私は空っぽな心臓
誰だか知らないけど、星座を考えた奴って正直やばいと思う。
何がやばいって、不安になるレベルでセンスが独特過ぎる。
例えば私は2月生まれのうお座だが、あれって右のほうが小さく丸い形になっているから、そこが魚の頭なんだろうなと思っていたら実はそれだけではなくて、左の一本線をもう一匹の魚として左右二匹の魚をうお座としているというから驚きだ。
百歩譲ってあのL字に丸がくっついたような形を「魚が跳ねているように見える」ならまだ納得できるかもしれない。
それがさ、「ねえ、左の一本線も魚に見えない?」なんて真面目な顔で言われたら、私はそいつの正気を疑うね。
友達だったらとりあえず心配して、少しずつ距離を置くかもしれない。
いやごめん、それは言い過ぎた。
でもちょっと認識は変わるかも。
この子は凄まじくロマンチストだったんだって、これまでの付き合いを見つめ直すと共に、その突き抜けた独創性も受け止める努力くらいはしようかしら。
なぜならロマンとか独創性で言えば、私としても人より劣っている自覚があるから。
もしかしたら普通の人にはあれが二匹の魚に見えるのかもしれないし、それを疑ってばかりでは私はいつまでたっても何事にも無関心なリアリストのままだ。
なにも頭お花畑になりたい訳じゃないけど、冷めた人間よりはマシって話。
それに何事も勉強って、担任の馬場も言ってたし。
そんな、私にとっては意味不明な星座だけど唯一さそり座はなんとなく理解できる。
アルファベットのJみたいな形をしていて、なんか尻尾あるなって感じがする。
アンタレスのおかげで見つけやすいってのもポイント高い。
……でもなぁ。
アンタレスはサソリの心臓って言われているけど、節足動物の循環系って開放血管系だから、心臓も点じゃなくてやっぱり線のイメージが強いのよね。
そして、そもそもどうしてサソリなの。
こう言っちゃなんだが、Lが二匹の魚でまかり通るならJだってもっと奇抜でいいんじゃないの?
なぜちょっとだけ共感してしまうようなことをするの?
大昔のロマンチストがアンタレスを見上げた時、そこらへんにサソリが歩いていたのかしら。
意外と適当。なんかがっかり。
あと北斗七星も知ってる。お兄ちゃんの部屋で北斗の拳を読んだから。
でもあれは星座じゃなくてアス、アスタ……なんだっけ。
寝る前に調べておこう。ロマンが無い上に学も無いなんて悲惨だわ。
まあ別に私が星について詳しくなくても、あいつは大して気にしないだろうけど――。
あいつってのは野田マサヒロのことで、私の通う高校でも恐らくトップクラスに成績が良くて、それぐらいが取り柄の奴。
どんな人間かと聞かれてもそれ以上は答えられないし、強いて言えば眼鏡掛けてて、髪は7対3に分けてて、野田だなぁって感じ。
つまりどうでもいい。
どうでもよかった、って言ったほうが良いのかな。
野田のやつ、先週の金曜日にいきなり私の席に来て、
「夏休みになったら、一緒に星を見に行かないか」
なんて言うもんだから弁当のちくわが喉に詰まって、それでも動揺するなんて私のキャラじゃないし、
「おう」
とは答えたんだけどあの野郎、私ほったらかしてそそくさと逃げていきやがった。
おかげでユキにはそういう落ち着いたデートをするほどの仲だったんだとか微笑まれるし、ノゾミは『星を見に行く』が何かの暗号なんじゃないかと探偵ごっこを始める有様。
どいつも勝手だ。
赤の他人に毛が二本生えた程度の関係なんだってば。野田なんて。
あんた達と同じで、私にとって奴は単なるクラスが一緒なだけのガリ勉っていう認識でオッケーなのよ。
くそう、むかついてきた。
なんかお腹も空いて来たし、北斗七星なんて良いから今日はもう寝よう。
だが野田よ、私はやられたらしっかりやり返す女だってことは覚えておきな。
◆
「野田よ。私はお前と星を見に、何処へ向かえば良いのかね」
昼休み、気心の知れた友人と弁当を味わう野田のもとへ私は特攻した。
「ミカコちゃん……」
目や口を開け放して辛うじて名前を呼ぶ野田に少しは気が晴れたが、おいちょっと、『ミカコちゃん』なんて言ったらまた波紋を呼ぶだろうが。せめて『中島さん』と呼びな。
だけど無理に訂正はしない。
中島ミカコはそんなことしない。
クールで、いつだってどっしりと構えているのが私だからだ。
それに、変に反応してしまえば逆に怪しまれてしまうに決まっている。
ていうか野田、あんたも私が好きなんだったらもう少しちゃんとしなよ。
いつまでも驚いてないでさ。
「あのさ、聞こえた?」
「あ、申し訳ない」
眼鏡クイッ。
ほんと、野田って感じだよな。
「近所の公園を計画してる」
「ふーん」
とは言ったものの、どういうことだよ。
あんたは一世一代の勇気を振り絞って私を誘ったんじゃないのか?
