


「呼吸器系に異常が見受けられます、このままではあなたは健康を損なう可能性があります」


 そう言いながら、意外にも僕の背中をさすってくれる。


「……あ、ありがとう、ゲホッ」

「もちろん皮肉で申し上げているのですよ。あの程度は支えてみせるのが男の甲斐性というものではありませんか?」

「ゲホッ!」


 こいつは……本当に……。


「製作者の趣味です。わたくしはいついかなる時も口汚く罵ることが可能です。人間に親切にする時などはその最たるものでしょう。ボディタッチによるヒーリング効果と罵詈雑言によるストレス蓄積の相乗効果は、対象者を複雑怪奇な心境にさせることができます」


 複雑怪奇にする必要がどこにあんだよ!


 僕が責められながら癒されている横で、二人の日向葵は高遠さんに抱きしめられていた。


「本当にもう(スーハー)どうしてこんなことに(スーハー)なっちゃったのかしら。ただでさえ騒々しいのが二人になっちゃって(スーハー)マジで困っちゃう」


 口では文句ばかり言っているが、吸血鬼は幸せそうに吸っている。

 趣味を満喫している彼女の様子を見て、葵さんの表情がちょっと真面目になった。


「りりあちゃん、あたしのこと――じゃあまぎらわしいか。ひなのこと、好き?」

「は? そりゃまあ……好きだけど?」


 葵さんはニコリと笑い、ひなちゃんと高遠さんを抱きしめた。


「あたしにまかせてね。あんなことぜったいにもうないから」

「はあ?」


 葵さんが何を言いたいのかわからないけれど、その言葉には真心がこもっていた。

 あっちの世界での彼女の生活は、いったいどんな事になっているのだろう。なんだかずいぶん寂しいことになっている雰囲気だけど……?


 それから小一時間ほど、僕たちは月光の照らす公園で時を過ごした。

 大したことはしていない。二人の日向葵が姉妹のようにじゃれあって、その横で僕がミドリコと高遠さんに言葉責めプレイされただけだ(だんだん慣れてきた)。


 別れ際、ちょっと意外だったのは葵さんが日向家のお父さんお母さんには会おうとしなかったことだ。


「べつにいつでも会えるし、こんどでいいよ」


 と本人は言った。

 ご両親にはいつでも会えるといって執着心を見せない。

 高遠りりあさんには嬉しそうに抱きついた。

 そして僕には、泣きながら再会を喜び、抱きついてきた。


 ……これはひょっとして、僕って大学を卒業するかしないかくらいの歳で『死ぬ』ってことなんじゃないのか?


 あっちの世界とやらでどういう奇跡をおこしたのかわからないが、僕はひなちゃんと恋愛関係になれた。

 そして原因はまだ不明だけど僕はひなちゃんを残して死ぬのではないか。

 さらに、ひなちゃんは僕が死んでも忘れずにいてくれて、今回謎のSF技術を使って会いに来てくれた。


 それが今から四年以内にすべて起こる。

 いったい向こうの世界で何があった? 

 そしてこっちの世界で何が起こる?

 今すぐ知りたかったけれど、明日の朝までは内緒にする約束だ。だから聞けない。

 ひなちゃんたちと別れてから、葵さんはずっと僕の左腕に抱き着いている。


 こんなにすぐそばにいるのに、妙に遠く離れているような気分。

 胸の中がモヤモヤする。早く知りたい、もっと彼女のことを知りたい。

 ほんの数時間前まで、そばにいられるだけでも奇跡だって思っていたのに。

 僕ってこんなに贅沢な男だったっけ。

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