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カップスープと笑わないネコ

作者: 快晴のセカイ

「春になります!」


そう、笑顔いっぱいといった様子で答えた彼女はなんだか誇らしげだった。

僕もいつもなら、この教室に漂う空気、先生の顔、それらが代表するように「間抜け」と心の中で馬鹿にするところだったが、今回ばかりは深く感心した。


僕はどう考えても、水としか思いつきようがなかったからだ。


科学の時間。

可愛らしくちょこちょこ動く、訛りの強い先生が、いつものごとく、なんとなく関係あるような、関係ないような、そんな質問を僕達にしたところだった。

彼女は真っ先に手を上げ、自信満々に答えて今に至るという訳なのだが、質問は、『雪が溶けたら何になるか』というものだった。

もちろん、言うまでも無く科学の授業中では僕の答えが正解だ。

そんな彼女は、先生にあからさまに困惑されて、口を尖らす。

彼女は、回答後、静かに座ると、口を尖らしたままのせいなのか、それとも、挟むために口を尖らせたままなのか、シャーペンを鼻と口で器用に挟みユラユラと動かしていた。


太陽も疲れを見せ始め、誰かの昼飯の匂いが微かに教室内に残る5限目の中盤。

彼女の回答後、分からない人もいないはずないのに挙手する人がいないものだから、先生お得意の月と日付を利用した爆弾が、僕に回ってきた。

あの先生……足す訳でも無く引きやがって……、なんて思ってもしょうがない。

僕が、水だと答えると、授業はまた難なく進んでいく。


自ら爆弾を手に取り暴発させた、彼女の回答に関しては、僕としては評価してあげてもいいかな、なんて思ってみたけれど、その発想は現代文やら古典の時間ならまだしも、科学の時間には不適だったのだろう。

まぁ、入試な訳でもなく授業なのだから、あからさまに困惑してやらなくても良かったんじゃないかとも思うが、今の僕のように彼女を少しでも褒めてやると、彼女のことだ、調子に乗りまくるに違いない。

顔をニヨニヨさせて、「そうやろ〜??!やっぱり私間違ってへんよな!!」とかなんとか言っている彼女の様子が鮮明に思い浮かぶと、思わず顔を顰めてしまった。

僕にとって、なんだか、というよりも、()()()彼女が調子に乗った姿は癪に障るようだ。


先生のほのぼのとした京都よりの関西弁が、僕の余所事を邪魔すると、僕は再び授業に意識を戻す。

イオンの事をイオンさん、周期表を出席番号やら、結合の事を仲良しこよしする等、なんとも可愛らしく表現していく科学の時間は、この時間帯は特に子守唄と化す。

問題を解く訳でもなく、授業を聞くだけなのに何を考えるつもりなのか、考えるふりをして器用にシャーペンを握ったまま眠る者。

机に頭部を委ねて全力で寝る者。

黒板を見ている途中に寝てしまったのか、大口を開けて、天井を仰いだり、黒板に顔を向けたままにして眠る者。

こうも寝方だけでバリエーションがあるのかと思う程、皆よく寝ている。

先生もこんな睡眠時間となってしまっている自分の授業時間を正すつもりで怒ってしまえばいいのに、先生が怒ったところを僕は今まで1度も見たことがない。

といっても、この先生に授業を担当してもらうのは、まだ今年で2年目となるので、これから鬼のように変貌していく可能性も……なんて、ある訳ないか。


授業に集中、と思ってみたものの集中するほどの難易度でもないので、ついつい余計な事を考えているうちにチャイムが鳴った。

例の不貞腐れていた彼女は、またもや器用にシャーペンを挟んだまま船を漕いでいたのだが、チャイムの音にビクリと体を揺らして……どうやらお目覚めのようだ。

彼女が現実世界へログインしたところで、僕は適当に終了の挨拶を済ませ、着席し直すと、次の授業の準備を始めた。

次は古典だったはずだ。

通路の邪魔にならないように、机の右側にかけてあるスクールバックからは古典の教科書類を、机の中からは辞書を用意すると、突如下の方から声がしてきた。


「なぁなぁなぁなぁ私間違ってへんよなぁ?」


おかしい。さっき彼女が目覚めた場面を見たはずなのに。

いつの間にやら、彼女は僕の机に手を乗せ、目の前でしゃがみ、ひょっこりと顔を出している。

僕の席は左から4列目、前から3番目。

いわゆる真ん中の前の方の席と言うやつで、先生も黒板もよく見える。

そして、彼女の席は左から1列目、1番前の席である。

よくも最前列であんな不貞腐れた上に眠れたな、いや、端は案外死角だしな…なんて今はそんな事はどうでもいい。

僕と彼女はそこそこ離れているはずなのだが、彼女がここへ来るまで、足音どころか、彼女が生み出したであろう音すら一切聞こえなかったうえに、人の気配もしなかったこと、それこそが問題なのだ。