それがよ、近所の公園で星を眺めるだなんて、それで良いのか?
良いんだな。
たぶんあんたはそこで私に対してあれこれアプローチを掛けるつもりだろうが、そんな小学生みたいなプランじゃ、まじでどうなっても知らんからな。
「追って連絡しな」
そう言い残して、じっと見守るユキとノゾミのもとへ戻る。
「断るのかと」
と、ノゾミ。あんた、実は楽しんでたのね。
「私は信じてたよ」
「ユキはこういう真逆なタイプがくっつくの好きだもんね。だけどごめん、本気じゃないよ。星見たらちゃんと振ってさっさと帰るつもりだから」
「じゃあ早く振ってあげなよ。野田が哀れだよ」
「リスペクトしてんのさ。少なくとも、奴の身の丈に合わない勇気にはね」
「何言ってんのか分かんないよ」
私にも良く分からん。
ただ、出鱈目を言っている訳じゃない。
まさか野田が私に悶々とした感情を抱いていたなんて知る由もなかったし、それを色々すっ飛ばして急に星を見に行くだなんて、こっちも普通に断ってもなんの問題も無いんだけど。
なんかハッとしたっていうか、なんとなくもったいない気がしたんだよね。
こいつこんなこと考えてたんだって、燻ってんなぁっていうかさ。
この熱に触発されて冷めた私の中にも何か爆発してくんないかなって。
結局はどういうことか良く分かってないんだけど。
要するに違う意味で日々悶々としてんのさ、私も。
「間違っても野田のことは好きにはならないから安心してよ」
これだけははっきりと言える。
「ユキ、実はこいつけっこう揺らいでるわよ」
「あ、やっぱり。こういうのって前向きな選択肢が正解だから、頑張ってね、ミカコ」
勘弁してよ。
私はただ、今よりもっとたくさんの事に敏感でありたいだけなの。
なんていうか、ちょっと落ち着き過ぎているのよね。
高校生ってもっと無防備で、どうでもいいことに一喜一憂するもんでしょ。
そうして自分を整理整頓して、大人になっていく訳じゃん。
だけど、そもそも私の部屋には物がないのよ。もちろん比喩的な意味で。
何も無いから、何も感じないの。
だからとりあえず野田を置いてみて、そこから何か学ぼうってだけなんだって。
好きとか嫌いとか、そういう段階じゃないんだってば。
しかし言っても分からんだろうなぁ、こいつら。
「私も思春期なんだから、わけわかんないことくらいするよ。これもその一環だって、友達なら理解して欲しいんだけどな」
「ミカコってまだ思春期やってたんだ」
そう言うがノゾミ、あんたそうやって大人ぶっちゃいるが、実はけっこう私と似ているってことは知ってんだからな。もしかして見えない殻だの膜だのに雁字搦めになってるのはあんたのほうなんじゃないのかい。
「思春期のミカコにはグミをあげよう」
ユキはいつも可愛いな。
私はグミを噛み締めながら野田を見る。
奴も何かを感じて振り返り、私たちは無言で見つめ合った。
やはりなんとも思わない。野田だなぁとしか。
連絡を待つ。
目に力を込め、改めて野田に伝えた。
◆
そんなわけで夏休みに突入。
野田は大胆にも初日の今夜を指定してきた。
予定の9時も近づいて来たので、お母さんには「ちょっと散歩」と言って家を出る。
なんか怪しんでたけどちゃんとジャージも着てそれっぽくしたし、まあ大丈夫だろう。
見たところ空には雲ひとつない。絶好の天体観測日和だ。良かったな、野田。
それよりも蒸し暑い。
私はジャージの裾をふくらはぎまで捲り、ギリギリ遅れそうな雰囲気だったので少し走った。
公園へは10分ほどで到着。
そんなに大きくはないけど、遊具は無駄に充実している。
どうやら野田はまだ来ていないようだし、とりあえずベンチで休もう。
「こんばんは、ミカコちゃん」
と思ったらいた。夜なんだから全身真っ黒な服着てくんなよな。びっくりしたわ。
「よう」
すでにベンチに座る影みたいな野田の隣へ、私も座る。
隣つっても1メートルくらい離れたとこ。
「早かったね」
と、野田。
言うほどか?
どんだけ私のことルーズだと思ってんのさ。
「いいから星見ようよ」
「あ、うん」
さっきから見えてんだけどね、星。
せっかくだから私のお気に入りのさそり座でも探そうか。
ああ、真正面に見えるあれがアンタレスだ。
今日も目立ってんな。分かりやすくていつも助かるよ。
するとあっちが南か。
――もしも私が砂漠で迷子になって、どうしようもなくなったらまずはアンタレスを見つけよう。
そうすれば方角だけはなんとかなる。
それから、どうしようか。
方角が分かったから、なんなの。
辺りは真っ暗で、だだっ広くて、たぶん寒くて、そこらへんにサソリが歩いてて、それじゃどうしようもないじゃない。
決めた。今後私は砂漠には行かないことにしよう。
だって怖いんだもの。
っていうか野田よ、さっきから一言も喋らないとは何事よ。
あんたが何も言わないからこんなわけわかんないこと考えるしかないんだけど。
「手を握ってもいいかい」
「いや駄目でしょ」
ごめん、咄嗟に答えちゃったけど、野田の中ではそういう空気だったわけね。
そりゃそうか。ここまでホイホイやって来るってことは、普通そういうことだもんね。
「あ、申し訳ない」
良いってことよ。
こっちだってあんたの気持ちを弄ぶような真似をして申し訳ないと思ってんだから。
「ミカコちゃんの星座を考えてきたんだ」
「んー?」
私の星座ってなんだ。
「真っ直ぐの方向に明るく輝く星が見えるだろう?」
そう言って野田が指をさす。
あれってアンタレスじゃないの。え、野田知らないんだ。
それとも火星のほうかな。
「その周辺にも明るい星があって、それらが五角形みたいな形を作っているんだ」
「それが私?」
「大の字になった時のミカコちゃん」
私、野田の前で大の字になったことなんてあったっけ。
でもこいつにはそう見えるんだからしょうがない。
なるほどな。
野田ってロマンチストなんだ。
星座を考えた奴って、こんな感じだったわけね。
頭の中がロマンに満ちて、星を見ただけで溢れちゃうわけだ。
こいつは今まさに溢れちゃってて、あの五角形が私にしか見えないってこと。
だけどさ野田、あの星はアンタレスっていって、サソリの物って決まってんだよ。
とっくに大昔のロマンチストが拝借しちゃってんの。
さすがに横取りは良くないと思うよ。
気持ちは分かる。なんとなくだけど。
野田はそれぐらい私が好きで、わけわかんないこと言っちゃってんだよね。
それならやっぱり気になるのはさ、
「野田ってなんで私のこと好きなの?」
「こっ……」
「大雑把だし冷めてるしさ、私だったらこんな奴なんて好きにならないと思うけどな。ユキとか行けば良いじゃん、たぶんライバル多いだろうけど」
自虐じゃなくて、本当にそう。
正直言って、あんたなかなかの趣味してると思うよ。
「僕、真面目だから……」
知ってる。
野田はうんざりするくらい真面目で、私には時々理解が追いつかない時がある。
そんくらいあんたと私は違うんだよ。
「ミカコちゃんが眩しく見えるんだ」
「って言うと?」
「余裕があって、自分というものがしっかりしている感じがするんだ。僕は真面目だから、いろんな規則を守りながら生きないと安心できない。僕っていうのが、僕の中ではすごく小さいんだ」
「ふーん」
難しい。
それに規則なら私だってそれなりに守って生きてるけどね。
しかし野田には私が自由奔放に見えると。
それってつまりさ、アンタレスが私に見えるように、私が何かに見えてるってことだよね。
野田にも色々と悩みがあって、私の生き様が見た目よりも綺麗に映っちゃってるってことでしょ。
見えないものまで見えちゃってる状態なわけだ。
済まない。
実は私ってのは空っぽなのだよ。
どこからどう見ても、あんたが望むようなものは見つからないの。
そうかそうか。
人って、誰かを好きになるとここまで盲目になっちゃうのね。
ああ、昨日までの野田、毎日がめちゃくちゃ楽しかったんだろうな。
だけどごめんよ。
「私ね、野田のことはなんとも思ってないの」
「うん」
「ていうか誰かが好きとか、そういう考えが脳みそに無いから、良く分かんないの」
「そうなんだ」
「そう。あと、たぶん私は野田とは違って、こいつ凄いなとかじゃ好きになったりはしないんだと思う。もっと直感的なもんで、風邪とかウイルスに掛かるみたいに気が付いたらおかしくなってるものだと思うんだ。申し訳ないんだけど、野田ウイルスは私には適合してなかったみたい」
「……そういうこと言えるところも、好きだった」
「ありがとう。今考えた」
「うん……」
そんなに気を落とすなよ。
聞こえただろ、私は野田のこと凄いとは思ってんだって。
凄いっていうか、うーん、羨ましいっていうのかな。
趣味は悪いけど、何かに熱くなれるあんたが羨ましいよ。
生きてんなって感じする。
ごちゃごちゃと考えてさ、溢れちゃって、私にはそんなことって無いよ。
野田はそれが良いんだろうけど、これはこれで辛いよ。
私にはあんたの方が輝いて見えるけどね。
ありがとう。なんかやる気出てきたような気がする。
どこへ向かえば良いのかは分からないけど、とにかくもう少し元気出して生きてみるわ。
「野田のことアンタレスって呼んでいい?」
「……いいけど、どうする? もう、帰ろうか」
「せっかく来たんだからもっと見ていけばいいじゃん。私はまだいるから、帰りたかったらそうしなよ」
一度は腰を浮かせた野田が、また座り直した。
私は星を見続ける。
綺麗。
だけど何も思い浮かばない。
光はあまりにもたくさん輝いていて、どれが何に見えるかなんて分からない。
私にはロマンが足りないから。
今はまだ。
読んで頂きありがとうございます。