きっと、いや、確実に彼女の前世は気分屋で馬鹿な盗人だったに違いない。


「なぁーーー聞いとる???タマっち???」


彼女がまたも不貞腐れた顔つきで、ひょっこりしたまま僕に声をかける。


「……そのタマっちって呼び方なんとかならないの?」


「人の呼びかけに答えへんのってなんとかならへんの?」


僕はもう話すのも面倒になって、黙ってみたが、きっとそれは彼女には通用しない。


「も~っ!黙らへんの!」


ひょっこりするのをやめて、彼女が立ち上がると、僕は自然と彼女を見上げる形となる。

両手を腰に当て、自分の答えの理解を僕にお願いするはずの彼女は、また随分と偉そうだ。


「……君は僕に君の答えの理解を求めているんだよね?」


「……多分?」


そっちから絡んできた癖に多分ってなんなんだよ、なんて思いながらも僕は言葉を紡ぐ。

次の授業までの時間が気になったので、スッと視線を移すと、タイムリミットは残り5分、休み時間の半分を彼女の為なんかに消費してしまっていた。


「じゃあ、それなりの態度ってあるんじゃないの?」


僕の問いかけに、彼女は腕組みをして右上を見つめ数秒考えると、またもや腰に手を当て答えた。


「それなりの態度?うーん、たかり?」


「僕がいつ物をよこせなんて言ったんだよ……」


僕が思わずため息をつくと、彼女が反論し出す。

なんだか秒針が大きく聞こえてきた気がする。


「タマっちは、回りくどいねん〜!なんか難しく言うてくるやん?もう、あれやで、男ならスコッとバコッとズドーンと言わなあかんで??」


「色々言いたいけど、もう面倒臭いからやめとく……」


僕が古典のノートを開いて下敷きを挟み、準備を完全に終わらせると、彼女は未だ諦めずに聞いてくる。


「ってちょっと待ってやぁ!私の答えの話は??」


「あー、僕は良かったと思うよ。うん。だからもう自分の席に戻ろうね」


「またテキトーに終わらしてくる〜。ええよ、もーまた今日もあそこおるんやろ?たかり君にはプレゼントをあげるわ!」


彼女がニヤリと笑うと、またなんだか癇に障った。

どうやら彼女の得意げな顔も、僕の機嫌を損ねるらしい。


「だからたかりじゃないって」


僕がちょうど言い終わった後にチャイムがなると、彼女は慌てて自分の席へと戻っていった。


古典のおじいちゃん先生は来る気配もない。


それを感じると彼女は僕の方へ振り向いて、またニヤリと笑う。

僕はそれを見て、「前を向け」と口パクすると、彼女はお得意の不貞腐れた顔をして、大袈裟に前を向く。

結局僕は15分ほど黒板をぼーっと見つめて過ごした。


おじいちゃん先生は、授業があることを忘れていたらしい。


僕はその先生を待つ時間で、あの時、彼女と飲んだコーンスープの味を思い出していた。






「ほらぁ〜やっぱり来とるやん!もしかして私との時間が恋しくてここに来とったりして……?」


僕のお気に入りだった特別棟2階の、今は使われなくなってしまったらしい空き教室。

彼女と奇妙な日々を過ごすきっかけにもなった、この場所は、彼女がうっかりこの教室に訪れるまでは、僕にとっては心地よい空間だった。

彼女の演劇部か放送部か、そんな類に向いてそうなよく通る声は、この教室に響き渡る。

大きな机にそれぞれ設置されたガス栓に、水道。

それら装置や設備から察するに科学教室だったらしい、この教室は、僕が毎日のように訪れ換気をしているお陰か、空き教室らしくない空気が漂っている。


「んな訳ないでしょ」


彼女の入室挨拶に思わず溜息も混ざると、彼女は僕の心情なんてお構いなしに相変わらずのトーンで話を始める。


「ちぇー、まぁ、私としては、たかり君に約束通りプレゼントが出来て嬉しいけどね!」


「いや、だからいらないって。ていうか、なんかもう疲れた……」


「ふふん~っ……とか言いながら~……結局食べるんやろ?」


「……」


彼女がいつものようにニヤリと笑うと、後ろ手に隠していたビニール袋を顔横まで持ち上げ、ゆらりゆらりと揺らしながら僕に近づく。

僕が腰掛けていた窓際の黒い長机に、彼女も腰掛けると、ビニール袋の中から2つ、インスタントのカップスープを取り出し、ずっと背中に隠していた左手を見せたかと思うと、その手には、いつも通りピンクの魔法瓶を持っていた。


彼女は、さっそくスープを作り始める。


今日は、コーンスープらしい。


彼女に気づかれている訳でもないはずなのに、僕がちょうど味を思い出していたスープを持ってこられるのは、なんだか悔しくて、また癪に障った。


スープが出来るのを、彼女の問いかけやら日常の些細な報告に適当に返事をしながら待つ。

彼女の話がつまらないせいなのか、3分という時間は思ったよりも長い。

今日はやっぱり、5限目の化学の授業の彼女の回答についての話から始まる。

放課後になった今でも、彼女は頬を膨らませるほどのご立腹ぶりである。

しばらくして、彼女が設定していたスマートフォンのタイマ

ーが鳴ると、待ってましたとばかりに彼女はタイマーをすぐさま止め、カップスープのフタを剥ぎ取った。

僕は、カップスープのフタに手をかけると、ちょうどスープの半月が拝めるくらいまでめくる。

彼女が少しでも熱々で楽しめるようにと、フタをほんの少ししか剥がずにお湯を入れるせいで、僕はスープがこぼれないように少しハラハラしながら毎度フタを剥がなければならない。

この前のオニオンスープの日には、僕の手にスープがこぼれ、熱さのあまり思わず机から飛び降りると、カップスープは倒れ、慌てた僕は下半身正面からオニオンスープの制裁を受けることになった。

熱いし、ナニとは言わないが当然彼も被害を受けたし、それに、おもらしのように見事にズボンが染まってしまったことが嫌だったのだが、僕が何よりも嫌だった上に癪に障ったものと言えば、もう言うまでもなく彼女である。

まず、彼女は、ひとしきり僕がスープをこぼしてから笑うと、今度は僕の再現を1人でし始めて1人で笑った。

その姿はまるで、シンバルやら手やらを胸元で鳴らすあの猿のおもちゃのようだった。

今思い出しただけでも、あの彼女の顔と行動が癪に障る。


……まぁ、そんな過去の話は忘れてしまおうと、僕は、彼女がスープを入れていた袋から、透明ビニルに包まれたプラスチックスプーンを取り出すと、袋を開けてスプーンを手に持つ。

彼女はと言うと、僕がオニオンスープの回想をし始める前から、なんなら僕がフタを空け始める前から、スプーン片手にスープに円を描き続けている。


「もう流石に飲めるんじゃない?」


僕がそう、彼女に問いかけるが、彼女は円を描き続ける。

それから、スプーンから手を離し、人差し指を立てて左右に数回チッチッチッと振ると、すぐにまたスプーン片手に円を描き始める。


「まだまだやって、こんなんやと火傷するで?子猫ちゃん」


「もう今の後半部分は完全、猫舌な君が言えることじゃないと僕は思うんだよね」


「タマっちやのに?」


「タマはあだ名であって、僕の苗字は田牧だ」


「ちぇー!」


「ちぇーってなんだよ……」


面倒なので、彼女のことはしばらく放って置こうと思う。

とにかく今は、この食べ頃のコーンスープを楽しもう。

アツアツのスープを静かに味わいながら、僕は密かに時を待つ。

彼女は、右足を長机の上に乗せ、振り向き気味で外を眺めている。

勿論、カップスープをかき混ぜたまま。


「今日はまだ来ないね〜」


彼女が明るく僕に言う。

僕はなにもこの空き教室に、喚起の為の慈善活動で訪れていた訳ではない。


「毎度来てもらってちゃそれこそ問題だと思うけど」


「でもタマっちは毎日来てるじゃん」


「……別に他にやることがないだけだよ」


「あ、来た」


僕は彼女の言葉に反応し、すぐさま振り向くと、向かいの棟へと目を移す。

僕がいるこの教室と、同じ階にあるあちらの教室には誰もいない。


「うっそぴょーん」


「……僕は本当に君を嫌いになりそうだよ」


「えぇ〜ごめんやんんんん……!ほら、今度はほんまに来たで?!」


すっと視線を外へ移すと、確かに彼女の言う通り本当に彼らは来たらしい。

あちらの音楽室に入ってきた男女2人は、入室早々深いキスを交わし始める。

彼らは、数学と化学の先生だった。


「うひゃぁ〜先生達今日もアッツアツやん〜」


彼女は、両手で望遠鏡を作るようにして、メガネザルかの如く先生2人の密会を見つめると、変な奇声をあげてそう呟く。

彼女の前世は、もしかしたらものすごく馬鹿でまぬけなサルだったかもしれない。



僕も彼らの逢瀬を眺めると、僕もあの先生になれたらどんな気分だろうかとふと思う。

絶対に叶うはずのない恋だとわかっている僕は、変にこの光景にショックを受けたりもしない。

最初見つけた時には、なんとも言えない気分にはなったが、そもそもはなから諦めていた恋だったので、ただ、僕があそこにいたら……そう、静かに妄想をする日々を今も過ごしている。


「タマっちさ、嫌にならへんの?」


僕の淡白さが表情にも現れているのか、彼女はそう僕に聞く。


「なんないよ」


「なんで?」


「僕が先生とどうにかなるのは絶対に無理だって思ってるから」


「わからへんやん?」


「絶対にない、100%ないから」


「ふーん」



「わからへんやん」って彼女はまだブツブツ呟いている。


本当にないんだって。

先生が好きなのは、今ちょうど唇を重ねているような、柔らかい白肌と、いい匂いのする髪に、甘く高い、可愛らしい声に柔和な方言を話す人だ。

生徒と先生の禁断の恋以前に、僕には先生を虜にする要素なんて何一つ持っていなかった。

彼女が僕の恋の希望論を呟き続けることがまた僕を苛立たせる。

別に彼女が悪いわけじゃないのに。



コーンスープが、ふっと香り立つと、僕はその存在を思い出して、口に含む。


少し冷めているそれは、僕には甘すぎるくらい甘かった。



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